其の一
こちらはデーモンズ・ハンディマンズとは無関係の小説ですので、予め。
人によってはちょっと不快にしてしまう表現があるかもなので、これも予め
あとあと、ライトノベル系ではないです
1
「よいか貴様ら!地球侵略の決行が明日に決定したことは承知であるな。………ついては明日の暁、現在着陸中である地球兎国探査機の発射を計らい、総員乗り移ることを命じる!質問!」
ちょび髭を生やしたハカナ中将は貴族達を招集し、最後に喝をいれた。パラテラ卿は耳に∣胼胝ができるほど作戦要項を聞いているので、居眠りをかましていたが、頭を持ち上げ辺りを一瞥する。誰も挙手してないのを確認し、再び俯く。
「……ないな!よし、皆の者、明日に備え休養を取るように。では解散!」
パラテラ卿は重い腰を持ち上げ、子供の体重ほどある重たい正装を整える。
さっさと楽になりたい。周りの連中はガヤガヤと寄り道をしようとしているが、ここは大人しく命令に従い邸に帰ることにした。
王宮から身を出すと、妙な違和感を覚える。隠蔽結界の加護が解かれたためである。が、二世紀弱も生きていれば流石に慣れるもので、鼻がむずっとするだけである。
隠蔽結界という大層な名前を付けられてはいるが、その効力は百里以上離れなければ発動しないので、外出したら建築物を見つけられず路頭に迷うということはない。
鼻を啜り、面を上げると一面の銀世界が広がった。と言っても兎国並び兎星は銀世界以外の景色を持っていないので、人々は皆、景色というものに無頓着である。
百七十年前、パラテラ卿がまだ十四歳の頃、白以外で構成された景勝を拝んでみたいと思ったことがあるが、兎星地図を見た瞬間その夢は砕けた。パラテラ卿の望む佳景などなかったからだ。あるのは隕石によって生じたボコボコの穴だけ。
しかし、彼が再び夢を抱けるというのだから、パラテラ卿は口角の吊り上がりが抑えられないでいた。
パラテラ卿は各貴族頭首に一礼してから、跳躍した。周りの者は飛行機や車に乗り込むが、パラテラ卿は敢えて徒歩(あくまでも徒歩)という移動手段をとっている。
なぜなら、跳躍中の滞空時間に地球を仰ぎみるのが好きだからである。|暗闇(画布)に描かれた青々とした生命の宝庫。現在、知的生命体は《日ノ元ノ国》にしか存在しないと云われているが、それでも好きだった。
パラテラ卿は侵略という裁決には何とも思っていない。地球人という存在は滅ぶに相応しい種族だと、幼少の頃に耳にタコができるほど聞かされた。両次の大戦を省みもせず、またしても戦争したのだ。
地球人は母星を滅ぼす勢いで成長し、さわりには五十四年前に地球上を放射能の海に沈めたそうだ。放射能並びに有空空間、絶対零度にも耐え得る兎人には無関係だが。
地球侵略の為構成された師団は総勢二十。正式名称は『第二次地球侵略作戦班』。以降何段階かに分けて侵略作戦を展開していくらしいが、具体的な内容は門外漢のパラテラ卿に知る由はない。
現段階の構成員の任務は偵察であり、戦闘の火蓋は絶対に切らないようにしなければならない。
一度目の偵察では、信頼の置ける兎国製探査機で調査を行った。不景気により経費削減の波及を受けた当作戦は、地球の科学力の向上も相まって、こうして地球から送り込まれた探査機に潜むのであった。
六十三年前、二つの大国が衝突寸前になりやむを得ず帰還した。
その後の詳細は明らかではないが、核戦争に突入し、啻に二国のみならず、日ノ本ノ国を除く人類は地球から消滅した説が有力だ。
パラテラ卿は玄関前で着地した。
一世紀以上も往復した道である。今や手を伸ばせばドアノブに触れられるほどの正確さで跳躍出来るようになっていた。
先程まで会議をしていた王宮が遠くでも鮮明に映る。明日からはあそこに通勤しなくても良いと思うと、晴れ晴れとした気分になる。
「只今帰った」
誰にとも聞き取れない声でボソッと呟くと、胸部の《ガイギ》を回す。地面と同色の背広が掌の円盤に瞬時に収納される。
全裸になったことで全身が自由になるのを感じ、ガイギを留め金に引っ掛ける。
一人暮らしには広すぎる廊下を通り、真っ先に遺影に手を合わせる。
着衣者を結界で覆う働きのあるガイギは野外活動では必要不可欠であるが、室内でガイギを纏う事は、相手から隠れる、相手に手の内を隠している、という理由で失礼とされる。例外はパラテラ卿が先程まで居た王宮のみである。王宮では王族と一部の側近しか肌を晒すことを許されない。
「……前も言ったが、明日から地球に行く。……いってきます」
遺影に笑いかけると、心なしか絵画の女性も応援してくれているように笑っていた。
パラテラ卿は死別から一世紀半以上が経過した現在ですら、彼女を愛している。
再び黙祷及び合掌を済ませると、身支度の確認もせずに布団に倒れこむ。地球侵略結構の際、必要なものは全て支給されるというから、準備は何もしなくて良いのである。
「ぐえぇっ」
予期せぬ呻吟が掛け布団の下から漏れ、パラテラ卿は馬でも迷い混んだかと飛び起きた。
「や、やあ、パラテラ卿。奇遇じゃないか」
呻き声の持ち主は布団からにょきっと顔を出し、咳交じりに笑顔を作った。
何が奇遇なのかは不明だが、ここで反論したら反逆罪に問われ、処刑されてしまう。彼女がそんな陰湿な
仕打ちはしてこないと理解していてもだ。
「ご、ごもっともであります。タゲエティブ大臣。他人の拙宅におあがりになさっていることなど存じ上げる由もありませんでした。以後、不届者が侵入しないようしっかり施錠します。よい勉強になりました」
せめてもの抵抗として、皮肉交じりの挨拶を返した。
「……悪口言った?」
「申してません。讒言など、決して」
タゲェティブ侵略大臣、パラテラ卿の上官にあたる存在だ。女性ながらも訳ありな性格が理由で大出世し、国王の右腕にまで上り詰めた立身出世の鏡ともいえる。パラテラ卿より半世紀ばかり歳を重ねている。
「ところで大臣。どうして僕の拙宅に?」
槍のような視線に耐えられなくなったパラテラ卿は話題を変えた。
「匿え」
タゲェティブ大臣は無表情で依頼した。
「……いつものでしょうか」
「話が早いな。実は明後日から大事な会議の連続なのだが」
「はあ」
タゲエティブ大臣は嘆息する。
「めんどっちぃ」
「では二階の部屋をお使いください。……と申し上げたいのですが、僕は明日からこの家を空ける事となっておりますので、此度は誠に申し訳ございませんが……」
職務放棄宣言する上司に謝る筋は一欠片もないけれど、身分が身分なので当たり障りのないように配慮する。パラテラ卿は事は穏便に済ませたい主義であった。
タゲェティブ大臣は週に五回ほどの頻度でパラテラ卿の家に上がり込み、空室に閉じ籠ってしまう。パラテラ卿としては、特に害はないし、使わない部屋だしということで野放しにしている。
彼女が部屋で何をしているかは不明だが、きっと与えられてない何ならかの仕事をこなしているのだろう。パラテラ卿の仕事上、国家機密を扱うなので見廻り役人が訪れないことを良いことに。
「そうか、では別の作戦をたてるとするか」
タゲェティブ大臣は悪びれず裸身を起こし、屋敷を逍遙し始める。
彼女が恪勤してくれたら解放されるのに、とパラテラ卿は思った。
「……おや、この紙は?」
部屋を闊歩しているタゲエティブ大臣は、廊下の壁に貼られている一枚の紙を手に取った。
「これは侵略作戦の名簿でございます」
「なるほど、それで家を空けるのか。おや、君の班に一名空きがあるぞ」
地球侵略弐号の編成は三人編成の班が七つなのだが、どういうわけかパラテラ卿の班は二人班であった。
「閃いたぞ。私も地球に行く」
「さようですか。では明日の午前……って、えぇ!?」
「連れて行け。いやもう強引で構わない。誘拐しろ。拉致しろ。連行しろ」
「ええと……」
パラテラ卿は上司の異動を勝手に決断する権限は当然ながら有していない。しかし逆らえば処刑は免れないのもまた事実だ。理不尽が罷り通るのがこの世界。
はてどうしたものかと慮っていると、一つの答えを導きだす。
もしや、本部はわざと名簿に空欄を作り、タゲエティブ大臣に与えていない別の仕事を授ける気なのではないか。
別の仕事とは、パラテラ卿の班として地球に乗り込むことだ。
タゲエティブは職務怠慢を極めし者。与えられた仕事は一切やらない。天変地異が起ころうと、こなせば一生安泰に暮らすことができる報酬が出ようと。不老不死が得られようとも、絶対に。
逆説的に、与えられてない仕事は反乱の鎮圧でも教育方針の改善策でもホイホイと片付ける。これが彼女が200歳ながらも政府の重鎮まで立身出世した経緯だった。
恐らく、上層部は彼女が今日パラテラ卿の屋敷に籠ることを計算済みだったのかもしれない。
絶対そうだと確信したパラテラ卿は渋々承諾した。
「了承しました。しかし、恐縮ながら僕では決定しかねます。宮まで参り、許可を得ねば……」
「百も承知だ、わかってる。……そのイチモツは相変わらずのようだな」
パラテラ卿の包茎を指した。
殿方の兎人は、生まれながら陰茎は備わっているものの、性交をする度に30年間股間に収納され、あたかも女性のそれになる。性交から30年後、再び陰茎が現れれば用意の出来た証拠なのだが、その際、生える時に皮も剥ける。
通常名の通った貴族程、精通を終え次第一人目に臨む。40歳で皮を被ったまま貴族は稀で、まして一世紀以上包茎なのはパラテラ卿だけである。
パラテラ卿が15の頃、許嫁であるジテマとの政略結婚を約束されていた。両者は愛し合ったが、妻であるジテマは直ぐに死去。以来、パラテラ卿は恋愛をしていない。
「はぁ」
「ちょっと触らせろ。私とて御無沙汰でな」
タゲェティブ大臣はパラテラ卿の股間を引っ張りだした。命令に従わぬ訳にはいかず、されるが儘になる。
「大臣、早急に宮へ参る必要があるのですが」
「あと少し」
顔を上げることなく答えた。凝視しながらほう、へぇなど感嘆を漏らしているので、聞く耳を持っていないと分かる。
タゲェティブ大臣に倅が居なければ夫もいない。石女と知られた途端、離婚させられたのだった。
「お邪魔しまーっ!」
突如甲高い元気な挨拶と共に、玄関扉が開け放たれる音が廊下に鳴り響いた。
屋敷に役人が訪問することはないので、来訪者は限られる。
壁を蹴り渡りながら走り来る。
「どもっ」
「ニュービーン姫、御足労ありがとうございます。では明日の行動確認の方を……」
「えー」
渋い顔をした。
「……」
彼女はニュービーン第61姫、14歳。名の通り王族直系の姫であり、地球ではパラテラ卿と同班で、共に行動する事となっている。
おてんばで、王宮の下女を困らせていることで有名である。腐っても一応は姫である存在が、今回の地球侵略作戦に任命された理由は、間違いなく厄介払いであるとパラテラ卿は踏んでいる。
パラテラ卿の任務は言ってしまえばお守りであった。結果、大した仕事も与えられていないので、パラテラ卿としては思う存分観光の時間が取れて吉報なのだが、ニュービーン姫の世話は一筋縄ではいかないと思い知った。
「おい、どうして姫が」
タゲェティブ大臣はパラテラ卿に耳打ちした。
「僕と一緒の班であります」
「誠か」
室内でガイギを外していない。パラテラ卿は元より無礼者にとやかく突っつく性格ではないが、鼻についた。
「姫、室内ではガイギをお外しください」
パラテラ卿の不快感を汲み取ったか、優しく諭した。
「でも、恥ずかしいんだけど……」
「……何か険難が?」
「だって、周りの皆は……」
後はくぐもってよく聞き取れない。
「「……??」」
「うううぅ、わかったよぉ」
ニュービーン姫は泣く泣くガイギを回した。
一瞬で全裸になったが、特に変わった点は見受けられない。
「周りの子は皆生えてるのに、あたしは全然ないから」
ニュービーン姫は一本だけの陰毛を弄る。
「どうで」
どうでもいいと言いかけ、直ぐに口を継ぐんだ。姫のご機嫌を損ねる発言でもすれば、それこそ∣梟首されかねない。
「あ」
「どうされました?」
口を被っていたパラテラ卿は、唇を擦りながら聴いた。
「抜けちゃった」
「……」
パラテラ卿は目を逸らし、何もみなかったことにしようとする。
顔は今にも泣きそうになっており、目には沢山の涙を湛えている。不味いと思うが、童子のあやし方は心得ていないので、必死に慰めようと努める。
「い、いやでもそちらの方が、綺麗なお肌がお見えになられて良いですし、す、スッキリしています!」
「うううぅ」
「あ、外に参りましょう!気分も晴れますよ!そ、それに泣いてしまうと折角の美人が台無しに」
「美人?」
突破口を見つけたと確信した。
「はい、何とも麗しいお顔です。髪も艶やかですし、元気もあって大変喜ばしい限りです」
「そ、そぉ?」
ニュービーン姫は指で髪の毛を巻く。
相手が子供で良かったとパラテラ卿はホッと一息つく。
「ニュービーン姫、名乗り遅れました、タゲェティブでございます。明日は私めも侍ることになりましたので、ご報告致します」
タゲェティブ大臣は完璧な動作で敬礼する。
「よろしくお願いします」
ニュービーン姫は気圧されながらも挨拶を返す。
「あの、まだ決まった訳では……」
「あ、そっか。ならば早いところ行こうではないか」
後ろから飛び掛からんくらい苛っときたが、ぐっと堪える。
「ゴホン、では、馬車を用意しますので……」
流石に王族に|歩かせる(跳ばさせる)訳にはいかないので、使いに馬車を手配させようとする。
「いや、いい。跳んだ方が早い」
「あたしもー」
「畏まりました。では参りましょう」
ガイギを手に取り、胸部で回すと、衣が体を包む。
パラテラ卿は、いつも道理の力加減で、地を蹴った。
どうも、野口マリックです。デーモンズ以下略の更新がバカのように遅かったのは、これがあったから、という言い訳をさせてください。
ストックがそれなりにあるので、立て続けに更新しますよ~
あまり書くこともないので、それでは
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