希望と代償 11
「うーわー吸い込まれてる吸い込まれてる! ヤバイじゃないですかマジで、エルミラさん責任とって何とかしてくださいよぉ!」
「無茶言うなって! とりあえず逃げるぞ相棒!」
「誰が相棒ですか、誰がぁ!」
本当にピンチなはずなのに、どうにもそうは見えない騒がしい二人は、騒がしいまま全速力で魔物の吸い込み攻撃から逃れる為に走った。
「ハ……ハァ……ほ、ホントに死ぬかと思った……」
「そりゃこっちの台詞ですよ……っ! はぁ……」
体力は無いけど逃げ足は速いエルミラは、フェリードと共に何とか未知の魔物から逃げ切ることに成功する。
汗だくで道の真ん中に腰を下ろして休むエルミラに、フェリードも膝を付いて呼吸を整えながら恨めしそうな視線を向けた。
「もー、エルミラさんのせいでとんだ目に合いましたよ!」
そう文句を言うフェリードに、エルミラは反省皆無な爽やか笑顔を向ける。
「でもさ、ホントにいたね! 見たこと無い魔物ってやつ!」
「……まだそんなこと言って……」
探究心のあるフェリードでも、さすがに命がけで調べたいことではなかったので、今も『見たことの無い魔物』の噂に執着するエルミラに、彼は呆れた視線を向けた。
「命あってこその調査ですよ? 死んじゃったら何も調べられないんですから」
「まぁまぁ、こうして無事に逃げられたんだしいいじゃない。それより……」
エルミラは立ち上がって何かを言いかけ、ちょっと真面目な顔になって考え始める。彼のその様子の変化を見て、フェリードは「どうしたんですか?」と声をかけた。
「ん? ……いや、やっぱりマナの異常値とあの魔物は関係あるのかなって思って。逃げる前にサンプルとして、あの体の一部でいいから手に入れとけばよかったなぁ……」
そう答えてまた考えるように沈黙するエルミラを見て、フェリードは呆れつつもちょっぴり感心する。
「エルミラさんって、ホントに気になる事はトコトン調べようとするタイプなんですね」
「え? あぁ、まあね。だって気になるじゃん。フェリードもそうなんでしょ?」
「そうですけど……でも僕は、命を危険に晒す無茶まではしませんでしたから」
「オレだって死にたくはないよ。まぁでも……確かに昔よりは無茶するようになったかな」
答え、エルミラは微笑む。
「無茶しないと知れないことって、この世界には沢山あるからねー」
「それはそうかもしれないですけどぉ……」
完全にエルミラに振り回されて、仕事の邪魔までされているフェリードは、不満げな表情を変えずにエルミラを見返す。そんな態度の彼を見て、エルミラは苦笑交じりにこう言った。
「わかったよ。じゃあ次は危険のなさそうな『変な植物』の方を見つけに行こう! それだったら簡単にサンプル採取も出来そうだし!」
「……うぅ、だから僕にはまだマナの測量調査という仕事があるんですけど……上司に怒られちゃいますよぉー… …」
言っても聞かない事はもうわかっているので、フェリードは諦めつつもそうぼやく。そして彼は「よし行くぞー!」とか言ってまた元気に駆け出したエルミラの背中を追った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ユーリとアーリィがジュラードたちと旅立っていって数日、お店を任されていたレイチェルとミレイは順調にその責務を果たして頑張っていた。
元々こういうお店経営に興味があったレイチェルは、ゲシュだと気づかれぬよう顔をフードで隠しながらも、愛想は良いので順調に店を切り盛りしている。そしてミレイも商品を店に並べたり、若干舌足らずなところが女性客に人気なので接客に活躍したりと、ミレイなりに頑張って経験を積みつつ役立っていた。
「さて、そろそろ夜だしお店閉めようか」
すっかり日が暮れた窓の外を見て、レイチェルがミレイに声をかける。店にいた最後の女性客も先ほど帰ったので、切り上げるにはいいタイミングだろう。
「うん、しめる!」
レイチェルに声をかけられたミレイは頷き、彼女は「かんばんかたづけてくる!」と言って足早に店の外へ向かった。
店を閉めた後、夕食を終えたレイチェルは居間でミレイへ日課となってる子供向けの本を読み聞かせていた。
今日のお話は、少年が主人公の冒険活劇の本。子供向けのわりには長い話なので何日かに分けて読んでいたが、今日はついに物語はクライマックスとなる。
子ども心にはきっとハラハラする冒険の末に、ついにお宝を手に入れた主人公の結末をレイチェルが語ると、ミレイは目を輝かせた。
「……そうして彼は大人に負けない冒険家として称えられ、人々に祝福されたのでした。おしまい」
「おぉー、ついにおわった! とってもいいはなしだった! みれい、このほんはすきなほんべすとすりーにはいるよおにいちゃん!」
「そっか。僕もこの本面白かったな」
「うんうん、だよね!」
冒険物ジャンルのお話が大変お気に召したらしいミレイは、レイチェルから本を受け取りながら「つぎもこういうおなはしのほんがよみたいなー」と呟く。本は今は近くの図書館から借りて読んでいるのだが、レイチェルは「じゃあ今度の休みの時は、またそういう本借りに行こうか」と言った。
「うん、そうする! なんだかおやすみがまちどおしい……」
借り物の本を大事そうに胸に抱えながらミレイはそう呟き、それを聞いてレイチェルは少し笑った。
「そういえばおにいちゃん、おねえちゃんたちもいま、だいぼうけんしてる?」
ミレイに聞かれ、レイチェルは「そうだなぁ」と考える。
「大冒険かどうかは僕にはわからないけど、でも今頃は遠くに行ってるんだろうね」
「ふーん……じゃあいまはおねえちゃん、すいしょうのどうくつあたりをたんけんしてるかな?」
「す、水晶の洞窟は今の本の中の洞窟だから、多分アーリィさんたちはそこを探検してないと思うよ」
本の話と現実がごっちゃになってるミレイにレイチェルは苦笑する。そして彼はミレイにこう声をかけた。
「さ、そろそろ寝ないと」
「うん」
以前のミレイは睡眠を必要とはしなかったが、今は睡眠状態中にコアの中の記憶された情報などの整理を行うよう調整されている為に、ミレイにも『寝る』という行為が必要になっている。
ミレイは素直に返事をし、そして立ち上がりながら彼女はこう呟いた。
「でもさ、みれいもいつかわくわくするようなぼうけんがしたいな。おにいちゃんやおねえちゃんと、すいしょうのどうくつでどらごんとたたかったり……」
ミレイのその言葉に、レイチェルは少し驚く。
時々何気ない時に聞くミレイの”望み”は、改めてそれの意味を考えるとそれは重要な意味を持つのだと彼は思った 。
アンゲリクスは自分の望みを持たない。持ったとしても、それは自身の”心”に留めておくものだ。――かつては、そうだったから。
アーリィが”したい”と望む事をしているように、ミレイにも”したい”と望む事をさせてあげたいと思う。
「ミレイは冒険したいんだ?」
確認するようにレイチェルが聞くと、ミレイは「うん」と頷く。
「みれい、おおきくなったらおにいちゃんたちとぼうけんにいきたい」
ミレイの”大きくなったら”は一体いつになるのかと考えながら、レイチェルは「じゃあ、いつか行こうか」と答えた。