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神化論 after  作者: ユズリ
希望と代償
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希望と代償 10

 ギースの目に映る感情は、イリスに対するものも異形に対するものも、そのどちらも同じだった。

 泣き出す寸前の少年の顔を前に、イリスは再び動けなくなる。

 少年に伸ばした自分の手が血まみれだと気づいたのはその時だった。

 

「く、来るなよ……バケモノ……っ!」

 

「……」

 

 ギースが自分に対して感じているものを理解してしまった彼は、どうしたらいいのかわからなくなる。動く事も考える事も出来ない。ただ背後に迫る異形の叫びだけが、礼拝堂を支配する。

 

『オオオアアァァオアァァオォオォォォォっ!』

 

 迫る死の吐息に、しかしイリスは動けないままただ茫然自失と立ち尽くす。そして黒い影が大きく口腔を開け、血生臭い臭気を吐きながらイリスとギースを食らおうと動いた。

 

「ぁ……」

 

 振り返る。かろうじて今のイリスに出来た行動はそれだけだった。

 蒼い瞳に映ったのは、どこまでも続く暗い穴のような闇。全てを吸い込む平等な闇。死はそこにあった。

 

 死をその目に映した瞬間、イリスの体がまた動く。それは考えるよりも、体が本能で行動させた行為だった。

 拒まれてもいい。でも助けないと。

 そう思い、イリスはギースに覆いかぶさり彼を抱きしめた。

 

「っ……!」

 

 今日何度目かの轟音が礼拝堂に轟く。

 耳がおかしくなりそうな音と共に、再度爆発したかのような衝撃が土煙と共にイリスたちを襲った。

 

「うああぁぁっ!」

 

「く……っ……!」

 

 吹き飛ばされそうになるのを堪え、イリスはギースをしっかり抱きとめながら衝撃に耐える。絶えながら彼は、『おかしい』と感じた。

 

 先ほど自分が見た異形の誘う”死”は、静かで不気味なものだった。吐き気を催す臭気を放つ巨大な口腔に、自分たちを取り込まんとする異形。自分が直前に見たそれが異形の招く”死”ならば、この爆発のような衝撃はおかしい。一体今何が起きたのだろうか。

 

「……」

 

 衝撃が止み、イリスはゆっくりと顔を上げる。自分の腕の中に何とか守ったギースは、しかし余程恐怖だったのか気を失っていた。

 イリスは彼の呼吸があるのを確認すると、異形のいるはずの背後を振り返る。今はあの、異形の放つ圧倒的な恐怖の気配は感じない。それもそのはずだった。

 振り返った先に彼が見たものは、無数の赤黒い肉片となり礼拝堂全体にそれを撒き散らして沈黙する異形の姿。辺りにはドロドロに溶け始めている異形の触手と共に、吐き気を催す生臭い臭気が漂っていた。

 

 本当に一体何が起きたのか、それを理解したくて、イリスはギースをその場に寝かせてゆっくりと立ち上がる。そして彼が周囲を見渡そうとした時だった。

 

 立ち上る土煙の中に、外の光を背景に人影が映る。やがて土煙が晴れていき、そこに映った影の正体を見てイリスの瞳が見開かれた。

 人影は二つ。一つは長身の男、もう一つは女性。

 

「あ、なた、たちは……」

 

 自分は夢でも見ているのだろうかと、そう信じられない感情を震える声に滲ませてイリスは呟く。何故なら彼には、晴れた土煙の先に見えた人の陰に見覚えがあったからだ。しかし、それはそこに居るはずの無い存在。

 

「やはりマナが根本で異なるこちらで呪術を使うのは難しいですね……まだ加減がつかめませんし。あの異臭放つ醜い肉団子だけを狙ったつもりだったのですが、少し周りも壊してしまったみたいですね。……さて、弁償はどうしましょうか」

 

 そう呟く男の声に応えるように、女の声が続く。

 

「だから私に任せてって言ったのに……あなたよりは、こちらで呪術を使うのに慣れてるのだから」

 

 溜息混じりにそう女性は答え、そして肉片と化した異形を眺めて彼女は続ける。

 

「でも死んだみたい」

 

 そう言って女性は、光の宿らない紫の瞳をイリスへと向けた。

 

「そして助ける事も出来た。ギリギリだったようだけど」

 

 茫然と立ち尽くすイリスの前に現れたのは。

 

「久しぶり。……よかった、助けが間に合って」

 

 女性はそうイリスに告げ、そして微笑む。傍に立つ男もまた、沸きあがる衝動を抑えつつ、笑みと共にイリスに声をかけた。

 

「あぁ、やっと……やっと会う事が出来ましたね」

 

 どちらもイリスには聞き覚えのある声だった。懐かしいとさえ感じる。

 でも、なぜ”彼ら”がここに……。

 

「ずっとあなたを捜していたんですよ、レイリス」

 

 その一言を最後に聞きながら、イリスの意識は急激に遠のいていく。

 蝕む”禍憑き”に身を委ね、彼は意識を手放した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「う~ん……なるほどなるほど。これは確かに噂どおりなのかもしれないね」

 

 そう一人納得するのは、誰よりも自由なトラブルメーカーのエルミラ。

 そして彼の隣で顔面蒼白な顔をしているのは、ひょんなことからエルミラと共に行動するという貧乏くじを引かされた不運な男・フェリード。

 

「えええええ、エルミラさぁん……どどど、どうするんですかぁ……」

 

 世界各地のマナの増加を調査中のフェリードは、エルミラの思いつきに振り回されて、現在彼とマナが異常に増えている一部地域で噂されている『変な植物』や『見たことの無い魔物』を調べに来ていた。というか、無理矢理調べに来させられていた。

 そしてリアルタイムに今、『見たことの無い魔物』が出没するようになったという場所のひとつに来ているエルミラとフェリードは、先ほどのフェリードの涙目の台詞からわかるように大ピンチに陥っていた。

 

 二人の目の前には、まさに彼らが求めていた『見たことの無い魔物』が立ちふさがる。

 それは闇色の巨大な球体に一つ目と底なし沼のような大きな口腔を持った”異形”だった。闇色の体はよく見ると何万もある小さな触手で覆われているが、出来ればよく見て気づきたくない事実である。

 生理的に受け付けない見た目と見上げるような巨体がインパクト大で絶望しか感じないが、一匹しかいないのが唯一の救いだと思いたい。とにかくそんな魔物が今二人の前に立ちふさがっていた。

 

『オオオオォォオォォ……』

 

 生臭い臭気をくぐもった雄叫びと共に撒き散らし、その”異形”の魔物は、球体の体の中心に嵌め込まれた宝珠のような一つ目で、目の前の獲物であるエルミラとフェリードを見つめる。

 

「う~ん……どうしようか!」

 

「そんな役に立たない台詞は吐かないでくださいよぉ! 聞きたくないです!」

 

 開き直ったような態度のエルミラに、とんだ災難に巻き込まれたフェリードは泣きそうな顔で「僕が死んだらエルミラさんとこ化けて出てやりますからね!」と叫ぶ。するとエルミラは冷静に、「君が死んだら多分オレも死ぬからそれは無理だよ」と返した。

 

「一緒に化けて出るなら可能かもしれないけど……」

 

「何こんな時にそんな冷静なツッコミしてんですかぁ!」

 

「いや、ごめん。ほら、オレってどうやらピンチな時ほど冷静になれるタイプみたいで……とりあえず落ち着いて素数を数えようぜ!」


「全然冷静になれてないですよ! あなたのそれは現実逃避です!」

 

 二人がピンチのわりに余裕ありそうな会話をしていると、異形の魔物は大きな口を開けながら息を吸い始める。その強力な吸引力に、エルミラとフェリードの体が吸い込まれるように勝手に前進し始めた。


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