其の四
最近、お絵描きにハマる。御指導御鞭撻之程宜しく御願する先生がいない残念さ。
クソデッサンはツイッターに上げてます
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7時間前。
「まもなく『大気圏』と呼ばれる危険域に突入するらしいです!」
「おお、なんか楽しそうだなぁ」
丁度よい窪みで呑気に胡座をかいているタゲェティブ大臣は、パラテラ卿の心境など意に介せず、大きく伸びをした。
ニュービーン姫は先端で逆立ちをしている。何がしたいのかよくわからない。
一行は、地球から飛ばされた探査機にしがみついていた。思い返せば、無茶な作戦だ。一度手を放してしまえば、宇宙の塵と化すのだ。せめて命綱を繋げば良かった。
兎人は兎国に照りつける太陽にすら耐えうる身体を持つが、なにも恐怖感や好奇心がないわけではない。
結界跨ぎを凌ぐ違和感を覚えた。
兎人類が二度目の大気に接触した瞬間だった。
もう地球の引力が働いている。
一斉に機体から跳んだ。
がくんと減速し、背中が赤くなり始める。不思議な光景だった。流れ星にでもなった気分だ。
パラテラ卿は腹に抱えた丸薬を睨んで訝しむ。地球人と同じ体に成る為の薬だという。
丸薬の入った小袋から、一緒に詰め込んだ但し書きを取り出す。人間の特徴が記されている。
【 壱、人間は寿命が短い。兎人の約一割を生きる。
弐、二十歳までは兎人と同様の成長をするが、衰退が早い。
参、人間は、『円』と呼ばれる通貨で商いをする。
肆、決して争うことなかれ。人間は協調性に富む。
伍、人間は欲求を自制する。その為不満を抱える個体が多く、注意が必要である
陸、人間は脆い。くれぐれも、着地前に薬を飲まないように】
何度も読み返したけれど、今一度脳に叩きいれる。
違う袋に詰めた円を確認する。兎人が発行した贋札だ。精密に贋造されており、何をしようとも本物と見分けることは出来ない。
パラテラ卿達には、いつでも発行できる器械を手渡されている。つまり、金銭面で苦労しなくて済むのである。
「やはりというか、自由落下が速いな!」
タゲェティブ大臣は隣から叫んでくるが、どういうわけかよく聞こえない。読唇術でなんとか意志の疎通は可能だ。ビュウビュウと耳を駆ける空気とやらが原因だろう。
「ちょっと貸してくれ!」
やはり聞こえないが、手をくいくいと招くような動かし方をしていたので、寄越せという仕草だろう。腕を伸ばしても届きそうにないので、投げることにした。
「投げますよ!」
届くように振りかぶって投擲したが、一寸も進まずに、宙を舞ってしまった。パラテラ卿は責任逃れのために肩を竦めた。
いよいよ地面が接近してきた。着地は予め、人間のいなさそうな山に決めていた。衝撃で人間が群がったりはしまい。
3つの隕石が墜落した。兎国に無数にある窪みに似ている。
まずは話し合いだ。
ところが声が出ない。パラテラ卿は必死に口を動かすが、唾液の表面張力によるクチャクチャとしか鳴らない。
すぐに、丸薬を飲んでいないと思い出した。なるほど、人間の体に成らないと発声が出来ないのだ。他にも差し支えがありそうなので、渋りながらも噛み砕くことにした。
ずわっと、五感が刺激された。例えようもない感覚だ。
表現するとするならば、情報が多すぎて溢れている。鼻は変な感覚で曲がりそうだし、顔の側部からはザアザアと変な感覚が伝わってくる。突如襲った異常現象に、適正な表現が見つからない。
「あ、あ、ああああ?ゴホ」
喉が震える異物感を覚えながらも、やっとで発声に成功した。
「タ、タゲェティブ大臣?ニュービーン姫?どこでしょう」
土煙から、二人が現れた。パラテラ卿指差し捧腹している。
彼女らもパクパク口を動かすが、唾液のくちゃくちゃしか聞こえない。
「落下中何も聞こえなかった理由はこれか」
一人納得すると、眉に皺を寄せながら喉を抑えているタゲェティブ大臣に丸薬を渡し、大口開けているニュービーン姫の口内に投げ入れた。
「あ、あああああ。おぉ、これは驚きだ。ゴホッ……パラテラ卿?顔が真っ青だが平気か?」
「くる、しい……です」
胸に圧迫感があり、首の奥辺りに堰のような違和感を感じる。次第に頭がボヤけ始める。人生で経験したこのない苦痛だ。
何か対処法はないかと、丸薬の効能と諸注意の書かれた紙を乱暴に広げて斜め読みをする。
―ここだ。
【……以上が聴覚、嗅覚についての説明である。人間及び地球の生物は空気を体に取り込むことで生を成す。丸薬を飲むと『呼吸』と呼ばれる空気の取り入れを行わなければならなくなる。尚、無呼吸での生存は2分が限界である。呼吸の方法だが、横隔膜という胸の辺りの器官を膨らませ、口から飲食物を吸引する要領で空気を取り入れる。鼻からの呼吸が望ましい。】
要点だけ抜粋し、書かれている通りに挑戦する。前項にこの異常現象についての論述が垣間見えたので、後で確認しておこう。
他二人も忙しなく手をばたつかせていた。
「は、はぁ、はあああ、は、はあああ」
一応は成功したものの、これが正しい呼吸なのかは不明だ。鼻からとは簡単に言ってくれるが、口呼吸で手一杯であり、鼻から物質を取り込むなんて、奇行でしかない。
同じく呼吸を成功させた二人を見納め、下山を開始した
つい息をするのを忘れてしまう。なんと不自由な生命なんだと毒づきながら、坂を降りる。
兎国とは正反対の、色素に富んだ景色が視覚に飛び込んでくるが、それどころではない。
体が馬鹿みたいに重たい。兎国と比較すると、六倍といったところか。
地面が柔らかくて足を取られる。人間とは脆弱な生命体のようで、既に疲労困憊だった。逆を言えば、侵略しやすいという裏付けなのだが。
「よくもまあこんな不自由な体で……」
同じことを思案していたのか、タゲェティブ大臣は呟いた。
茶色の棒に緑の紙が付着した何かを退かしながらひたむきに坂を下る。地球の陸部が緑に見える要因はこれだろう。いざ至近距離で観察してみると、指ほどの楕円が連なって成しているのかと、幻滅に似通った感情を抱いた。茶色い地面から茶色い棒が生えるまでは理解できるが、そこからどうして緑が生まれるのだろうか。
上空から見た地形の記憶を頼りにすれば、ここは近郊だ。まずは、東の首都へ向う必要がある。
いつものように、足腰を踏ん張らせて跳躍を試みたが、足が地面を捕らえられず、顔面を地べたに激突させてしまった。
顔に付着した粘着力のある地面(後に泥と知る)を拭き落とし、溜めこんだ不満をついに炸裂させた。
「ええいっ、このクソ生物め!」
すぐ後ろで上司と姫が爆笑している。2人を見たら八つ当たりをしてしまいそうなので無視を決め込み、パラテラ卿は町を目指した。
地球は最悪の土地だ。
どうも、約束破っちゃった野口マリックです。有言実行は当たり前にはできないのですね。はい。部活もバイトもないと、自らに枷を取り付けるのは難しくなっちゃうようですね。私にはある程度の檻が必要そう。まあ、そうなったら脱獄するけど。
今回はパラテラさん視点っすね。はい、空気がない月に住む兎人が地球にやってくるとどうなってしまうのか、あれこれ考えるのはとても苦悩しました。人外に立って物事を考える……これぞ真の客観的見解なのではないでしょうかと、一種の悟りの境地に達した今日この頃です。
ではまた次回