希望と代償 12
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「……」
目が覚めると、ベッドの上だった。
「あぁ、よかった……お目覚めですか」
次々と訪れた招かれざる者たちの襲来の後に倒れたイリスは、それから目覚めてしばらく茫然とした後、自分の視界に映る間近の笑顔に思わず悲鳴を上げた。
「い、やああぁぁぁっ!」
「ごふっ!」
「イリス、どうしたんだいっ!」
イリスの尋常じゃない悲鳴を聞きつけ、エリに呼ばれて急遽仕事から帰ってきたユエが彼の部屋に駆けつける。そこで目撃した光景に、彼女は思わず不可解な表情となった。
「……何してるんだい、あんたたち」
部屋ではベッドの上で布団に包まり顔面蒼白で怯えるイリスと、その傍で腹の辺りを抑えてうずくまる男の姿があった。
ユエはイリスが目覚めた事にひどく安堵した様子を見せた後、イリスと男に「何があったんだい、今の悲鳴は」と聞いた。だがイリスはユエの問いかけなど耳に入らない様子で、ベッドの傍の男を見つめてうわ言のような言葉を漏らす。
「どうして……ゆ、夢だよねこれ? なんで、だって有り得ないよこんなの……」
何かまだひどく混乱している様子のイリスには正確な話が聞けそうに無いと判断したユエは、ベッドの傍でうずくまっていた男の方に話を聞くことにした。
「あんた、えっと……悪いが名前なんだっけ?」
ユエがそう声をかけると、男は顔を上げる。
ヒューマンには通常有り得ない原色の緑の長髪と、瞳孔の細い青の瞳、そして尖った長耳が、男がヒューマンでは無い別の種族であることを示していた。
「ラプラと申します」
その名を聞いた途端、イリスの肩が大袈裟に震える。余程トラウマな名前なのか、彼の顔色は尚一層悪くなった。
「そうだった、悪いねラプラさん」
「いえ、お気になさらず」
イリスは『これは夢なんだ』と自分に自己暗示しながら、ユエとラプラの会話を横で聞く。だが残念ながら夢ではなく、今この空間全てが現実だった。
「それでさっきの悲鳴はなんだったんだい?」
「あぁ……私がレイリス……いえ、イリスのことが心配で心配で居ても立ってもいられす、美しい寝顔に目覚めの口付けをしようとしたところ……」
「うわあぁあぁぁぁぁっ!」
ラプラの説明の途中で、イリスはまた蒼白な顔色で叫び始める。こんな(色んな意味で)おかしいイリスは初めて見たとユエは心配しつつ、ラプラに「それで……それしたらイリスは目を覚ましたのかい?」と聞いた。
「いえ、口付ける直前に目を覚まされたので……」
「されてたまるか!」
「イリス、なんだか随分と今は調子良いみたいで……よかった、安心したよ」
思わずイリスが素でツッコむと、そんな彼の様子を見たユエが安堵の表情を浮かべる。ラプラも「えぇ、本当に」と、ごく自然に彼女の隣に立って頷いた。
「しかし目覚めていきなりお腹を蹴られて驚きましたよ」
「そ、それはだって、あなたの顔が物凄い近くにあったから驚いて……っ!」
「それもそうですよね、すみません。あぁ、でもあなたになら私、いくら蹴られようと構いませんよ。ふふふっ……むしろもっと蹴ってもらいたいような気も……」
「……もう絶対に蹴らないから怖いこと言わないで」
先ほどラプラがベッドの傍でうずくまっていたのはそういう理由らしいと、二人のやり取りから何があったか理解したユエは、わりと冷静に「とにかく驚いたけど、何事も無かったようでよかった」と言った。
「って言うか、どういうこと? なんであなたがここに……」
目が覚めたばかりでまだ状況の把握が完全には出来ていないイリスは、とりあえず今一番聞きたい事をそうラプラに向けて問う。魔族であることを隠す気の無いラプラと平然と会話をしているユエのことも気になったが、疑問は一つずつ解決していかないと理解が追いつかなくなりそうだった。
するとラプラが口を開くより先に、ユエが「それより」とイリスに声をかけた。
「あんたはもう少し休んでな。確かに今は調子良いようだけど、レイヴン先生が『無茶し過ぎ』だって心配していたよ。もう少し寝てなさい」
「で、でも……」
とりあえず何故ここに”あの”ラプラがいるのか、それを確認しなくては休むものも休めないとイリスは思う。
「まぁでも、あんたが無茶してくれたおかげで子どもたちも皆無事だったわけだし……」
「あ……」
ラプラの存在という衝撃ですっかり忘れていたが、『子どもたち』の一言でイリスは倒れる直前にあった事態を思い出す。ギースに拒絶されたことも思い出し、彼は気まずそうな表情で沈黙した。そんなイリスの様子をまた心配して、ユエが「どうしたんだい?」と声をかける。イリスは何か迷う眼差しをユエに向けた。
「……うん。あの……私……」
言いたい事はあるはずなのに、何をどう言ったらいいのかわからない。いや、怖い。
自分が”してしまった”事に対する周りの評価が怖くて、イリスは何かを言いかけながらも言葉を紡げずにいた。
やがてイリスが一向に言葉の続きを語ろうとしないのを見て、ユエが先に口を開く。彼女はイリスの心の不安を察してか、ひどく優しい様子でこうイリスに言った。
「子どもたちや、それにラプラさんたちから聞いたよ。何があったのか……タイミング悪く面倒なのが沢山ここにやって来ちまったようだけど、でもあんたが戦ってくれたおかげで皆無事だったって。失礼かもしんないけどさ、正直あんたがそんな強いとは思わなかったよ。本当によかった……ここにあんたが居てくれてさ」
「ううん……私、強くなんか……それに私は……」
ユエの優しい言葉が痛くて、イリスは俯き痛みを吐き出すように言葉を搾り出す。