希望と代償 5
翌日からはついに魔物が出没する地域を通ることとなり、ジュラードたちは今まで以上に気をつけて孤児院を目指して進む事にする。
孤児院までの道を知るジュラードを先頭に、五人と一匹はティレニアからアンジェラへ繋がる山へと入って行った。ジュラードの話によると、孤児院はこの山の向こうの麓にあるらしい。
「この山は標高はあまり高くないが、それでも山だから道は普通より険しい。それに大きいから道は長いし魔物も出る。そういう面倒な道だから、普通の旅人がティレニアからアンジェラを通るときは整備されている南の道を通っていくんだ」
ジュラードはそんな説明を口にしながら、枯れ木の目立つ木々の生い茂る中の山道へ足を進める。山道はただそれだけで険しいものなので、以前ローズたちが四人で旅してた頃は、確かに山を越えるルートは極力避けていた。
「でもここを通らないと妹さんのところにたどり着けないのよね?」
「いや……行けなくもないが、ただそれだと物凄い大回りのルートを行くことになる。それにそっちのルートもそっちのルートで楽では無いから……悪いが早く妹の所にお前たちを連れて行きたいから、我慢してこの山を登っていって欲しい」
マヤの問いにジュラードはそう答え、そして「それでもなるべくここの楽なルートを行くようにするから」と付け足した。
「まぁ多分俺は山越えるくらいなら大丈夫だと思うけどな」
ジュラードの話を聞いて、最後尾を歩くユーリがそう口を開く。続けて彼は「問題は」と言って、その”問題”になりえる可能性を見た。
「アーリィと……ローズも、か?」
「うぅっ……止めてくれ、名指しで指摘しないでくれ……」
名前を言われ、ローズは苦い顔となる。
確かに今の自分は役立たずな上に体力が落ちているので、足手まとい以外の何者でもないと、ローズもそれはわかっている。体力が無いのはアーリィも同じだが、戦力になる分アーリィの方がマシだとローズは思った。
「ローズ、アタシ消えてたほうがいいかな?」
「マヤまでそんな気をつかって……いや、大丈夫! 山くらい登れる体力はあるさ!」
力強くそうは言ってみたものの、自分の言葉が信じられないくらいにローズは自信が無かった。
「いや、でも頑張るって、本当に……これ以上の迷惑はかけないように努力するよ……」
「ローズ、そんな落ち込むなよ……なんか見てるこっちの気分までへこんでくるから」
死にそうな顔をして落ち込むローズを気にしつつ、ユーリはアーリィにも「あんま無理しないようにな」と声をかける。ついでに「うん」と頷いたアーリィから彼は、彼女が抱え持っていたうさこを預かった。
「あとこの荷物になるうさぎもどきは俺が運ぶから」
「きゅいぃ~……」
ユーリに完全な荷物扱いを受けたうさこは、彼に抱えられながら悲しそうな顔をして鳴く。ユーリはそんなうさこに「文句言うな」と言い、彼は進み始めたジュラードの後を追って歩き出した。
山道はそれほど険しいものではなかったが、しかしやはり舗装されていない上に傾斜があるので、普通の道や平原を進むよりは体力を消耗する。
さらにジュラードが説明していたとおり山に入った途端に魔物と遭遇し始め、彼らは襲ってくる魔物を倒しながら先に進むという苦しい進行を余儀なくされた。
「来たぞ、魔物だ!」
ジュラードが鋭く叫び、同時に彼は禍々しい黒の大剣を鞘から引き抜く。ユーリやアーリィも素早く戦闘態勢へと入った。
ジュラードたちの正面に現れたのは、こういう山岳地帯によく生息している狼に似た魔獣だ。彼らは素早い動きによる牙や爪の攻撃で獲物を集団で狩るのが特徴だ。
「おいローズ、パス!」
「え? あ、ちょっと……うわあぁうさこぉぉぉー!」
ユーリは戦闘の邪魔になるので持っていたうさこをローズに向けて放り投げ、ローズは慌てて「きゅいいいぃー!」と悲鳴を上げるうさこをキャッチする。そうして彼女は涙目のうさこを保護しながら、皆の邪魔にならない後方へと下がった。
「さて、っと……」
うさこを預けて身軽になったユーリは、腰にベルトで吊った二本の短剣を引き抜く。そして彼は不敵に笑い、久々の戦場に向けて駆け出した。
「ジュラード、私はローズたちを守りつつあなたをサポートする。それが最善だと思うから」
「え? あ、あぁ……」
アーリィの言葉に曖昧に頷きつつ、ジュラードは魔獣の群れの正面に立つ。襲い掛かってきた魔獣は、ざっと見たところ約十頭ほど。中型程の大きさがある上に数が多くて厄介だが、しかし倒さなくては先には進めない。
『オオオオォォォォン!』
魔獣の雄叫びが辺りを支配し、先陣を切った二頭がジュラードへ一斉に飛び掛る。ジュラードはそれを大剣を薙ぎ払って牽制し、続けて追撃してきた一匹を戻す刃で一刀両断した。
『オオ゛オォ……っ』
『fReEZiNgcOLDFiRmbiNdINgCOnfiNEiCE.』
魔獣の濁った断末魔の叫びとほぼ同時に、ジュラードの背後でアーリィの呪文詠唱が紡がれる。彼女の紡ぐ声は魔獣に集中するジュラードには聞えなかったが、しかし直ぐに彼もアーリィの援護の意味を悟る事となった。
「ぐっ……!」
一匹仕留めた直後に、別の魔獣の牙に右脹脛の肉を抉られる。ジュラードは激痛からの悲鳴を飲み込み、未だ足に食らいつく魔獣に向けて刃の切っ先を打ち下ろした。
『シャギャアアァっ!』
また一匹絶命したその声を聞く余裕もなく、ジュラードは次々襲い掛かる魔獣に刃を振り下ろす。しかし、やはり数が多い。そして強靭な四肢で移動する魔獣は動きが早く、自分のような大きく小回りの効かない武器で挑む場合には動きを追うので手一杯となってしまう。
自分の弱点を改めて感じたジュラードが苦い顔で飛び掛る魔獣に刃を薙ぎ払った時、彼の目に異常な光景が飛び込んできた。
「!?」
見開かれた青い彼の瞳に、同じ色の輝きが映る。その瞬間から彼はしばらく動きを止めた。硬直した彼の意識は完全に戦いの最中だということを忘れ、目の前の有り得ない光景をただじっと見詰める。
「なん、だ……これは……」
無意識にそう驚きを搾り出したジュラードの目の前一帯の地面には、青く巨大な魔法陣が浮かび上がる。同時に魔法陣の範囲内に、急激な勢いで凍える空気と共に氷が生まれて地面を覆っていく。その一言『異常』としか言えない光景にジュラードの目は釘付けとなり、彼の目の前の広範囲に生み出された氷は、魔獣の四肢を巻き込み凍ってその動きを封じていった。
「これで動き封じたから、倒すなら今のうち……なんであなたまで止まってるの?」
背後からアーリィにそう声をかけられ、ジュラードはハッと意識を戻して我に返る。彼は振り返り、アーリィに一言「魔法か?」と聞いた。
「そう。……あなた、初めて見たわけじゃないんだよね?」
自分たち以外に人の気配は無いので堂々と魔法を使ったアーリィは、ジュラードの反応を見て怪訝な表情となる。ジュラードはそんな彼女に、「見たけど、こんな派手なのは見たこと無かったんだよ!」と告げて再び動き出した。




