再生する意味 15
話し合いの後、ユエとジュラードはマヤとアーリィを連れて、”禍憑き”の治療方を模索しているレイヴンの元へと話を聞きに向かう。
ローズとユーリは子どもたちの世話を含め、孤児院で留守番役となった。
「おっしゃ、投げるぞお前ら! ちゃんと取れよ!」
庭でギースたち少年を相手に遊ぶユーリが、ボールを手に持ちながら大声でそう叫ぶ。そして彼は「おりゃっ!」と気合と共に、小さなボールを全力でブン投げた。
「ちょ、ユーリ投げすぎ!」
「どっか行っちゃったよー!」
ユーリがブン投げたボールは構えていた子どもたちを華麗にスルーして、その向こうの木の茂みに落ちて消える。ユーリは「あれ?」と小さく呟き、そして微妙に反省していない笑顔で「わりぃ!」と子どもたちに謝った。
「もー! ふつーあんなに飛ばさねーだろ!」
「あーぁ、捜しにいかなきゃ……」
ギースとフォルトが揃って非難を向けてくるので、ユーリは「わかった、んじゃ皆で捜そうぜ」と消えたボールを捜す事を提案した。
「えー! なんで俺たちも捜すの?! 意味わかんねぇ!」
「ボール無くしたのはお兄ちゃんじゃん!」
「うるせー、俺に『全力で投げろ』って言ったのはお前らなんだから連帯責任だ! ほら、行くぞ!」
「なにそれ、めんどくせー!」
「もー、しょうがないなぁ」
ユーリはぶーぶー文句を言う少年たちを連れ、消えたボールを捜しに茂みへ向かう。そんな彼らの様子を傍で見ていたローズは、思わず可笑しそうに小さく笑った。
ユーリたちが茂みに消えて姿が見えなくなるとしばらくして、室内からイリスが飲み物とお菓子を持ってローズの元にやって来る。それに気づき、ローズは視線を彼に向けた。
「ありがとう、子どもたちの面倒をみてくれて。疲れたでしょう?」
イリスは無表情にそう言いながら、ローズにコップに入った果物のジュースを渡す。ローズは若干戸惑いつつも、「どうも」と言いながら飲み物を受け取った。
「これ、おやつ。ギースたちに食べさせて。飲み物もここに置いてくから」
「え? あ、あぁ……」
イリスは大きなバスケットを地面に置き、ローズはそれを確認して頷く。甘い焼き菓子の香りが漂うバスケットの中にはおやつと飲み物が入っているんだろうと、ローズはそう思いながら顔を上げた。
「……なに?」
「え、いや……」
何となくじっとイリスの顔を見つめると、彼は不可解そうな視線をローズに返す。言葉と反応に困ったローズは、「お菓子、あなたが作ったのか?」とイリスに聞いた。
「そうだけど」
「そ、そうなのか……美味しそうな匂いだな。料理得意なのか?」
「それなりに……」
「へぇ……あ、私も好きだ、料理! あと甘いもの食べるのも好きだな!」
会話を繋げようとするローズを不思議に思いつつ、イリスは「食べたければ食べていいよ」と返事した。
「っていうか、あなたたちの分も入ってるし」
「えっ! 悪いな……あ、休んでなくて大丈夫なのか?」
「別に……今は調子いいから」
「そうか、ならよかった……」
「……」
イリスは不可解な眼差しは変えずに、ロースにこう言葉を向ける。
「変な人だね、あなたって」
「え!?」
急に『変な人』呼ばわりされて、ロースは驚いたように目を丸くする。イリスは「だって、私と普通に会話しようとしてる」と言った。
「マヤもだけど……自分で言うのもなんだけど、普通はユーリの反応が正しいと思う。私はあなたを騙して、命の危険にさらしたんだよ? ……普通は顔をあわせるのも嫌なくらい、憎いでしょう」
「なのにあなたは私の心配までしてる」と、そう呟いたイリスに、ローズは一瞬返事を迷った。
「……確かに、お前のせいで俺は死に掛けたりもしたけど……でももう過ぎた過去だろう。それにあれをきっかけに、俺もマヤも心を一つに出来た」
本当に憎しみは無かった。あの出来事がきっかけに変わった事はたくさんあったが、結果的によかったと思うことのほうが多いと、ローズはそう感じているから。
そう感じる一番の要因はマヤがいつも傍にいることだと思うが、それは言葉にするのは凄く恥ずかしかったので黙っておいた。
「終わり良ければ……ってわけではないし、そもそも”こんな姿”になってしまったのだから手放しに『良かった』とは言えないけども、それでも俺は今も今で満足はしている」
復讐にばかり囚われていた頃の自分よりは、よっぽど今の自分の方が心穏やかでいられている。そういうことも含め、あの時の経験があったから今の自分がいるんだと、そうローズは考えていた。
イリスはローズの言葉を黙って聞いていたが、やがて小さく溜息を吐いて口を開く。
「幸せ?」
「まぁ……不幸では無いかな」
ローズが笑うと、イリスは彼女をどこか羨ましげに見つめた。
「女神が……マヤがあなたに心惹かれた理由、何となくわかった気がする。人々があなたを希望として見た理由も」
イリスの言葉に、ローズは苦笑を返す。
「俺は、今はアリアじゃない。聖女でもない」
「……そうだね、ごめん」
自然な形で謝罪されたことにまたローズは少し驚き、イリスはそんな彼女に少しの笑みを向ける。そして彼はこう言った。
「ユーリも幸せそうだね」
彼の口からユーリの状況を窺うような話題が出たことにローズは驚きながら、「そうだな」と返事を返す。
「お店やってるし、アーリィと一緒だし……幸せそうだよ」
「そう……よかった」
そう呟き、イリスはローズに背を向ける。一瞬呼び止めようかと思ったローズだったが、その背中がこれ以上の会話を拒否しているようにも見えたので、結局その背中を見送る事しか出来なかった。
「……」




