希望と代償 6
ジュラードがアーリィと協力して魔獣と戦っている頃、ユーリは一人で残りの魔獣の相手をしていた。
「おら、落ちろよ!」
二本の短剣を駆使し、まるで舞うように群がる魔獣を切り裂いていくユーリ。
旅していた頃やそれ以前はこういう戦いが日常だった彼だが、しかし店を始めてからはこういうふうに体を動かす事からは離れていた。しかしそれでも今の彼の動きは、空白期間によるハンデを微塵も感じさせない見事なものだ。
「これで……終わりっと!」
『ギャシャアァァアっ!』
断末魔の雄叫びを上げる魔獣の皮と肉を切り、ユーリは自分が相手した魔獣が全て片付いたのを確認する。自身の周りに飛び散った亡骸と血肉を眺めながら、彼は無言で短剣の血を払い鞘にそれを収めた。
「……そっちも片付いたか」
アーリィと共に魔獣を始末し終え、足の怪我を彼女に治療してもらったジュラードが、こちらも剣を収めながらユーリへと近づく。ユーリは「あぁ」と返事し、そしてローズやマヤも無事な事を確認して一先ず息を吐いた。
「いやー……ホントしばらくはこうやって体動かしては無かったけど、でも案外いけるもんだなぁ」
ユーリはそう言って一仕事終えたというように大きく伸びをする。ジュラードはそんな彼と、そして彼の倒した多数の魔獣の亡骸を眺めながら、ぽつりとこう呟いた。
「……やっぱりあんたも何者なんだ?」
ユーリが一人で倒した魔獣は五匹。
ジュラードは断片的にしかユーリの戦いを見る事は出来なかったが、彼の戦い方は素早い身のこなしで的確に魔獣の息の根を止める無駄の無いものだったように思える。
過去にローズたちと共に旅をしていたのならこの程度の戦いは朝飯前なのかもしれないが、それにしても正確に仕留めるユーリの戦闘は、ジュラードの目にはただの『元・冒険者』とは映らなかった。
するとジュラードの疑問に、ユーリは笑ってこう答える。
「俺? ただの雑貨屋の主人だよー」
「……信じられない」
物凄い疑惑の眼差しを向けてくるジュラードに苦笑しながら、ユーリはローズたちに視線を向ける。
「ようお前ら、俺の活躍見てたかー?」
そう能天気な台詞を自分に向けてくるユーリに、ローズは思わずちょっと笑って「あぁ」と返事をした。
「確かに体はそれほど鈍ってないようね。よかった、アーリィはともかく正直ユーリは幸せに浸りすぎてもう使いものになんないんじゃ無いかって密かに疑ってたのよね」
「おいマヤ、使いもんになんねぇって何だよ。俺を舐めんなよな」
マヤのひどい言葉にユーリは不満げな顔をする。しかしこういうやり取りも何だかんだで懐かしく思え、本気でマヤに怒れない自分にユーリは内心で苦笑した。
「ここに出る魔物ってあの程度の奴らばっかりか?」
荷物を背負い直しながらユーリがそう聞くと、ジュラードは「まぁ、あれくらいの魔物が多い」と返す。
「俺には『あの程度』とは言えんが……しかしお前があの程度というなら、あの程度の魔物が中心だ」
「ふぅん……ならまぁ、別にそんな心配することねぇな。あれくらいなら俺とあんたとアーリィでやってけそうじゃね?」
そう言ってユーリがアーリィに視線を向けると、アーリィも「そうだね」と頷く。ローズとマヤも自分たちは戦えなくても大丈夫そうだと確信し、今の戦いで完全に三人に任せる事を決めたようだった。
一人ジュラードだけが、何か納得いかなそうな顔でローズたちを見つめる。
「ジュラード、どうした? 何か心配事あるのか?」
ジュラードの様子を不思議に思ってローズがそう聞くと、ジュラードは「いや……」と曖昧な返事を返した。
「何だよ、何か聞きてぇ事とかあんなら遠慮しねぇで聞けよ」
「そうそう。心配事があるなら言った方がいいわよ」
ユーリとマヤにまでそう追求されるように言われ、ジュラードは渋々口を開く。
「……なんだか不公平だな、と」
そう言ってからジュラードは後悔した。何故なら今の発言は、物凄い子どもじみた感情からのものだったからだ。
「不公平?」
ローズが不思議そうな表情で、ジュラードの発言の意味を問う。なんだか居た堪れない気持ちになりつつ、ここまで言ってしまったからには全部言わないと彼らは納得しないだろうと思い、ジュラードは重い溜息を吐くように話した。
「お前たちは強いから……その、羨ましいって……そう思っただけだ」
本当に子どもじみた嫉妬の感情だと思う。だけど力ある彼らを羨ましいと思ってしまったのは事実だ。彼らほどの力があれば妹のことは勿論、共に暮らしていた仲間の為に自分はもっと役に立つ事が出来たかもしれないと考えてしまう。
笑われるだろうなと、そう思いながらジュラードがローズたちの反応を待っていると、ローズたちはジュラードが予想していた反応とは若干違う反応を彼に示した。
「そうか? お前も十分つえぇと俺は思うけど」
「あぁ。私もそう思う」
「そうね……さすがにローズほどじゃないけど力も強いし、そんな大きな剣を振り回せるのは凄いと思うわ。それにあなたって誰かに戦い方を教わったわけでも無いみたいだし、それなのにそれだけ動けるってやっぱり凄いわよ」
三人がそれぞれにそう言うと、基本的に皆の会話は聞く専門な姿勢のアーリィも「私も、お前は十分すごいと思ったけど」と口を開く。仕舞いにはうさこにまで励まされるように「きゅうぅ~」と鳴かれ、ジュラードは先ほどとは別の理由で恥ずかしくなった。
「え、あ、そ、そう、か……?」
「あらジュラード、何? もしかして照れてるの?」
目ざとく気づいたマヤが少し意地悪い笑顔でそう問うと、ジュラードは不機嫌そうに顔を背ける。そんな彼を見て、「シャイな男の子なのね」とマヤは笑った。
「ふふっ、アタシそーいう男の子って大好きよん」
「なっ! ま、マヤ、それって……」
マヤのまさかの発言にローズは心底焦るが、しかし次の彼女の一言で焦りは消える。
「だってからかうと面白いんだもーん。ローズと同じタイプよね」
「……あぁ、そういうジャンルの話か。安心したけどなんか悲しいな」
がっくり肩を落とすローズは、しかし直ぐに顔を上げてジュラードの背中にこう声をかける。
「不公平なんて思う必要無いさ。少なくとも今は私たち、全員で一つなんだから。私たちだって個々では得手不得手があって、でもそれを全員で補って今まで旅してきた。今はそこにお前が加わって、尚更私たちは心強く思っている。私たちに出来なくてもお前に出来ることがあれば私たちは遠慮せずに頼るし、その代わりお前が困っていれば私たちは全力で手を貸す」
ローズは優しく微笑み、諭す姉のように振り向いたジュラードに告げた。
「誰かと行動を共にするってそういうことだと思うから。自分ひとりで何でもやらなきゃいけないわけじゃないんだから、自分にない力を羨む必要は無いさ」
「……そうか」
ローズの言わんとすることを素直に理解し、ジュラードは頷く。”仲間”という言葉がこそばゆくも感じたが、しかしそれ以上に嬉しいと感じている自分に気づいて、彼はまた少し恥ずかしくなって顔を背けた。




