再生する意味 14
「あなたも術使いの魔族ならわかるでしょう? この辺りのマナが異常ってこと」
マヤがウネに問い返すと、ウネは「えぇ」と頷く。彼女も勿論それは感じていたので、返事の後にこうも続けた。
「この辺りはマナが濃い。エレではそれが普通ではあるけれども、”こちら側”では普通じゃないのでしょう?」
「そのとおり、普通じゃないわね。そのうちには普通にはなるかもしれないけど……でも一部の地域のみ、こう異常にマナが濃いのは明らかにおかしいわ」
それに、そういう場所に住んでいる二人が同じ病を患ったのだ。やはりマナの異常と病は関係性が高いとマヤは考えていた。
「この辺りで生活していることで、マナの影響を強く受けた結果に”禍憑き”となったのかもしれないわね」
「そんな……」
マヤの推測に、ジュラードが困惑した声をあげる。ユエも驚いた様子を見せた。
「でも、例えそうだとしてもなぜ病気になったのがリリンとイリスなんだい? それとももしかして、他の子やあたしにも発病する可能性があるってこと?」
ユエがそう疑問をマヤに問うと、マヤは「それはまだはっきりと答えは返せないわね」と言う。
「あるいは何か二人に共通点があるとか……」
マヤが独り言のようにそう呟く。するとしばらくしてウネが、彼女の独り言に答えるように口を開いた。
「ゲシュだということが共通点のように思える」
ウネの言葉に、ローズたちが「え?」と驚きの声と共に顔を上げた。
ウネはイリスが禍憑きだということは知らなかったが、しかし先ほどのユエの言葉でそれを知り、そして共通点として”ゲシュ”に気づいたのだろう。しかしウネのこの言葉に対し、ジュラードが異議を唱えた。
「待て、なら俺もゲシュだ。妹と同じくらいの時間、ここで過ごしている。だが俺は”禍憑き”にはなっていないぞ?」
「それは私も理由はわからない。でも二人の共通点で、一番に思いついた事を私は述べただけ」
ジュラードの意見にウネは首を傾げる。マヤは「ゲシュか……」と、やはり興味深そうな様子で呟いた。
「そういやレイヴン先生も言ってたよ。ゲシュが関係あるのかもしれないって。……でも、そうだとしても何故ゲシュだけこんな…… 」
「元々ゲシュは混ざり合う事の無い血が混じった種族だから、なんらかの不都合を体に抱えていてもおかしくない。ヒューマンと私たちアトラメノク・ドゥエラは、生体組織にいくつも違いを持っているのだし。本来は混じる事を想定はしていないのだから、異変に影響を受けやすい状態なのかも」
ユエの疑問に、ウネが呟く言葉を返す。マヤもウネの意見に同意なようで、「そうね」と頷いた。しかしユエは何か納得できない様子で、こうマヤたちに言う。
「混血がいけないってことかい? ならあたしだって人と巨人族の混血だよ? それは関係無いのかい?」
「というか、問題なのは魔族と人って部分なのかも。人も巨人族も、種族は違っても元から同じ世界に住んでるでしょ? でも魔族は違う。彼らはこの世界じゃない、別の世界の住人なんだもの。その違う世界の存在同士の混血ってのが問題なんじゃないかしら?」
マヤの意見にウネは「なるほど」と納得する。しかしユエは「なんだか難しい話になってきたね」と、段々自分の理解が及ばない分野の話となってきて、困った様子でそう呟いた。そしてローズやユーリ、ジュラードもユエと同じ意見だ。マヤやウネほど異界同士のことには詳しくない。なのでまったく話に入れないでいた。ちなみにアーリィは話を理解出来るが、リリンと一緒にうさこで遊んでいるので会話には参加していなかったり。
「マヤ、私もあなたの意見が正しいように思える」
ウネがそう言うと、マヤは意外そうに笑って「名前も知ってたのね」と返す。それには何も答えず、ウネは言葉を続けた。
「たとえば、ヒューマンがエレに来ると体調を崩す場合が多いと聞く。その理由は、ヒューマンの体にエレのマナが合わないことが原因らしい。”禍憑き”はもしかしたら、それと似たような理由からの病気なのかもしれない」
「……エレに満ちるマナはアトラメノク、つまり闇のマナが生成しているマナだからね。こちらの世界では光のマナ・ウルズが四元素のマナを生成しているから、人が魔界のマナに慣れないのは当然といえば当然だわ。それにそういう理由なら、マナの異変も繋がりそうね」
なんだかすっかりマヤとウネの二人で話が纏まっていき、ジュラードはさっぱりついていけなくて困り果てる。彼が視線を妹に向けると、彼女はアーリィと二人で楽しそうにうさこを全力でなでなでなでなでしてて、どうせ会話に入れないなら自分も妹と楽しく遊んでいたいなぁと、ちょっぴり彼はそんなことを考えた。しかしそれは出来ない雰囲気なので、しかたなく彼はマヤたちの話の続きを聞く。
「んー……ウルズのマナがゲシュには合わないってことなのかしら? 多かれ少なかれ魔族の血を含んでいる存在なんだからありえなくは無いわ。でもゲシュの全員が全員、そういうわけでもないし……」
「個人差があるのかもしれない」
「個人差、ね……それも一理あるわ。でもそうなると、この病は”審判の日”以前に存在していた事になるわね。審判の日以前と条件は同じなのだから。……旧時代の資料は多くないから、調べるのは難しそうね」
マヤはウネを見つめ、「そういえば、魔族はこちらのマナが合わないとかいうこと無いの?」と聞く。するとウネはこう答えた。
「そういう話は聞かない。私自身も、マナが違うとは感じてもそれが体に合わないと感じた事は無いし……」
答え、ウネは独り言のようにこう付け足す。
「でも私たち魔族は、魔物ほどじゃないにしても適応能力が高いから……最初は体に合わなくても、無意識の内に適応しているのかも」
「う~ん、なるほどねぇ……」
マヤが考えるように沈黙すると、ユーリが「はーい、せんせー!」とマヤを見ながら手を上げる。マヤは「先生って何よ」と言いながらユーリを見た。
「いや、俺ら一般人は話についてけねぇからちょっと確認をと思って……ローズなんていつも以上にアホ面でぽか~んとしてるしさぁ」
「あ、アホ面なんてしてないぞ! ぽかーんはしてたかもしれないけど!」
ローズの訴えは無視して、ユーリは今までの話をまとめてマヤにこう聞く。
「えっと……つまり二人は、やっぱり”禍憑き”はここら辺一帯のマナの異常が関係していると考えてるというわけだな。そんでそのマナに影響を受けるのが理由は不明だけどゲシュで、その影響を受けた結果に”禍憑き”になるって考えてんだな?」
「まぁ、そうね……あくまで推測だけどね。でも筋が通りそうな話だと思うのよね」
確かにマヤの言うとおり、推測としては可能性は高そうな話だとジュラードも思った。
「この辺りで気味悪い魔物が出るようになったのも、やっぱりその”マナの異変”とやらが原因なのかねぇ」
先日この孤児院を襲ったラプラいわく”肉団子”の魔物も、マナの調査をしていたエルミラはそれに関連する異変ではないかと言っていた。
ユエの疑問する呟きに、マヤは「おそらく」と返事をした。
「マナが満ちて環境が変化した結果、その環境の変化に合わせた魔物が誕生したんでしょう。魔物はとにかく適応能力と進化する力が強いから。あるいは旧時代には普通にいた魔物なのかもしれないわね」
段々と、世界各地での確かな異変についての答えは見えてきた。”禍憑き”のことも含めて。
「つまり病気も新たな魔物も、やはり一つに繋がると言う事か……」
「問題はそれが原因だとして、どう病気を治すかね。それと何故この辺りだけ、マナが異常に濃くなっているのか……マナの異常の原因解明も行わないと、この辺りに人が住むのは危険ってことになっちゃうだろうし」
ローズの言葉に繋げて、マヤが今の話し合いに生まれた問題を語る。まだまだ解決には時間がかかりそうだと、ジュラードは小さく溜息を吐いた。