もう一人の探求者 8
「……ユーリさんからだ」
少年は異質な細い瞳孔の緑眼を細めながら、差出人の名を読む。彼が呟くと、少女の目が期待に輝いた。
「ゆーり!」
少女は少年の服の裾を掴み、「おねえちゃんからのてがみ、はいってる?」と聞く。少年は苦笑しながら、「開けてみないとわからないよ」と少女に言った。
「久しぶりだな、ユーリさんから手紙来るのも。元気でやってるかなぁ?」
「おねえちゃんも!」
「ははっ、そうだね。アーリィさんも元気かな?」
少年は笑いながら、手紙を持ってまた部屋へと足を向ける。彼は歩きながら、少女に声をかけた。
「ミレイ、おいで。一緒にこっちで、ユーリさんからの手紙読んでみようよ」
その言葉に、ミレイは笑顔で「うん!」と元気よく返事をする。それを見て、レイチェルも嬉しそうにまた目を細め笑った。
レイチェルは居間に戻り、ミレイと共に届いた手紙の封を開ける。
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
「えっと、待ってねミレイ……この字はユーリさんだな。アーリィさんからの手紙は……あ、一枚入ってた」
「ほんと!」
レイチェルの言葉に、ミレイがまた幼い眼差しをキラキラと輝かせる。レイチェルは封筒の中に入っていた手紙の一枚を「はい」とミレイに手渡した。
「ミレイへって書いてある。アーリィさんからの手紙は、ミレイ宛みたいだよ。よかったね」
「おねえちゃんからみれいにてがみ! うん! うれしい!」
レイチェルから手紙を受け取り、ミレイは大事そうにそれを胸に抱える。レイチェルはミレイへ手紙を渡すと、もう一度ユーリからの手紙へ視線を戻した。
「ユーリさんからの手紙はなんだろう……んーっと……」
レイチェルが白い便箋に綴られた文字に視線を落とし、それを追って文字を読んでいく。内容は、最初はこちらの様子を伺うものと自分たちの近状を語るごく普通のものだった。
「……『そんなわけで、こっちは楽しくやってるよ』って。お店も順調みたいだし、よかったね」
「うん! おねえちゃんがたのしいなら、ミレイもたのしいしうれしい!」
自分たちと彼らはかつては対峙していた者同士ではあったが、今現在はこうして離れていても時々手紙のやり取りをするような関係とまでなった。そのことにふと不思議な想いを抱きながらも、そういう関係になれたことをレイチェルは改めて嬉しく思う。ミレイの無邪気な笑顔を見ると、それをなお強く思った。
「……ん? 『それとこの前の手紙の件だけど、こっちはいつでも来てもらってかまわないから』って……なんだろ、これ」
手紙の最後ら辺に書いてあった謎の言葉に、レイチェルが首を傾げる。ミレイは既にアーリィからの手紙に目を落とし、彼の言葉を聞いてはいない。
「えっと、えっと……『おねえちゃんは、みれいとくらせるってきいてわくわくしてます。ぱじゃまはぴんくのかわいいものをよういしました』……んん?」
「え、なにそれ……ミレイ、それどういうこと?」
「むぅ……みれいもわからないけど、そうおねえちゃんのてがみにかいてある……」
ミレイが朗読したアーリィからの手紙にも、また不可解な言葉が記されていたようで、レイチェルとミレイはそろって首を傾げた。その時、玄関の方で大きな声が二人を呼ぶ。
「おーい、レイチェルにミレイー! たっだいまー!」
二人を呼ぶその声は、二人がよく知る彼の声だった。
「あの声は……」
「赤毛のやろうがかえってきた」
玄関から聞えた声はエルミラの声で、レイチェルとミレイは立ち上がってそちらへと向かう。玄関に向かいながら、二人は何となく今の手紙の不可解部分の謎を解く鍵を帰ってきた”彼”が知っているような気がした。
「エル兄、おかえり」
「赤毛、まさかてぶらでかえってきたりしてないよね。おみやげをよこせ」
レイチェルとミレイはそれぞれに、帰ってきた人物を迎える。玄関に立っていたのは、いつもどおりの能天気な笑顔をしたエルミラだった。それと、彼の後ろにもう一人。
「やっほ、二人ともー! 元気なエルミラお兄さんのご帰還だよー!」
「はいはい、二週間ぶりだけど相変わらず元気そうでよかったよ。って、エル兄……後ろのその人って、もしかして……」
「そうそう、お土産は無いけどお客さん連れてきたよ!」
二週間ぶり程に帰宅したエルミラの後ろに、もう一人黒髪の女性が立っていることに気づいたレイチェルが目を見開く。自分が知っている頃よりも髪が伸びたその人物に、レイチェルは懐かしい感情の宿る眼差しを向けた。
「アゲハさん!」
「こんにちは、レイチェル。うわぁ、背ぇ伸びたね~。エルミラさんよりおっきいねぇ!」
エルミラの後ろに笑顔で立っていたのは、レイチェルが知る頃よりも少し大人っぽい雰囲気となったアゲハだった。自分だって背が伸びて彼女に驚かれるほど変わったのだから、彼女だって三年も経てば多少は変わるのも当然かとレイチェルは思う。しかし彼女の底抜けの明るさはあの頃と変わっていないようで、レイチェルはな んだかとても安心した。
そう、あれからもう三年の月日が経つ。
三年という月日が早いと感じるのは、自分が少し大人になったからだろうかとレイチェルは思った。
「そうそう、レイチェルったらこんなに背が伸びちゃってもう気軽に頭ぐりぐり撫でられないんだよ……はぁ~ぁ、オレより小さい頃のレイチェルが恋しいよ」
「もう子どもじゃないんだから、ぐりぐりされたら嫌だよ」
「でもせめてオレより小さいままでいてほしかったなぁ……弟に背を越されるって複雑な気分だし」
「知らないよそんなの。ならエル兄が伸びればいいんじゃんか」
「エルミラさんはもう伸びないんですか?」
「伸びる気配は無いね、残念ながら」
苦笑しながらエルミラがアゲハにそう答えると、ミレイが小さく「チビ赤毛」と呟く。それを聞いたエルミラが「ひどい」と悲しげに言うと、アゲハが「あ、この子がミレイさんですね!」と目を輝かせた。