希望と代償 17
「きゅいいぃ~」
ローズと一緒なのが嬉しいのかご機嫌なうさこを胸に抱えながら、ローズは川に足を入れる。水の冷たさに一瞬顔をしかめつつ、彼女はうさことマヤと共に勢いよく水しぶきを上げる滝に近づいた。
「ん~……冷たいけどやっぱり体洗えると気持ちいいな」
「ねぇローズ、今更だけどうさこって女よね? 女なのよね?」
「きゅいいぃー」
「え? さぁ、知らん。女の子でいいんじゃないか? 可愛いし、ぷるぷるだし」
「ぷるぷるは性別に関係ないんじゃ……いえ、そもそもゼラチンうさぎに性別ってあるのかしら? 調べておけばよかったわ」
ローズの爆乳に密着してるうさこの性別に不信感を抱きつつ、マヤはローズの肩に座りながら「とりあえずちゃっちゃと洗っちゃわないとね」と言った。
「この後アーリィや男共も体洗うんだし」
「そうだな」
頷きながらローズは一先ずうさこを川の浅い場所に下ろし、自分は水の落ちる滝で髪を洗い始める。マヤはその近くを羽で飛びながら、一応周囲に人気や魔物の気配は無いかを探った。
「ところでマヤ、ジュラードが体洗っている間は俺が見張りしてればいいんだよな?」
「え? 別にいいんじゃない、男には見張りなんて付けなくて」
「そ、そうか? いや、でもやっぱり不公平じゃないか……」
「いいのよ男なんて。フルチンで外出て見られても、変態のレッテル貼られて汚物見るような目で見られながら最低のゴミ野郎扱いされるだけなんだし。そういうのが快感の救いようの無い人種も世の中にはいるみたいだし、男はそんなに気にしないでいいんじゃないかしら?」
「ひ、ひどい……ひどすぎるマヤ……俺も一応男だってこと、お前忘れてないか……?」
「え? あ、ごめん、そうだっけ?」
「……」
マヤが男をボロクソに言ってる頃、見張り中のジュラードはくしゃみしながらも異変を察知していた。
「くしゅっ! ……寒気が……いや、それより何か気配が……」
自分とローズたち以外に何かの気配を感じたジュラードは、しばらく考えた後「気のせいか?」と呟く。しかし、やはり何か気になる気配を感じた彼は、ローズの方は見ないようにして周囲を窺った。
(なんだ? まさか本当に覗き……?)
ローズはともかく、マヤという凶悪生物が傍にいるのに覗きなんてどこの命知らずが……と、そう思いながらジュラードは気配の原因を探る。そして彼は見つけてしまった。
「キィー」
「!?」
ローズの脱いだ服と着替えのところで、何かを漁るようにしてそこに居座る小型の生き物と目が合う。暗闇の中それを凝視し、ジュラードは叫んだ。
「猿!」
「キキィーっ!」
ジュラードが大声で叫ぶと、驚いた猿がローズの服の一部を奪いながら逃げ出す。それを見たジュラードは慌てた。
「なっ! お、おい待て! やばい、ローズに知らせないと……」
ジュラードはローズの方を向いて、「おい、猿が服を……っ」と言いかける。そして彼は顔面に柔らかい衝撃を受けてのけぞった。
「ぶふぇっ!」
「誰がこっち見ていいって言ったこのドスケベ! てめぇも所詮はユーリと同じか! あぁ?! 去勢してやろうか!」
「って言うかマヤ、うさこを投げるな!」
「きゅいいいぃ~……」
ジュラードが顔面に受けた柔らかい衝撃は、マヤが体全体を使ってフルスイングでブン投げたうさこだったらしい。ジュラードは涙目のうさこを抱き上げて保護しながら、「それより大変なんだ!」と二人に訴えた。
「ローズ、お前の服の一部がさっき猿に奪われたぞ!」
「な、なんだって!」
マヤに男として不能にされたらたまらないのでローズを見ないようにしつつ、ジュラードは彼女に「何を奪われたかまではわからないが」と告げる。ローズは急いで川から上がって、自分の脱いだ服を確認しに行った。
「ったく、使えない見張りね! 猿に服を取られるなんて!」
「悪かったな! だって猿だぞ? 素早いし凶暴なんだぞ、あいつらって」
ジュラードとマヤがそう言い争っている間に服を確認したローズは、裸にタオルを巻きつけてとぼとぼと肩を落として二人の元にやって来る。マヤが「で、どうだったの?」と聞くと、彼女は落ち込んだ表情でこう答えた。
「……が、無い……」
「え?」
「パンツが無い……」
「何だって、ローズのパンツが猿に奪われた!?」
「ユーリ、そんな大声で……死にたくなるからやめてくれ」
パンツを奪われたままローズたちがユーリたちの元に戻り、たった今あったことを彼らに報告する。
するとユーリは、今はちゃんと服を着ているローズをまじまじ見ながら彼女にこう聞いた。
「つーことはローズ、お前そのミニスカで今ノーパンなのか……?」
「奪われたのは代えのやつだけだっ!」
何か期待した目で自分を見てくるユーリに、ローズは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。途端にユーリは「な~んだ」とつまらなそうな顔をした。そして彼の背後に愛しくも恐ろしい妻の笑顔が。
「ユーリ、何を期待してたの? ちょっと私に教えてほしいんだけど……」
「ああああ、アーリィ、さん……いえ、俺は何も期待な んて……本当でございますよ……?」
不自然な笑顔と敬語のユーリに、アーリィは不信感たっぷりな視線を向ける。
「……そんなにパンツはいてないのがいいなら、ユーリの下着全部捨ててあげようかな……」
「違う、別に俺はノーパン主義に目覚めたわけじゃないって! あと嫌がらせを善意っぽく言うのもダメ!」
ユーリは機嫌の悪くなったアーリィに、懐に隠し持っていたご機嫌取り用のクッキーを取り出して「ごめんなさい、これあげるから許して」と渡す。アーリィは途端に笑顔になってクッキーを受け取った。
「ちょ、ユーリ、それアタシが以前アーリィの機嫌直すのに使ってた方法と同じじゃない……やめてよ真似するの」
「いや、だって実際これが一番効果的なんだもん。このクッキーが俺の命を繋げてると言っても過言ではない」
何かの影響を受けてるのか時々旦那にヤンデレる奥さんに、ユーリはこの方法でご機嫌取りを行って命の危機を回避しているらしい。
「美味しい……今日はくるみ入ってるやつだ……」
無心にクッキーをむさぼり食い始めたアーリィを見て、ジュラードは『それでいいのか、色々と』と思ったが、思っただけだった。
ユーリはアーリィの機嫌が直ったのを確認すると、ローズに向き直って改めて彼女に聞く。
「んで猿はどーしたん? 見つかったのか?」
「見つかるわけないだろ……」
「じゃあパンツ奪われたままかよ。そりゃ気の毒に」
「ってゆーかその猿ってユーリ、あんたの変装か何かなんじゃないのー?」
「ふざけんな! んなわけあるか!」
「そうよね、あんたなら代えじゃなくて脱いだ方狙うわよね……ごめんごめん」
「おいマヤ、てめぇは俺をどんな変態だと思ってやがるんだよ……殴るぞ」
マヤのあまりの言い分に、ユーリは真面目に怒る。ローズはそんな彼に「そう言うわけだし気をつけてくれ」と力無い声で言った。
「そうだな、俺のパンツが奪われたら一大事だもんな! 気をつけるぜ!」
「誰もてめぇのパンツなんざ欲しがんねーわよ、ボケ」
本気か冗談かよくわからないユーリにマヤがツッコみ、ジュラードは「それじゃ気をつけて」と言って次に体洗う予定のアーリィにタオルを渡した 。