再生する意味 8
ローズの説明を聞き終えた後も、ユエの半信半疑といった表情は変わらなかった。いや、むしろ話を聞く前よりも、今の彼女の眼差しはローズたちに疑う感情を向けているように思える。
長い説明を話し終えたローズは内心でかなり焦りながら、怪訝な顔をするユエの反応を待つ。やがてユエは小さく溜息を吐きながら、「マナ、ねぇ……」と呟いた。
「それに魔法……あたしにはさっぱりわからない話だよ。あんたたちが悪い人には見えないが、しかし今の話をそのまま鵜呑みに信じることもちょっとね……」
「そ、そうですね……直ぐに信じてもらえない話だとは私たちも理解してます」
ローズがそう言うと、彼の隣でジュラードが口を開く。
「しかし先生、俺はこの目でローズやアーリィの魔法を見たんだ。あれを見たら、こいつの話が本物だって信じられる」
ジュラードのその言葉に、しかしユエは冷静に「だけど、それが”禍憑き”を治せるとも限らないんだろう?」と返す。ジュラードは「それは……」と頼りなく呟き、また沈黙した。
「でも可能性はあるかもしれません。魔法や、魔法薬……ここ最近のマナの異変が”禍憑き”の原因だとしたら、それらで治療出来る可能性があります」
沈黙したジュラードの代わりにマヤがそう告げると、ユエはまた小さく溜息を吐いて「そうだね、可能性があるならば……」と言った。
「藁にも縋りたい思いなのは確かだしね……しかしまさかマナとか魔法とか、そんな話がこの病気に関わって出てくるとはね……」
魔法についてはウネやラプラもそれを使えるが、しかし彼女はそのことをまだ聞いていなかった。なので彼女たちにとっては、ローズたちの話は未知も同然、信じろと言われて信じられるものでは無いで、ユエの反応も無理はなかった。
だがせっかくジュラードが連れてきた”希望”だ、ユエはわざわざジュラードと共にここに来てくれたローズたちを断る理由は無いと考える。何より彼女は、ローズたちを信じてここまで彼らを連れてきたジュラードの想いと判断を信じてあげたいと思った。
「わかった、あんたたちに”禍憑き”について調べてもらうよ。あたしも協力できる事はするしね。でも後でレイヴン先生にも相談させてくれよ」
ユエの返事に、ロースは「はい」と頷く。続けて「レイヴン先生とは?」と、彼女は聞いた。
「あぁ、レイヴン先生はこの近くの町医者さ。”禍憑き”の治療にも真剣に取り組んでくれている」
そうユエが説明をすると、ジュラードがずっと気にかけていたことをユエに問う。
「先生、それでリリンは……」
「あぁ、今は寝てる。ちょっと熱が高いんだ……丁度この後、レイヴン先生を呼ぼうと思ってたとこだよ」
ユエの返事に、ジュラードの表情が曇る。彼の気持ちを察してか、ユエは彼に「心配ならリリンの様子を見てきな」と言った。
「ただ、今は寝てるから起こさないようにね。顔だけでも見てくるといいよ」
ユエのその言葉に、ジュラードは今すぐにでもそうしたい気持ちを押さえ、ローズに視線を向けた。するとローズは小さく笑い、「行ってくればいいさ」と、ジュラードに告げる。
「話は私たちとユエさんとで進めてるから。その間に妹さんの顔、見てくるといい」
ずっと顔を合わせていなかった大事な妹なのだから、本当はここに着いたら真っ先にでも顔を合わせたかっただろう。そのジュラードの気持ちを察してローズがそう言うと、ジュラードは一言「すまない」と言って立ち上がった。
「それじゃあその……ちょっとリリンの様子を見に行かせてくれ」
そう告げ、ジュラードは一人部屋を出て行く。ジュラードが部屋を出て行くと、ユエが重く小さな溜息と共にこう口を開いた。
「……実はね、ここにいる”禍憑き”はリリンだけじゃないんだよ」
「え?!」
ユエの言葉に、ローズはひどく驚いた表情で彼女を見る。ユエは彼女の驚きを理解しながら、「もう一人いるんだ」と告げた。
「それは一体……」
子どもたちは部屋の外に遊びに行ったし、エリもお茶を用意したら部屋を出て行った。ユエは今この部屋にローズたちしかいない事を確認し、こう答える。
「さっきの彼……イリスだよ」
それを聞き、ローズたちはひどく驚いた顔となった。とくにユーリは驚愕した様子で目を見開き、「あいつが……?」と思わず口にする。それを聞き、ユエは「そう言えば、どうもあんたちはイリスと知り合いのようだね」と思い出したように言った。
「あぁ……そうだな、あいつのことはそれなりによく知ってるよ」
「……どうやらあまりいい意味での知り合いでは無さそうだね」
忌々しく吐き捨てるように答えたユーリの様子から、ユエはそう理解する。それをユーリは否定せず、「なんであいつがここにいるんだ?」とユエに聞いた。
「イリスは一年ほど前に、この近くの森で魔物に襲われたうちの子どもをたまたま通りかかって助けてくれたんだよ。ただ本人が大怪我しちまってね。治療の為にここにいてもらったら、そのうちにあいつが『ここで手伝いをしたい』って言い出したんだ。料理も上手いし子どもたちにも優しいし、断る理由は無かったからそのままうちで働いてもらってるんだよ」
ユエの答えに、ローズは納得すると同時に少し意外にも感じた。先ほどほんの僅か顔を見合わせたイリスが”彼”ならば、今の話や先ほどの雰囲気から、自分が知る彼とは何か雰囲気が変わったように思えたからだ。それは自分よりよっぽど彼を知るユーリも感じたらしく、「あいつがそういう理由で……?」と、傍で怪訝そうに呟くユーリの声を聞いた。
「そう言えばヴァイゼスが無くなって、あいつはいつの間にかどっか行っちまったってエルミラが言ってたけど……まさかこんなとこで会うなんてなぁ……」
ユーリは予想外すぎるかつての同僚との再会に驚きつつ、ユエに険しい表情でこう警告じみた言葉を告げる。
「ここであいつがどういうふうに生活してるかはよく知らねぇけど、あいつの態度をそのままに受け取るのはやめた方がいいぜ」
ユエは少し驚いた様子で「何を言ってるんだい?」とユーリに言葉を返す。それに対してユーリは、ひどく真剣な顔でこう返事をした。
「気をつけた方がいいってことだよ。だってあいつはいくらでも他人を欺ける野郎だからな」
「……」
ユーリの言葉を聞くユエの表情にも険しい感情が浮かぶ。それが何を意味するのかは、本人にしかわからないが、しかしユーリはそんな表情のユエを前に言葉を続けようとした。
「あいつは……」
しかし次の瞬間、ユーリのこの言葉を遮る声が部屋に響く。
「待って、ユーリ!」
ユーリの言葉を遮り部屋にやって来たのは、一度はローズたちから逃げ出したイリスだった。
皆の視線が自分に集ま る中、イリスはもう一度「待って」と言う。ユーリは彼を睨みつけるように見ながら、「久しぶりだな」と言った。
「……ユーリ、それ以上は言わないで」
「なんだよ、やっぱ隠してんのか? てめぇが本当はどんな野郎か」
「……」
ユーリにとってイリス――いや、レイリスは簡単に和解できるような関係の知り合いではなく、ヴァイゼス消滅後にエルミラやアゲハとは親しい関係になった今も、彼はレイリスという存在を許すことは出来なかった。
そしてイリスもそれは承知の上だ。自分がかつて彼に対してどういう態度をとってきたのか、イリス自身よく知っている。だから彼が自分を憎み、許せない気持ちは理解できた。
「隠して、バラしてほしくねぇってか ? 相変わらず勝手な野郎だな、てめぇは」
ユーリの険ある言葉に、場の雰囲気を心配したローズが「ユーリ」と咎める声を発する。しかしユーリはそれを無視して、イリスを挑発するように険しい眼差しで睨み続ける。
するとイリスはやがて、ユーリの予想しない返事を返した。




