もう一人の探求者 7
「取り合えずむかつくからローズから五メートルくらいは離れなさい。いい、これは警告よ。それ以上ローズに近づいたら、てめぇの首が世にも不思議な力で吹っ飛ぶことになるわよ……」
「ま、マヤ! 五メートルも離れたら会話が出来ないじゃないか!」
「しなくていいのよ、ローズ。お喋りしたかったらアタシやお姉さまが存分にあなたの話し相手になってあげるから、こいつと話す必要はないわ」
「ちが……私は別に話し相手が欲しいわけじゃなく……」
戸惑うローズと明らかに自分の命を狙うマヤを前に、ジュラードは取り合えずあと五歩ほど後ろに下がってローズから離れてみる。首を吹き飛ばすという脅しも、どうもこの謎の小さい存在ならばあながち冗談では済まなそうだと、ジュラードの本能が危険を察知した為だった。
「ちがーう! 五歩じゃなくて五メートル! さっさと離れなさいよね! ほら、カウントダウンするわよ! 五、二、一……」
「マヤ、カウントがおかしい! っていうか物騒なことはダメだ! ジュラードも別に離れる必要無いから! 大丈夫!」
「大丈夫じゃないわよーあははははっ! アタシは本気なんだから! ローズに近づく男は皆消えろ! むしろ男なんて滅んでしまいなさい! カウント終了、さぁ吹っ飛べ!」
狂気的な笑い声を発するマヤが本気で怖くて、ジュラードは走って逃げようとするが、あろうことか今度はローズがジュラードの腕を掴んで彼を逃がさないようにする。こいつは俺を殺したいのかとジュラードは怯えるも、ローズは「大丈夫!」と繰り返し彼に言った。そしてその通り、ジュラードの首はいつまで経っても吹っ飛 ぶ事は無かった。
本気でジュラードをブチ殺そうとしていた様子のマヤは、何か大変ご不満な様子でローズを見上げる。
「ちょっとローズ、なんでアタシへの魔力供給回路遮断しちゃうのよー。魔法使えなかったじゃないー」
「当然だろう! 危ないことはダメだ、マヤ。大体お前、私を心配してるなら今は魔力使わないでくれよ……まだちょっとめまいするんだから」
ローズのその言葉を聞いて、マヤが途端にしおらしくなって「ごめん、ローズ」と言う。ローズは優しく笑い、「無駄に使わなければ別にいいよ」と彼女に答えた。
「……つまりローズ、あなたにとってその男の首を飛ばすことは無駄なわけ?」
「……また機嫌を悪くされると困るから説明しておくけど、彼が好き嫌いとか無駄とかじゃなくて、自分に直接的な危害を加えようとしている人間に対する防衛以外では私は人を傷つけたくはないんだ。彼が私に切りかかってきた場合は、そりゃ容赦しないけど……そうじゃないんだから仲良くしたいんだよ」
マヤが再度暴走する前に、ローズはそう溜息混じりに答える。そしてそんな二人の会話を聞いていたジュラードは、ますますこの二人組(?)は何者なんだと深く疑問に思った。
「お前たち、さっきから何を言ってるんだ? まほう、とか、まりょく、とか……」
「あ……えっと、それは……」
ローズは勢いで口走ってしまった事について、どう彼に説明をしたらいいのか迷う様子となる。しばらくして彼は、怪訝な顔のまま立ち尽くすジュラードにこう言った。
「それじゃあこうしよう。私たちが知るパンドラのことも含めて、私たちのことをあなたに話すよ。でも立ち話で済ませられるほど簡単な話にはならないと思うから、どこか座ってゆっくり話せるようなところに移動しよう」
「え……」
ローズの突然の提案に、ジュラードは困惑顔のまま固まる。そしてマヤは物凄く不満そうな顔をした。
ジュラードとしては急いでいるから暢気に話をする余裕などないが、しかしローズが知る”パンドラ”の話も気になる。
「ダメか?」
「……わかった」
結局ジュラードは頷き、ローズはぱっと笑顔になる。反対にマヤは心底嫌そうな顔をした。
「それじゃあ早速、何処か甘いもの食べれるとこに行こう!」
「何故甘いもの?」
ジュラードが不思議に思って聞くが、ローズは聞いちゃいない様子できょろきょろと辺りを見渡し始める。そして、やがて彼女は何かを感じ取ったのか、「あっちに目指すものがある気がする!」とか言って一人で勝手に歩き出した。
「お、おい……」
仕方なくジュラードもローズの後を追う。
本当に何者なのだろうかと、何となく誰かに似ている気がする不思議な女性・ローズの後姿を見ながら、ジュラードは繰り返してそれを思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ミモラの村はボーダ大陸の南に位置し、年中温暖で心地よい風がすごしやすい空気を運ぶ海沿いの小さな村だ。
村の周囲は魔物の討伐隊が定期的に行動し魔物を退治するため比較的安全で、大きな町や都市が山一つ挟んだ向こうにしかない為に物流が乏しく、その為に自給自足の部分が多くなること以外は静かにのんびりと暮らすにはいい環境の村だった。
そんな辺境の静かな村で、彼らは奇妙な共同生活を続けている。彼らの生活はこの静かな村に似つかわしくない、常に大変にぎやかなものだった。
「おにーちゃーん、おてがみきてるー」
若干舌足らずな声音でそう言いながら、桃色の髪の少女が小さな手に茶封筒の手紙を持って外から家の中へと入ってくる。彼女はその派手な髪色と大きく丸々とした青い瞳が左右で色の濃さが違うこと以外は、見た目は愛らしくごく普通の少女と何一つ違いは無いように見える女の子だった。
「え? 手紙?」
少女の声に反応し、部屋の奥から背の高い精悍な顔立ちの少年が出てくる。もう青年と言っても差し支えない体格と風貌の彼は、少女から手紙を受け取り宛名と差出人を見た。




