再生する意味 2
エリもどこか安堵した様子でイリスを見ながらそう呟く。するとイリスは”ギース”の名前に、表情を一瞬強張らせた。
昨日の一件からギースのことを心配していたイリスだったが、しかし顔をあわせることに気まずさがあるのも事実だった。
他の子どもたちやユエは自分と普段通り接してくれているが、ギースはあの時に自分を拒んだのだ。顔を合わせられるのか、不安があった。
「……あの、ギースは……?」
イリスがそう恐る恐る問うと、エリが「そこにいるんじゃない?」と後ろを指差す。イリスが示す方に視線を向けると、確かにやんちゃな少年の姿が見えた。
「あ……」
しかしギースはイリスと目が合うと、一瞬彼を睨みつけて顔を逸らす。そのまま少年はイリスに背を向けて、調理場を出て行ってしまった。
「あれ……ギース、どこ行ったんだろう」
エリが不思議そうにそう呟くが、イリスは何も言葉を発せずに立ち尽くす。そんな彼にフォルトが「ギース、昨日から変なんだよ」と言った。
「あんまり喋らないんだ」
「まぁ、昨日なんなことがあった後だからね……まだ怖いのかもね」
フォルトの言葉に、トウマがそう答える。しかしイリスには自分のせいとしか思えなかった。
自分が恐ろしい光景を少年に見せてしまった事が原因としか思えない。彼には自分もあのマーダーも、そして異形の魔物の全て同じ”バケモノ”にしか見えないのだろう。
「……たしの、せいだ……」
「イリス? 」
思わず呟いたイリスに、ラプラが疑問の眼差しを向ける。イリスはそれに「なんでもない」と返し、そして彼は再び調理へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昨晩は結局エルミラたちと一晩を過ごしたジュラードたち。
「それじゃオレたちはまだまだまだまだ調べる事があるので! あ、レイチェルにはオレ超元気だって言っといてね! じゃーねー!」
そんな軽い一言でエルミラたちと別れた後、ジュラードたちはもう半日も歩けばたどり着くという孤児院へ向けて、早朝から早速出発を行った。
「それにしても昨日はエルミラたちからなかなか面白い情報を聞くことが出来たわね」
ジュラードの背中を追って歩き始めたローズに語りかけるように、いつもの定位置でマヤがそう言う。するとローズは「え? 何か話していたか?」と、本気で覚えていなさそうな反応を彼女に返した。
「ちょ、ローズ、あなたねぇ……」
「俺もパンツの話しか覚えてねぇな……」
「ユーリが紐パンツ好きだったっていう話……?」
ユーリとアーリィまでもがエルミラの話をまるで覚えていなかった、というか聞いてなかった事実に、マヤは苦い顔で「あんたらって……」と頭痛そうに呟く。
「どいつもこいつもパンツパンツって……もうっ!」
「あー……確かこの一帯のマナが異常で、その影響で昨日遭遇した気持ち悪い魔物が新たに生まれているのかもしれないって話……か?」
うさこを頭に乗せたジュラードがそう言うと、マヤはホッと安心したように「よかった、あんただけでも真面目に話を聞いていて」と言った。
「へぇ、そうなのか」
「いえ、エルミラも断定してたわけではないんだけどね。可能性が高いって話よ」
興味深そうな様子のユーリにマヤはそう説明を付け加え、そして彼女は「やっぱり気になるわ」と呟いた。
「気になる?」
ローズが問うと、マヤは「ここ数年での異変のことよ」と答える。
「エルミラの話だと、新たな魔物の出現はマナの異変後らしいわ。そしてマナの異変はあの三年前の”審判の日”から……世界は正常にマナで満たされ始めているけれども、それが上手くいっていない場所もあるってことかしらね」
そう語ったマヤは、こうも話を続ける。
「それにもう一つ……アタシが推測するにおそらく”禍憑き”も出始めたのがここ最近ということだから、これらの異変と何かこれも関係があるんじゃないかって思うのよね」
「なにっ?!」
マヤの推測に、ジュラードが驚愕の反応を示す。彼はマヤに確認するように、「それは本当か?!」と聞いた。
「アタシの推測って言ったでしょう? それが正しいとは、今はわからないわ。ただここ最近で、立て続けにそう異変が起きるってのは偶然では片付けられないような気がして……だって”禍憑き”にかかったあなたの妹さんって、やっぱりマナの異変のあるこの辺りで暮らしているんでしょう? 偶然とは思えないわよ、これって… …」
新たなる魔物や新種の植物、マナの異変に”禍憑き”……どれもがここ数年で起きたことならば、繋げてもいい事のように思える。しかも全てが大体同じ場所で起きているとならば尚更だ。
「ふむ……そうだな、そう言われると関係があるような気がするな」
ローズもマヤの意見に同意し、彼女は「何か関係があるという方向で、妹さんの”禍憑き”という病について考えたら治療法も見つかるかもしれないな」とジュラードに言った。
「……マナが、関係している……」
茫然と呟くジュラードは、予想していなかった原因となりうるものの答えに驚いているのだろう。
「……っと、おいおい早速かよ……朝から幸先ワリー感じ……」
話しながら歩みを進めていると、ユーリが突然立ち止まって短剣を鞘から引き抜く。ジュラードたちもすぐその気配に気づき、険しい顔で足を止めた。
「この嫌な匂い……昨日のあれと同じだな」
呟き、ロースは鋭く前方を見据える。彼の視線の先、茂る木の陰から巨大な球体が姿を現した。
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