再生する意味 10
「今は彼女に言われて、この子の様子をみていたところ。と言っても、私は目が見えないので今の説明は言葉どおりに受け取られるとちょっと語弊があるのだけれど」
「あ、あぁ……」
『目が見えない』というところにどう反応したらいいのか困った様子のジュラードに、ウネは小さく笑って「気にしないで」と告げる。そして今度は彼女がジュラードに聞いた。
「ところであなたは彼女に用事?」
「あぁ……俺はその……彼女の身内の者だ」
ジュラードはウネを挟んだ向こう側のベッドで、若干苦しそうな寝息をたてて眠るリリンを指してそう自分を紹介する。
ウネは何か驚いたように目を見開いた後、「そう……」と小さく頷いた。
「リリンは… …」
ウネに問うようにそうジュラードが口を開く。ウネは遠慮がちな声で、「今は寝ているようね」と言葉を返した。
ジュラードがベッドで苦しげに眠るリリンに近づくと、ウネは彼に道を譲るように一歩壁際に下がった。
「リリン……」
彼女を起こしてしまわないように、ジュラードは小さな声でその名を呟く。
本当は起こして、声を聞きたい。話をしたい。自分を見てもらいたい。自分は今ここにいると教えたい。それらの気持ちを抑えながら、ジュラードはベッドで眠るリリンの様子を眺めた。
「……」
しばらくぶりの妹の姿は、別れの時からまた少し痩せてしまったように思えた。
固く目を閉じ、息苦しく呼吸をしながら眠る彼女の姿に、ジュラードの心が締め付けられるように痛む。何故彼女がこんな辛い目にあわなくてはいけないのかと、そんなやり場の無い怒りのような感情がジュラードを苦しめた。
「”禍憑き”」
「!」
突然ウネが口を開き、ジュラードは驚いたような視線を彼女へ向ける。ジュラードは「知ってるのか?」とウネを見て言った。
「いえ……でも、ユエに話を聞いた。彼女はそういう病に侵されている、と」
「……あんたは魔族ってやつだよな? 魔族でも、この病気が何なのか知らないのか?」
ジュラードが問うと、ウネは頼りなく首を横に振る。ジュラードはその返事を見て、小さく溜息を吐いた。
「魔族でもわからない病気なのか……」
「魔族にどういうイメージを持っているのかはわからないけれども、私たちもあなたたちヒューマンと変わらない存在よ。全体的に見れば、持つ知識にそれほど大きな差は無いわ」
そう答えるウネに、ジュラードは「そうなのか?」と訝しみながら返事を返した。そのジュラードの反応を見て、今度は逆にウネが問う。
「どうして疑問に思うの?」
「……人と魔族がそんなに変わらない存在だっていうのなら、どうして混血のゲシュはそこまで異端として扱われるのだろうと思って……」
何か挑戦的な言い方で、ジュラードはウネの問いに対して答えを返す。彼のその返事を聞き、ウネは感じていたことを確信した様子でこう呟いた。
「あなたはゲシュね」
「……」
沈黙は肯定だろうと、ウネはジュラードの態度で理解する。五感の一部を失っている代わりに感覚の鋭い彼女は、ジュラードの気配でゲシュであることを見抜いていたのだ。
「ということは、やはり彼女も……」
ウネの光無い眼差しが、眠るリリンへと向けられる。視線はそのままに、ウネはジュラードに問いかけるようにこう言った。
「あなたは魔族が憎いのでしょう」
「え?」
予想もしていない言葉をウネに投げかけられ、ジュラードは一瞬戸惑う。彼は動揺を隠せない声で、「何故そう思う」とウネに聞いた。
「感じるから。あなたは私にあまり良い感情を抱いていないのを、ね」
全てを見透かすようなウネの眼差しが、再びジュラードを射抜く。
ウネの言葉はジュラード自身が無意識に抱いていた感情で、そして彼は彼女の指摘でそれを意識し自覚した。
「何故魔族が憎い?」
「……それほど憎いわけじゃない。ただ……俺の中に流れるあんたたちと同類の血が、この世界で俺と妹を生きにくくしてるんだって思うと……」
元々このリ・ディールという世界には、魔族は存在していなかったという。しかし魔法の力を持つ彼らは、その力で異界同士を繋ぎこの世界にやって来た。
そうこの世界の歴史を聞いたジュラードは、魔族という異物のせいで人と彼らの血が混じり、ゲシュと言う異端が生まれたという認識を持っている。
ゲシュというだけで自分の人生の難易度が上がっているのだから、それを実感しながら生きている今魔族に良い感情など持てるはずもなかった。
「……いや、百歩譲って俺はいいんだ。だけどリリンは……ゲシュだから、病気を治す為の薬が高価で手に入りにくい。先生もレイヴン先生も、妹の薬を手に入れるのに苦労しているのを知ってるんだ。だからせめて妹だけは普通の人間だったら、もっといい治療をしてあげられるのだろうかとか……そう考えると、魔族を憎んでしまうかもしれない」
寂しげにそう呟かれたジュラードの言葉に対し、ウネも静かな声で「ごめんなさい」と返す。ジュラードは小さく首を横に振り、「あんたが謝ってどうこうなる話じゃないから」と言った。
「そうね。私一人が謝ったところで、それはただの偽善……でも責任は感じるの。私のせいでは無いけれど、私たちのせいではあるから」
「謝罪も同情もいらないんだ。どうせ気にかけてくれるなら、妹の病気を治してくれ」
言いながら、ジュラードはリリンを傍で見るように膝をつく。ウネは小さく目を閉じ、「そうね」と彼に言った。
「私にも協力できることがあればするわ」
「……あぁ、ありがとう」
ウネに礼を告げたジュラードは、熱のあるリリンの頬に手を触れる。熱い熱が伝わり、ジュラードは僅かに顔をしかめた。
「きゅいぃ~……」
ジュラードがリリンの熱を確認すると、今まで大人しくジュラードに抱かれていたうさこが、彼の腕から自力で這い出す行動に出る。
そうして脱出したうさこは、眠るリリンの顔の直ぐ傍に飛び乗った 。
「おい、うさこ……っ!」
うさこの謎行動に、リリンが起きるんじゃないかと心配したジュラードが声を上げる。しかしうさこは聞いてないのか無視してるのか、ジュラードの注意など気にも留めずに自由な行動を続けた。




