再生する意味 9
「そう、私は勝手だった……私がどんな人間か隠してたよ、ずっと。彼女たちには知られたくなかったから……」
イリスは自身の非を認めるようにそうユーリに告げ、そして少し驚いた顔をする彼から視線を外す。イリスはユエを見た。
「だから、話すなら私自身がユエたちに話をする。どうせ軽蔑されるなら、これ以上卑怯にはならない方を選択させてほしい」
繋がったユエの眼差しに映るイリスの表情は、ひどく痛々しい感情の覚悟が滲んでいた。そしてそんな彼を見つめるユエの眼差しには、複雑な想いが宿る。しかしそこに拒むものはまだ存在せず、そこにほんの僅かイリスは心が救われた気がした。
ユーリは再びイリスを険しい眼差しで睨みつけ、彼に深い憎しみを宿した言葉を続けた。
「ハッ、なんだよ今更。いい子ぶったこと言って、心を入れ替えましたってか? それともそれも、てめぇお得意の演技かよ。いい子ぶったことするのも得意だったもんな、てめぇは」
「そう思うならそう思えばいい。でも私だって……もう昔とは違う。ううん、昔の自分を捨てたいの。勿論、それで私がしてきた事が許されるわけじゃないってのはわかってるけど……」
そう言って視線をぶつけ合う二人に、マヤが「やめなさい」と告げる。そして彼女は主にユーリに向けて言葉を続けた。
「意外な再会でテンション上がってるのはわかるけど、今はそんな言い争いをしている場合じゃないでしょ。それにさっきの話だと、彼も”禍憑き”だって言うじゃない。病人をそんな責めるのはやめなさいよ、ユーリ。もしかしたら彼だって、そういう病気になったから心を入れ替えたのかもしれないしね」
マヤの言い分に対してユーリは小さく舌打ちしたが、しかしそれを聞き入れて、彼は今はそれ以上イリスを責める言葉を止める。イリスも寂しげな表情でユーリから目を逸らした。
「イリスも……その話は後で聞くよ。あんたが本当に話して大丈夫だと思うならね。でも今は……丁度いい、あんたの病気についてこの人たちが原因究明をしようとしてくれてるんだ。あんたとこの人たちがどういう因縁があるかはあたしも知らないけども、でもリリンの病気を治す為にもなるしあんたも協力してくれないか?」
ユエが弱い笑みを向けながら、そうイリスに優しく声をかける。イリスは「わかった」と彼女に返事を返した。そしてイリスはローズたちにまた視線を向ける。
「あなたたちがそれでいいのなら、だけど……」
ローズは一瞬返事に迷ったが、しかしユーリほど彼に対して恨みが強いわけでも無いので、彼女は「私はかまわない」と返事をした。
「アタシも別に問題無いわよ。それにちょっと興味深いのよね……この場所に”禍憑き”になった者が二人……やっぱりこの辺りのマナの異変が関係しているもかもしれない。二人の共通点とかを調べれば、これは案外早くに原因究明が出来るかもしれないわ」
ローズに続いてマヤがそう返事をする。イリスの存在を忘れたアーリィもとくに反対する理由は無いので何も言わず、唯一問題はユーリだったが、彼は「仕方ねぇな」と不機嫌そうに言いながら彼の協力を了承した。
「……ありがとう、ユーリ」
イリスが小さくそう礼を呟くと、ユーリは再び彼を睨んでこう言う。
「勘違いすんなよ。テメェの為じゃねぇ、ジュラードの妹の為だからな。俺はテメェがどうなろうと知ったこっちゃねぇんだから」
そう言って目を逸らしたユーリに、イリスは硬い声で「わかってる」と返した。
一人広間を出たジュラードは、妹の部屋へと向かっていた。その途中の廊下で、彼はふらふらと廊下をさ迷ううさこを見つける。うさこはジュラードを見ると、一目散に彼に駆け寄って保護を求めた。
「きゅうぅ、きゅうぅ~」
「な、なんだうさこ。お前ギースたちと遊んでたんじゃないのか?」
廊下で何かに怯えるようにフラフラとさ迷っていたうさこを抱きかかえ、ジュラードは心配しながらそう声をかける。するとうさこは涙目で「きゅいぃ~」と力なく鳴いた。そしてどこか遠くで聞える子どもたちの声。
「あのうさぎどこ行ったんだー?」
「ギースが面白がってボールにして遊ぶから逃げたんだよー」
「ちげぇよ、フィーナが無理矢理引っ張ってお湯の中入れようとしたら逃げたんだよ」
「だってぐったりしてたから、元気になってもらおうと思ってお風呂に……うさぎちゃんどこー?」
無邪気に残酷な子どもたちに余程ひどい目にあったのか、うさこは子どもたちの声を聞いてまたぷるぷると震えだす。ジュラードは何となく「すまん」とうさこに謝り、彼はそのままうさこを連れてリリンの部屋に向かった。
リリンの部屋の前まで来たジュラードは、少し緊張した様子でドアノブに手をかける。
旅に出る前、自分は彼女に何も言わずに出て行ってしまった。声をかければ彼女に引き止められ、そして引き止められたら自分は決意が揺らいでしまいそうだったからだ。だからジュラードは妹には何も言わず、ユエたちにも詳しい事情は説明せずにここを飛び出していった。
(リリン、怒っているだろうか……)
パンドラは手に入らなかった。しかしその代わり、大きな希望と出会うことが出来た。希望がこのまま願いに繋がればいい。
ジュラードは無意識に深呼吸をして、静かにドアを開けた。
「あ……」
リリンの部屋のドアを開けると、中にはリリン以外に人がいた。
「こんにちは。あなたは……?」
光の無い紫の瞳をこちらに向け、部屋の中にいた女性はジュラードにそう問いかける。ジュラードは驚きと反射的な緊張で、若干裏返った声で「ジュラード」と答えた。そして声が裏返った事に、一人静かに赤面する。
「ジュラード? そう……」
「あ、あんたは誰だ……なんでこの部屋にいる」
妹の部屋にいた見知らぬ存在に、ジュラードは警戒した様子となる。彼は見知らぬ存在という理由以外にも、目の前の女性が明らかに異界の存在であることに気づいて、彼女を強く警戒した。ついでにうさこも怖いのか、謎の女性を見ながらぶるぶる震える。こっちはいつものことかも知れないが。
「私はウネ。大丈夫、私はあなたの敵ではない」
ジュラードの警戒を察してか、ウネはそう落ち着いた声でジュラードに話しかける。それでも警戒を解かないジュラードに、ウネはこう告げた。
「事情があって、今はユエたちのお世話になっているの」
「先生の?」
ウネは頷き、ジュラードが少し警戒を解くとこうも続けた。