希望と代償 13
「私は……本当はあなたたちと一緒にいる資格なんて無い人間で……」
過去を話さない、得体の知れない自分を何も聞かずにここに置いてくれているユエには本当に感謝をしている。そして自分は今まで、そのユエの優しさに甘えてきていた。
「だから……っ」
「イリス」
イリスの言葉を遮るように、ユエが彼の名を呼ぶ。イリスがひどく弱い表情で顔を上げると、ユエはやはり優しく彼に微笑んでいた。
「言いたくないことは無理に言おうとしないでいいんだよ。誰にだって秘密はあるもんなんだから……それに、あんたにはあたしがここに居て欲しいって思うから居てもらってるんだ」
「ユエ……」
ユエは頼りない顔で自分を見つめるイリスに、「だから今は何も考えず、心配しないで体を休めな」と言った。
「それじゃああたしは子どもたちのとこに戻るね。あいつらもまだ不安がっててさ……傍にいて欲しいって駄々捏ねるから、明日は仕事に行けそうもないね」
ユエはラプラに視線を向けて、「じゃあラプラさん、イリスのこと頼むよ」と言う。『何故よりによって彼に自分を頼むんだ』とユエの行動に対して心の中で思いながら、イリスは「はい」と力強く返事したラプラを不安げな様子で見た。
「任せてください。イリスのことは私が責任を持って一生添い遂げさせていただきますので」
「そこまで私に責任持たなくていいよ! やめて!」
二人の漫才のようなやり取りを見て、ユエは本当に安堵した様子で笑う。そうして彼女は部屋のドアに手をかけながら、「そうだ、もう一人の客人にもあんたが目を覚ました事伝えないとね」と言った。
「もう一人?」
イリスが不思議そうに呟くと、ユエは笑ったまま「ま、とにかく呼んでくるよ」と言って部屋を出て行く。ラプラと共に残されたイリスは、若干身の危険という不安を感じつつも、ラプラに声をかけた。
「それで、夢じゃないなら何故あなたがここに……?」
過去の仲間たちでさえ知らないであろう自分の居場所に、何故わざわざ異世界からラプラが来たのかと、疑問しかないラプラの存在についてイリスは彼に問う。するとラプラはこう答えた。
「私はあなたに会いに来たのですよ。こちら側に来て約一年……やっとこうしてあなたにめぐり合う事が出来た」
「……なんで私がここに居るってわかったの?」
「それは勿論愛の力です。運命の赤い糸を辿るように、私はあなたの存在を愛で感じてここまで来ました」
「……あぁ……そうなんだ」
大真面目に返事するラプラに、アホらしい返事だが彼ならばきっとそれが真実なんだろうとイリスは理解する。そうして彼は急に疲労を感じ、重い溜息を吐いた。
「それでイリス……あぁ、何か事情がおありのようで、そう名前を名乗っているようですので私もそう呼ばせて頂いておりますが」
「……あぁ……うん……そうだね、ここではそう呼んでもらえると助かるよ……」
あまり意味の無いような偽名だったが、ここでは自分は”イリス”として過ごしている。過去の自分と決別したい思いと、ユエたちに極力嘘は吐きたくない思いが、中途半端な偽名を使う結果になったのだろうとイリスは思っていた。
イリスの返事を聞くと、ラプラは急に真面目な顔となりイリスにこう問いかける。
「先ほどの女性……ユエさんからとても心配になる話を聞いたのですが、あなたは今どこか体調を崩していると……?」
「……」
ユエも気遣ってオブラートに包んだ話をラプラにしたのだろう。それを理解し、イリスは「うん」と何処か曖昧な様子で返事をした。
「そんな……イリス、私の知り合いに腕のいい医者がいますので是非その方に治療を……っ!」
「それよりラプラ、さっきユエが言ってた『もう一人の客人』ってもしかして……」
ラプラの話を遮ってイリスがそう言いかけた時、丁度部屋に訪問者が訪れる。部屋のドアを開けてイリスたちの元にやって来たのは、盲目の魔族・ウネだった。
「目を覚ましたと聞いて来たの。……無事なようでよかった、レイリス」
「ウネ、ややこしくなるのでここではイリスと呼びましょうと先ほど決めたじゃありませんか」
「そうだった、ごめんなさい」
別れの時と何も変わらない懐かしい知り合いの姿に、イリスは少し胸にこみ上げるものを感じる。そんなものを感じるなんて自分も歳だなと思いつつ、彼はウネに「あなたも来たんだ」と声をかけた。
「えぇ。ラプラがあなたに会いに行くと言って突然長期休暇申請したって聞いて、心配だからついていくことにしたの。私も、あなたを含めてこちらに来て会いたい人が沢山いたし……」
ウネが微笑みながらそう返事をすると、ラプラが「心配なんてせずとも私は一人でも大丈夫なんですがね」とぼやく。すかさずウネは彼にこう反論した。
「だってあなた、『もう我慢できないのでリ・ディールへレイリスに会いに行って来ますね。お土産にレイリス連れて帰ってきますから楽しみに待っててください』って首輪片手に危険なことを言うから、いざとなったら私が止めないと絶対にこっちで何か面倒を起こすと思って……」
「ウネありがとう、あなたが来てくれて正解だった!」
イリスが本気でウネに感謝を述べると、ラプラは不満げな様子ながら「まぁいいでしょう」と言う。
「何にせよ、私とイリスが夫婦になるという事実は変わらないのですから」
「私は知らないよそんな事実! み、認めない!」
「ラプラ、具合悪いイリスに全力でツッコミさせるのはどうかと思う。イリスも大人しくしてるべきだと思うわ」
ウネに注意され、イリスは『確かにそれもそうだ』と思い反省して口を閉ざす。ウネはそんな彼に「とにかく今日は休むべき」と声をかけた。
「もうすっかり日も落ちているし……」
ずっと寝ていたうえに部屋の窓はカーテンで遮られていたのでイリスは気づかなかったが、どうやらもう夜らしい。
「そうなんだ……あれ、二人は今日はどうするの?」
イリスが聞くと、ウネは「ユエの好意に甘えてここに泊まる」と答えた。




