もう一人の探求者 6
「……さっきの飴」
「ん?」
世話になった少女の家を離れ、成り行きのような形で共に並び町の中を歩き出したジュラードとローズ。
ジュラードがふと何か思い出したように呟き、ローズは彼に視線を向けた。ジュラードは前を向いたまま、言葉の続きを呟く。
「妹が好きな飴だ」
先ほどローズがリトに礼としてあげたコンペイトウを見て、ジュラードは自分の妹もあの飴を見ると、『星みたい』だと言って先ほどのリトのような可愛い笑顔になって喜んでいたと思い出していた。
「妹がいるのか……」
思わず呟いた言葉は、ジュラードにとって完全に無意識の言葉だったのだろう。ローズが興味を持ったふうに言葉を向けると、途端にジュラードはハッとした様子でローズに視線を移す。彼は何か動揺した表情でローズを見つめていた。
「どうした?」
「な、なんでもない。ところでいつまでお前は俺についてくるつもりだ」
「いつまでって……さっきお前は一緒に行っていいと言ったじゃないか」
「そ、それは……いや、やっぱりダメだ。気が変わった。俺にはやる事があるんだ。ひとりの方が効率がいいから……悪いがやはり、お前と一緒は困る」
「……やること、ってなんだ?」
「お前には関係ない」
ぶっきらぼうにそうジュラードが言葉を返すと、ローズは何か考えるように真紅の目を細める。ローズのその視線にジュラードが戸惑い気味に「な、なんだ」と言うと、ローズは彼にこう言った。
「お前を助けた時、お前は意識無い中で『パンドラ』って呟いてたんだ」
「!?」
ローズは静かに驚くジュラードを真剣な表情で見つめながら、言葉を続ける。
「お前はパンドラを探しているのか?」
「……お前には関係ない」
繰り返し、ジュラードは拒絶を呟く。だがローズは意に介さず、ジュラードに警告するように彼女は強い言葉でこう言った。
「パンドラを探すのは止めた方がいい」
「なに……?」
予想外のローズの言葉に、ジュラードの表情も真剣なものに変わる。警戒感さえ滲ませて、ジュラードはローズの眼差しを見返した。
「お前は、一体何を……」
「パンドラは存在しない。私もかつてそれを探していたからわかるんだ……」
どこか疲れたような言い方で、ローズはジュラードにそう告げる。この女は何を知っているのかと、ますますジュラードはローズに対して警戒を向けた。
「お前も探求者だったのか?」
「……そうだ」
ジュラードは今の問いで、ローズに自分はパンドラを探し旅していることを認める。頷いたローズに、ジュラードは「今は……」と呟くように聞いた。
「今は探していないよ。……そんなものは無いんだって、気づけたからな」
「何故無いだなんて言えるんだ」
”パンドラ”――それは”奇跡”と称される、この世界の希望。何でも望みを叶えると噂されるそれは、未だかつて見たものも手にした者もいないとされるのに、それを捜し求める人は少なくない。それを探し旅する者を人は”探求者”と呼び、そしてジュラードもある望みの為にパンドラを求める探求者の一人だった。
「それは……それは言えないけれども、でもわかる。言ったろう? 気づけたんだよ……それにパンドラは奇跡でも希望でも無い……悲しい、絶望だったよ」
何処か遠くを見つめるような眼差しで、ローズは寂しげにそう言葉を紡ぐ。そのローズの様子と、そして今の言葉でジュラードは何かに気づき、顔色を変えた彼はローズに詰め寄るようにこう聞いた。
「お前はもしかして、パンドラを見つけたのか……?」
「……」
何も答えず、ただ眼差しを伏せたローズに、ジュラードは『まさか』と思いながらも確信するに値する事実を思い出す。そういえば彼女は何か不思議な存在を連れていたし、死に掛けていた自分を助けたと言っていた。彼女がパンドラの奇跡を所有しているのならば、自分を死の淵から救えた事も納得できる。あるいは先ほどの小 さく不可思議な存在こそが、パンドラなのだろうか。
「おい、答えろ! お前はパンドラを見つけ、それを手に入れたのか?!」
「っ……!」
気づけばジュラードは我を忘れ、大声と共にローズの肩を強く掴んで問い質していた。周囲の人々の好奇の視線など、今は気にならない。
「答えろよ!」
強く掴まれた肩の痛みで、ローズの表情が苦痛に歪むも、ジュラードはそんなことに構っている余裕はなかった。
ただ彼は自分がパンドラを探す理由の為に、ローズから彼女の知りえる真実を聞きたかった。
「パンドラを知っているのか?! おい!」
その時だった。ローズの胸元が小さく光を発する。
「!?」
光は先ほどローズとの言い争いの末に消えた小さな少女――マヤとなり、彼女は再び登場するやいなやジュラードに食って掛かった。
「ふざけんなよこの恩知らず男! ローズがさっき倒れたのは、あんたを助けて力を使いすぎたからなのよ! それなのにその恩も忘れてパンドラがどーのこーのってうるさくローズを責めて、あげくアタシのローズにてめぇ触りやがったわね!」
マヤは怨敵を見るかのような世にも恐ろしい視線でジュラードを睨み、「ホントはまだ本調子じゃないローズの負担になるから出てくるのは控えようって思ったんだけど」と呟く。
「でも、もう無理。こんな無礼男になんでローズが責められなきゃいけないわけ? 無理無理許せないし我慢できない。あんた、ローズを苛めたらこのアタシが許さないんだからね」
マヤの怖い顔の脅しに、ジュラードは思わずローズの肩を掴む手を離して彼女から離れる。それでもマヤの怒りは収まらず、彼女はローズさえも驚くほどブチキレた様子でジュラードに殺気を向けた。




