婚約発表3
「「「フォンナバルテ姫様、ご婚約おめでとうございます!!!」」」
「……ありがとう」
二週間後、王家から正式な発表があった後の学院はユミエルガの話題で持ち切りだった。
礼節に長け日頃からお淑やかな姫の人気は低くない。名前も知らない令嬢たちから会う度におめでとうと言われ、他意はないのだしと適度に返事をしておくが、中には多少の当てこすりもあったりした。
「錫公家の姫が辺境に嫁ぐなんて、厄介物払いかしら」
「軍事に長けた姫なんて普通の貴族は娶りたがらないでしょうからね」
「その点、蛮族の親戚伯爵様とだったらお似合いでしょう」
大体はそのような当てこすりが裏で囁かれているくらいだったので、ユミエルガは放置した。これが面と向かって言われるようなら幾らでも処罰したが、さすがにそこまでの愚者は学院には居なかったらしい。
「お可哀相に、騎士姫様。寒い北の地へ嫁がれるなんて」
「社交界でお会いするのを楽しみにしていましたのに」
少数ではあるが、そう言った声も聞かれたようだ。これは年長者に多いらしい。ユミエルガの侍女達の仕事は、片手まであっても充分に効果を発揮する。
ひとまず女子達へ早急に手を打たなければならないといった事態ではないと、ユミエルガは目の前に積まれた手紙の山へと手を伸ばした。
長ったらしい詩を綴っている文言を確かめて横へと弾き飛ばす。知人ではない者の手紙にまで返事を出している暇はない。代筆の返事は優秀な侍女達が手分けしてしたためていく。
『我らが騎士姫へ 初夏薫る頃合いの婚約、大変めでたくお祝い申し上げる』
簡潔な滑り出しはガーフィール男爵次男からのものだった。文言の最後に結婚祝いとして贈り物の目録がしたためられている。
並ぶ書物の名前は、軍事書、歴史書、経済学書と、完全に子女への贈答品ではない。
だがこのような手紙は一通だけでなく、談話室においてユミルガルデの教授を受けた者たちは示し合わせて似たような内容としていた。
中にはかねてからユミルガルデに求婚していた者も数人いたが、彼らも同じ内容にて文面を統一していた。稀に愛の言葉であるとか賛歌が入っているのは目をつぶれる範囲だ。
彼らとて、親が決めた縁談を破談させる権力が自分にないことは重々承知している。
これまでに何度か受けた求婚の全てを、ユミルガルデは穏便に断っていた。
『私の父上が貴方との縁談を持ってこられたら、考えましょう』
言葉面だけ見れば辛辣な断り文句であったが、ユミルガルデの切なそうな表情に、彼らは手に口づけるだけで想いを留めた。いずれ別れる身でありながら心だけでも欲しいなどと、誰が言えようか。
ユミルガルデへと告白した彼らは、彼女の心情を優先して退くだけの男気のある者ばかりであった。
学院を卒業するまでの一月の間に多くの面会や外出の誘いが来たり、談話室への招待が毎日来たりもしたが、まだ可愛い程度のものだと言えた。