希望と代償 14
「そう……」
「私たちはヒューマンでは無いし、迷惑かけちゃうかもしれないからって遠慮したんだけど『気にするな』って言われて」
ウネは困ったような嬉しいような複雑な笑みを見せながら、「ここの人たちは皆優しいのね」とイリスに言った。
「子どもたちも含めて、私たちが異種族でも気にしないのだから少し驚いた」
「……そうだね。そういう所だから、私もここにいるんだろうし」
ウネの言葉にイリスも頷く。するとウネは微笑んで、「もしかしたらしばらくはここにいるかもしれない」と言った。
「え、そうなの?」
「今日ここを襲撃したあの魔物、あれはエレにも存在する魔物よ。リ・ディールで会ったのは今回が初めてだけど……とにかくあれは危険だからラプラやユエと相談をして、ここでしばらくお世話になる代わりにああいう危険な魔物が出たら私たちが退治するって話になったの」
「あの肉団子は、行動は単体でも集団で生活している場合が多いのです。まだこの周囲に他の肉団子が存在している可能性は高いですからね……ユエさんも安心して昼間務めの間にここを出ていられるよう、私たちもお手伝いを致しましょうという事になったわけです」
ラプラのアレな態度はともかく、二人が用心棒としてしばらくここに居てくれるのは確かに心強い。イリスは「ありがとう」と二人に告げた。
「いえいえ、お気になさらないで下さいイリス。あなたは体調がよろしくないようですし、そんなあなたのためになるならば私は何だって致しますよ」
ラプラの言葉に複雑な感情を抱きながらも、イリスは「うん」と頷く。頷き、彼は二人にはいつ自分の病が不治のものであると伝えるべきかを一瞬迷った。いや、伝えないままでもいいのかもしれない。これ以上自分のことで誰かを余計に心配させるのは、自分の心が辛いから。
「……イリス、どうしたの?」
「え? あ、ごめん……なんでもない。それより二人の寝る部屋ってあるのかな?」
笑顔で思考していた事を誤魔化し、イリスはそうウネたちに聞く。するとウネとラプラはこう答えた。
「私はユエの部屋で彼女と一緒に寝る事になった。ラプラは……」
「えぇ、私はこれ以上こちらの方々にご迷惑をかけてはいけないと考え、部屋が無いのでしたらイリスと同じ部屋で大丈夫ですよと伝えてそういうことになりました。なのでイリスは何も心配しないで大丈夫ですよ!」
「ちょ、まて、おかしいだろそれ。それのどこが大丈夫なのか私には理解できないんだけど」
まるで大丈夫じゃない事を告げられたイリスは、ウネに「冗談だよね?」と救いを求めるように聞く。だがウネは盲目の瞳を高速で逸らし、心を鬼にしてイリスの訴えを無視した。
「私にだって止められないこともある……」
「ウネ、独り言で言い訳しないでよ! あなたが止めてくれないなら、一体誰が彼を止めるっていうの?!」
「それにしてもユエさんは話のわかる素晴らしい方ですね。やはり私はヒューマンを長く誤解していたようです。彼女は自分が居ない間は、私にあなたを任せるとも言って下さいましたし」
「嘘でしょ?! ユエは一体何を考えてるの?!」
「イリス、だからちょっと落ち着いて……安静にしてないとまた倒れるかも……」
「ふふふっ、イリスとこれからは毎日同じベッドであんなことやこんなことを……ハァハァ……」
「絶対いやだぁぁぁっ!」
世にも恐ろしい展開に、イリスは別の意味でまた気を失いそうになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジュラードの案内で山を抜けて孤児院を目指す一行は、一日目を野宿で過ごす。そして今日二日目、彼らは本日も獣道同然の山の中を進む予定だった。
「しかし魔法というのは本当に便利だな」
出発の準備をしながら、ジュラードがそう改めて感心したように呟く。彼が便利だと感じたのは、野宿の時にアーリィが使った魔物除けの結界魔法だ。
アーリィのその結界のお陰で、昨晩は魔物を心配することなく眠ることが出来た。あくまで魔物にしか効果が無いとのことだが、しかし危険な魔物も出没するこの山に、マーダーが潜んでいるはずもないのでその効果で十分だった。
「でもあの魔法って結構魔力食うのよねぇ……アーリィ、大丈夫だった?」
今日もいつもどおりローズの胸の谷間という定位置に収まりながら、マヤが心配した眼差しをアーリィに向ける。アーリィは笑って「大丈夫」と答えた。
「そう……ならいいけど。予定だと今日含めて二日かかりそうなのよね、ジュラード」
「あぁ。本来はそこまで時間はかからないが、しかしお前たちのペースに合わせるとそうなるな」
マヤに問われたジュラードは、ローズとアーリィをさり気なく見る。アーリィは堂々と彼の視線を受け止めたが、ローズは途端に死にたそうな顔をした。
「あぁ……役立たずなうえに足手まといですまないな……」
「いや、別に俺は責めて無いんだが……」
すっかり自虐的になってしまっているローズを見て、ジュラードは困った様子となる。マヤも「気にしすぎよ」と呟いたが、ローズの死にたそうな表情は変わらなかった。
しかし元々アリアだった頃から、足手まといで役に立てない事が大きなコンプレックスだったのだ。ならばそこまで落ち込んでしまうのも無理は無いのかもしれないと、マヤはローズの様子を見て思った。
「なんにせよ、そうなるともう一晩野宿は確実か……アーリィもあまり戦闘で魔法使わない方がいいかもね。この辺で野宿するなら結界は必要だから、魔力はとっておかないと」
マヤがそう呟くように言うと、アーリィは「もう一日くらいなら、そんなに気にしないでも大丈夫だと思うけど」と答える。しかしマヤは「念のためよ」と彼女に言った。
「なんかこの辺っていや~な空気の感じもするしさ。よくわからないけど、マナが濁ってるっていうか、変な感じがするのよね。こういう場所って何があるかわからないから、その何かに備えて魔法は温存しとくべきだわ」
「なんだ、変な感じって」
近くの湧き水で自分の顔とうさこを洗いに行っていたユーリが、戻って来ながら問いかけて会話に参加する。マヤは彼の疑問に、「上手く言えないけど、とにかく嫌な感じがするの」と答えた。
「なんだそりゃ。よくわかんねーなぁ」
「でも……そう言われるとマヤの言う事、私は何となくわかる。確かにこの辺りのマナって異様な感じ……普通より濃いし、なんかちょっと違う感じ……」
「……マナがどうとかなんて、俺にはさっぱりわからん話だな」
マナとか魔法とか、そっち系の話はまったくついていけないジュラードは何となくローズに視線を向ける。すると目が合ったローズは物凄い気まずそうな顔をした後、先ほどよりもいっそう死にたそうな表情となってこう呟いた。
「すまん……私は二人みたいに魔法が使えるのに、でも二人が言う『変な感じ』がよくわからないんだ……」
「そ、そうなのか。いや、だからって俺に謝らなくても……!」
ローズはドス暗いオーラを背負いながら、「役立たずでごめんなさい」とか謝りだす。そのローズの様子に、ジュラードは本格的に困ってしまった。
「ちょっとジュラード、ローズ苛めるなんてひどい! ローズを苛めていいのはアタシだけなのに!」
「お、俺が悪いのか?! そうなのか?!」
マヤに責められ、ジュラードはますます困惑する。
その後『とりあえず土下座して謝りなさい、このアタシに!』と言うマヤのよくわからない要求に素直に土下座して謝るジュラードの姿を横目で見ながら、ユーリは若干心配そうな顔でアーリィに話しかけた。
「アーリィもなんかヤバそうな予感とかする?」
「う~ん……どうだろ……何も無いといいけど……」
アーリィも曖昧にしか異質な気配を感じ取れないらしく、困惑した様子でそう答える。ユーリも「そうだな」と頷くしかなかった。




