希望と代償 7
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相変わらず体調は優れない。しかし今は部屋で大人しく寝ている場合では無かった。
ユエやトーマは仕事に向かっていて、今はこの孤児院から離れている。ならば子どもたちを守るためには、自分が行動しないといけない。
大丈夫、と、そうイリスは自分に言い聞かせて”彼ら”の前に立った。
「……ここにはお金なんてありませんよ」
元は教会だったこの孤児院には、その名残として小さいが立派な礼拝堂を持つ。聖女像を祀ったその場所は、普段は静かな祈りの場であり、子どもたちの為の空間となっていた。
そんな場所で今イリスは、緊張した空気の中招かれざる客を迎えていた。彼の前には五人の男、その後ろには破壊された礼拝堂の壁が無残に見える。足の床には破壊された壁や椅子などが瓦礫として散らばっていた。
「だから彼を放して、帰っていただけませんか?」
「ヒヒッ、そうはいかねぇんだよ。俺たちが『帰れ』って言われて帰るように見えるか?」
イリスの前に立つ柄の悪い武装した男たちは、所謂”マーダー”だ。快楽の破壊や殺人を好み、金になるものは全てを略奪していく悪党。何故そんな奴らがこんな辺鄙な場所にある孤児院に、建物を破壊して侵入してきたかなんて……運が悪かったとしか言えないと、そうイリスは思った。
ここは見るからに、彼らが好むような金になるものは無い場所だ。それでも彼らがここに目をつけて進入してきた理由は、暇つぶしが出来ればいいとか、そんな程度の理由なのだろう。弱者をいたぶり楽しむには、ここは彼らにとってうってつけの場所だろうから。
「おね、ちゃ……っ!」
自分に助けを求める声。それを聞き、イリスは僅かに表情を歪める。イリスの眼差しには、リーダーらしき人物の隣に立つ髭の男に羽交い絞めにされて捕らわれるギースの姿があった。普段は歳相応に生意気でやんちゃな少年だが、今は恐怖に怯えて涙が浮かぶ眼差しを自分に向けている。
マーダーが礼拝堂を破壊して進入してきた時、ここに居た子どもたちは直ぐに逃げてイリスをここに呼んできた。だが唯一ギースだけは逃げ遅れ、彼はマーダーの加虐心を満たす為に人質とされてしまったのだ。
「じゃあ彼を解放して、代わりに私を捕らえて下さい。私は抵抗しませんので……お好きなように」
ギース以外の孤児院にいる子どもたちは、礼拝堂から離れているように指示をした。おそらく誰かがユエを呼び戻しにも向かっているだろう。
今自分が最優先すべきことはギースの保護だと、イリスはそう考える。彼を無傷でマーダーたちから救わなくてはならない。その為には、自分はなんだってしてやるつもりだった。
たとえ子どもたちに恐れられても構わない。軽蔑され、嫌われても……。
「そうだなぁ……」
下品な笑みを浮かべるリーダーの男は、イリスを品定めするような目つきで眺める。その不快な視線にイリスは無感情な眼差しを返し、やがて男は「いいぜ」とイリスに返事をした。
「その代わり俺たちを楽しませてくれよ。そうしたらガキは助けてやるよ」
「……わかりました」
男たちが何を望んでいるのかは当然わかっていたが、そう返事するしかない。イリスはもう一度、「言うとおりにしますので、彼を解放して下さい」と男たちに言った。
「おねーちゃんっ!」
イリスが身代わりになろうとしていることを知り、ギースは涙滲む声で叫ぶ。イリスは彼に小さく微笑み、「大丈夫だよ」と優しく声をかけた。
「だってよ、ガキ。よかったなぁ、優しいオネーチャンが助けてくれて」
「っ……!」
自分を拘束する男を気丈に睨みつけ、ギースは唇を噛み締める。自分のせいで誰かが犠牲になろうとすることが、彼の幼い心に負担と傷を生もうとしていた。
「それじゃあガキは放してやるからこっちに来いよ」
「……先にギースを放してくれませんか?」
イリスがそう要求すると、男の一人が不愉快そうに「んなこと言える立場か?」と吐き捨てる。しかしそんな男を制して、リーダーの男は「いいだろう」とイリスの要求を飲んだ。
「ほら、放してやれ」
リーダーが口元を歪めながらギースを拘束する男にそう指示を出し、男は少年を放してやる。自由になった少年が「お姉ちゃん!」と叫びながらイリスに駆け寄ろうとした時だった。
乾いた銃声が礼拝堂に響く。
「あぁ……っ!」
「ギース!」




