希望と代償 16
ジュラードの目の前には、巨大な氷の棺が完成していた。
見上げる高さの円柱の氷の中には、二匹の異形の魔物が閉じ込められている。逃げる間も与えず、接近していたジュラードがギリギリ巻き込まれない範囲で魔法を発動させ、アーリィは巨大な氷の棺の中に一瞬にして異形を閉じ込めたらしい。魔法制御に長けた彼女だからこそ可能だった正確な魔法の発動に、それを見たマヤは「すっごいわね」と感心した言葉を漏らした。
「さすがアーリィね。アタシだったらあんな近くに仲間がいたんじゃ、怖くて敵に魔法使えないわ。絶対に巻き込んで燃やしちゃうもの」
「確かにすごいな……ロッドの補助も無しにあんなことが出来るなんてな」
ローズも関心した様子でそう呟き、直後にアーリィがまた古代呪語を唱える。
『deSTructIOn.』
短いその一言を合図に、魔物を封じた氷の棺が魔物と共に粉々に砕け散る。氷に閉じ込められた異形の魔物は、破壊された硝子のように無残な形と成り果てた。
「おー、これで終わり?」
どうやら魔物と決着がついたようなので、ユーリがそれを確認するようにアーリィに声をかける。アーリィは彼に「うん」と頷いた。
「凍らせて、それで粉々にしたから。あれだけ細かくしちゃったら自己修復なんて普通出来ないと思う」
確かにアーリィの言うとおり、氷に閉じ込められた後にその状態のまま破壊された魔物は、粉々になって大地の上にばら撒かれているが、普通に考えてこの状態から再生は出来そうもない。
一先ず片付いたという事で、ユーリは武器を仕舞う。そうして彼は改めて異形の魔物を眺めた。
「しかし何だったんだろうな、こいつ……この辺りにこんな気味悪い魔物がいたなんて知らなかったぜ」
ユーリがそう言うと、ジュラードも「俺も知らなかった」と彼に返す。マヤは「アタシも知らなかったわ、こんな魔物」と呟き、そして彼女はこう続けた。
「もしかしてこいつらも、この前列車襲撃の時に見た魔物みたいなやつかしらね?」
「あぁ、あの魔法でしか倒せなかったアレか」
マヤの言葉に、ローズは先日の”武器が効かない”魔物を思い出す。二人の会話を聞き、ユーリは「何だそれ」と不可解そうな顔で聞いた。
「お前たちに会いに行く途中にトラブルがあってな。そこで新種? というか、リ・ディールには今までいなかった魔物と遭遇したんだ」
ローズは説明を続ける。
「ハルファスが言うには、そいつはエレには存在している魔物らしい。元々こっちの世界には魔物は存在せず、魔物は魔族によってエレから呼ばれた存在らしいが、とにかくそういう魔物と出くわしてな」
ローズの説明から話を繋げるように、マヤは「もしかしたらこいつも、今までこちらにはいなかったけども魔界には存在していたっていう魔物なのかもね」と言った。
「そうなのか?」
「あくまで推測だけどね。でも可能性はあるわ。魔物の新種なんてそりゃ数多く生まれるけど、大体は元ある魔物からの変種とか亜種でしょ? こいつみたいに全く見たことが無いってのは相当珍しいもの」
ジュラードの疑問にマヤはそう答え、彼女は何か考えるように真剣な表情となる。
「どうした、マヤ?」
マヤの様子にローズが声をかけると、彼女は一言「気になるわね」と呟いた。
「気になる? 何がだ?」
ユーリが問うと、マヤは「だから、こいつらみたいな魔物のことよ」と答えて、粉々に砕けた魔物を視線で示した。
「アタシたちが遭遇した”武器が効かない魔物”や、今のこの気味の悪い魔物……こいつらが出てくるようになったきっかけって何なのかしらね?」
マヤはそう疑問を提示するが、マヤ自身も含めて誰も彼女のその疑問には答えられない。
「何にせよ厄介な魔物が出るようになったって事だよな」
「あぁ。だから気をつけて進まないといけないな」
ユーリの言葉を受けて、ローズがそう真剣な表情で言う。
ジュラードは一人不安げな表情で、粉々になった異形の魔物を見つめた。
日が落ち始め、ジュラードたちは山に入り二回目の野宿を決める。
「今日はここで休もう。近くに小さいが滝があったし、あの水場で体も洗えそうだ」
「そうだな。ここまで来たら孤児院はあと半日も歩けば着くが、夜の移動は危険だからな……」
ローズの提案にジュラードが頷き、他の面々も同意する。彼らは危険な魔物が潜む可能性のある山で、二日目の夜を過ごす準備を始めた。
「さて、と」
ある程度野宿の準備を終え、ローズはマヤとジュラード、それとうさこと共に、小さな小川の流れる滝の前に来ていた。彼女の手にはうさことタオルと代えの下着が握られている。
「いいジュラード、ちゃんと見張ってなさいよ」
「わ、わかってる」
マヤに厳しい声で注意され、ジュラードは渋々といった様子で返事をする。
「でもこっち見ちゃダメだからね。見たらてめぇの眼球に紙の切れるとこ当ててスーってやるわよ」
マヤの拷問内容を想像して、ジュラードは鳥肌を立てながら「絶対に見ないから止めろ!」と返事した。
「約束だからね。まぁユーリにやらせるよりは信用できるけど……」
「ユーリは信用されてないんだな」
「当然でしょ? あいつは性欲の権化なんだから。昔は別にこっちに害は無いから夜に町のどこへ行こうがほっといてたけど、あいつついにアーリィを……あいつが寝てる間とかに、こっそり去勢しとけばよかったわ」
マヤの恐ろしい独り言に、ジュラードはおろかローズまでも背筋を凍らせる。彼女の発想は男には心底恐ろしいものだった。
「しかし悪いなジュラード、見張りなんて頼んでしまって」
「……別に……まぁ、仕方ないからな」
抱えていたうさこを下ろしたローズは、苦笑しながら「私は別に見張りなんていらないと思うんだけどな」と言う。しかしマヤは怖い顔で「必要に決まってるでしょ!」と、暢気な彼女に言い返した。
「日が落ちて暗くなった場所に素っ裸のいいおっぱいな女よ! 誰かに見られたら一体どうなるか!」
「大袈裟な……」
ローズが若干呆れたようにそう呟くと、マヤは世にも恐ろしい般若の顔となってローズに「甘い!」と告げる。
「いいローズ、今のあなたはお姉さまの力を借りれない非力でひ弱で役立たずで足手まといで完全お荷物でおっぱい要員としての価値しか無いんだから! 何かあった時、今のあなたに自分の身を守るなんて出来るわけないじゃない! 今はパンチラとおっぱいのお色気係としてしか役に立てないことを自覚してよね!」
「ま、マヤ……お前言いすぎだ……こいつ泣くぞ……」
マヤがボロクソに言うので、ローズはジュラードの言うとおり泣きそうな顔で立ち尽くす。ジュラードはそんな彼女に溜息を吐いた後、「とにかく見張りはしてやるから、さっさと体洗ってこい」と告げた。
「あ、あぁ……」
ジュラードの言葉に返事をするローズは、彼の言ったとおりこの水場で体を洗うために来ていた。ジュラードはその間の見張りとして借り出されたらしい。
「なぁジュラード……」
「なんだ?」
ローズに背を向けて近くの木の幹に背中を預けたジュラードは、気落ちした様子の彼女の声に返事をする。するとローズはこう彼に続けた。
「私ってその、マヤの言うとおりおっぱい要員としての価値しか無い存在なんだろうか……」
「し、知るか! いいから早く用を済ませろ!」
ジュラードに怒られ、ロー ズは「すまん」と告げて服を脱ぎ始めた。