再生する意味 13
「リリン、入るよ」
ユエがそう声をかけて彼女が休む部屋に入ると、リリンはジュラードの言うとおり目を覚ましており、べッドの上で体を起こしてうさこと遊んでいた。
ローズたちは部屋に入ってすぐにウネの存在に気づいて、彼女たちは驚く視線をウネに向けたが、ウネは盲目の瞳でローズたちを見返すと小さく会釈をするだけで何も言わない。ウネはラプラとは違い、ローズたちを覚えて認識しているようだった。だが敵対心は無いようで、穏やかな様子で部屋の隅に移動する。
ラプラの存在を既に知っていたローズたちなのでウネがここにいることにもそこまで疑問には思わなかったが、しかし予想外の人物の存在にはやはり少し驚く。だが今は彼女ではなくジュラードの妹に用事があるので、そちらに彼女たちは視線を集中させた。
「あれ、せんせぇ……なんだかたくさん人がいるね。どうしたの」
ユエの後に続いて来たローズたちを見て、リリンは「お客さん?」と首を傾げる。ジュラードは彼女に、「俺の知り合いなんだ」とローズたちを短く説明した。
「そうなんだ。お兄ちゃんのお友達だね」
リリンはそう言うと、ローズたちに「こんにちは」と挨拶をする。ジュラードが言っていたとおり、彼女も今はだいぶ調子が良さそうだった。
「リリンって言います」
礼儀正しく挨拶をする少女は、本当に強面で無愛想気味のジュラードの妹なのかと、遺伝子を疑ってしまうほどに優しそうで愛らしい顔立ちの少女だった。ただジュラードと同じ青みがかった銀髪と蒼い瞳は、同じ血を分けた兄妹であることをしっかりと証明しているようにも見えた。
「こんにちは、リリンちゃん。えっと、はじめまして。私はローズって言うんだ」
まずはローズがそう挨拶をすると、リリンは目を丸くして「お姉さん、綺麗だね」と素直に感心したように呟く。ローズは反応に困り、苦笑を返した。
「いいな、リリンもお姉さんみたいに綺麗で胸の大きいお姉さんになれるかな……」
少女の純粋な願望に色んな意味で答えに困ったローズは、それが表情に表れた笑顔で「なれるよ」と返す。リリンは寂しく微笑んで、「うん」と頷いた。そしてリリンの視線は再び、彼女が憧れるローズの胸にいく。その谷間に挟まる小さな存在に気づき、リリンはまた目を丸くした。
「わぁ、小さい人がいる!」
「こんにちは、アタシはマヤよん」
驚くリリンにマヤは笑顔で手を振り、そしていつもの定位置から自力で這い出す。そしてマヤは自分の背に透き通る虹色の羽を出し、それで器用に飛んでリリンに近づいた。
「わぁ、すごい……」
マヤはリリンの直ぐ傍の掛け布団の上に着地すると、彼女を見上げて楽しげに微笑む。
「マヤさん? は、一体何者……?」
当然の疑問を呟くリリンに、マヤは「妖精さんよ」と、いつもの返事を返した。
「ようせいさん? ……すごいね、お兄ちゃんって不思議な人ともお友達なのね」
リリンがそう呟きながらジュラードを見ると、ジュラードは曖昧に笑う。マヤはそのままリリンの傍に置き、ローズは残る二人の紹介を行った。
「それで、こっちの背の高いお兄さんはユーリだ。その後ろにいるのがアーリィ」
「みんなお兄ちゃんのお友達なんだね。お兄ちゃんってば、私の知らない間にたくさんお友達作ったんだね」
「いや、そういうわけじゃ……」
ジュラードが困った顔になると、リリンは楽しそうに笑って「お兄ちゃん、照れてる」と言う。ますますジュラードの表情は困ったものに変わった。
「で、君が抱いてるその可愛いのがうさこだよ」
ローズはうさこもついでに紹介し、紹介されたうさこは「きゅいぃ」と小さく鳴く。リリンは「たくさんの名前、一気に覚えられるか不安だよ」と困ったように笑った。
「それでリリン、この人たちはお前のその病気について調べているんだ。だから協力してくれないか?」
「協力?」
ジュラードの言葉にリリンは小首を傾げ、「何をすればいいの?」と問い返す。
「このお姉さんたちも、レイヴン先生みたいなお医者様なの?」
「いや、そうでは無いんだが……」
ジュラードは「とりあえず、足の模様を見せてくれ」とリリンに言った。リリンは彼に言われたとおり寝間着のズボンの裾をめくって、”禍憑き”に出る身体的特徴の痣のような模様を見せた。
「こう?」
「あぁ、ありがとうリリン」
リリンの病弱な色の右脹脛には、禍々しいとさえ思える不気味な痣のような模様が赤黒い色で刻まれていた。その大きさは、彼女の病気の進行度を示すかのように、少女の脹脛全体を覆うほどとなっている。
「これが”禍憑き”の……」
初めて見る”禍憑き”の模様は、一目で不気味な印象を抱かせるもので、ローズは顔を顰めながらそれを見る。ユーリも「こりゃ呪いって思われても不思議じゃねぇな」と、小さく呟いた。
「どれどれ……ちょっとよく見せてね」
マヤが羽を使ってリリンの足元へ飛び、その状態のままでリリンの足の模様を観察し始める。リリンは少し緊張した面持ちで、うさこを抱きしめながらその様子を眺めた。
「どうだい? 何かわかるかねぇ」
ユエがそう声をかけると、マヤは「そうねぇ……」と考え中といった反応を返す。
「魔法的な呪いでは無いようね。アーリィも一応確認してくれる?」
「わかった」
マヤに言われ、アーリィが前に出る。そうして彼女はリリンに「ちょっと触るけど」と断りを入れてから、足に刻まれた模様に触れた。
『InVeStigATe』
アーリィは短い古代呪語を唱え、調べるリリンの右脹脛を中心に、その下に小さく白い魔法陣が浮かび上がる。リリンとユエはその光景に驚いて目を丸くしたが、マヤが「大丈夫よ、何も害は無いから」と声をかけると、二人は驚きながらも黙って様子を窺った。
「……うん、別に魔法の呪いじゃないみたい。そういうの、感じないから」
魔法陣が消え、一息吐くように溜息を吐いたアーリィがそう 皆に報告する。リリンは不思議そうな顔をしていたが、ユエやジュラードは理解した様子でそれぞれに頷いた。
「呪いでは無いのか……あんたの報告は祈祷師たちよりよっぽど信用出来るよ」
ユエがそうアーリィに声をかけると、アーリィは「そ、そう?」とちょっと困った様子を見せる。そしてアーリィは「でも、呪いじゃないならやっぱり原因は何だろう?」と独り言のように呟いた。
「そうね……さっきのレイリスの話から、ますますマナが関係しているかもって線が濃くなってきたけどね」
マヤがそう言うと、今まで黙って皆の様子を窺っていたウネが口を開く。
「マナが関係とは……?」
突然ウネが話しに割り込んできたのでジュラードたちは驚いたが、マヤは普通に「この辺りのマナの異常のことよ」と彼女に言葉を返した。