希望と代償 4
港町を出たジュラードたちは、そこからしばらくはティレニアの軍によって警備されている安全な道を進む。
途中の宿場町で夜を明かし、さらに一日魔物もマーダーも滅多に出ない道を進み、彼らは船を降りて二日目の夜にジュラードが事前に注意していた新たな魔物の出没が多くなった山の付近までたどり着いた。
日が落ち始めた空を見上げて、ローズが立ち止まり口を開く。
「今日はここまでだな。この先は警備されない区域の道になるから、魔物も出始めるだろう。夜の移動は避けた方がいいだろうからな」
ローズのその言葉にジュラードは「そうだな」と頷く。ユーリも賛成のようで、「じゃあ今日はここらで野宿だな」と言った。
街道を少し逸れた木々の生い茂る場所で野宿することを決めたジュラードたちは、すっかり日か落ちた薄闇の中でそれぞれに準備を行う。
「おいマヤ、火付けてくんねー?」
「ちょっとユーリ、言ったでしょ? アタシもローズもしばらく魔法使えないんだって」
焚き火の準備を終えたユーリがマヤに魔法で火を点けてほしいと頼むと、マヤはそれを断る。そのマヤの返事を聞き、ユーリは顔を歪めて「まだダメなのかよー」と言った。
「もう結構時間経ったんじゃねぇのー?」
「そう言われても……私だって早く魔法を使えるようになりたいけど、こればっかりは……まだハルファスの許しが出ていないし」
ローズが困った様子でそうユーリに言葉を返すと、ユーリは「まぁしゃあねぇか」と言い、ジュラードの方を向く。
「ジュラード、火持ってねぇ?」
「あるが……というか、普通火は必需品じゃないか?」
ジュラードは「なんで持っていないんだ、お前たちは」と、呆れた顔をしながら荷物からマッチを取り出した。
「いやぁ、わりぃわりぃ。つい魔法に頼っちまってたからなぁ……忘れてた」
ジュラードからマッチを受け取りながらユーリはそう返す。それを聞き、ジュラードは「便利ってのも考え物だな」と呟いた。
「きゅうぅ~、きゅうぅ~」
ユーリがマッチを擦って火をつけると、火が怖いのかうさこが怯えた鳴き声を発しながらアーリィの足元にしがみつく。アーリィは「大丈夫だよ」と言いながら、うさこを抱き上げた。
携帯食料が中心の簡単な食事を終え、ジュラードたちは明日の出発に備えて早々に体を休める事にする。
野宿なので交代で見張りをすることにして、彼らはつかの間の眠りへと就いた。
弱く燃える炎を見つめながら、ジュラードは無意識に小さく呟く。
「リリン……」
最初の見張りとなった彼は、まだまだ長い夜の闇の中で一人静かに思考していた。いや、思い出していたと言う方が正しいかもしれない。
本当に妹は助かるのだろうか。
ローズたちに頼って、どうにかなるのだろうか。
不安を呼ぶ闇は、一人で考えるジュラードを弱気にさせた。
すると思考する彼を現実に呼ぶように、突然彼へと言葉が投げかけられた。
「妹の名前か?」
驚いたように顔を上げたジュラードが声のした方を向くと、そこにいたのは毛布を体に巻きつけて上体を起こしているローズだった。
「驚かせるな」
ローズの方を向いてジュラードがそう言うと、ローズは小さく笑いながら「すまない」と返す。
「……寝ないのか?」
今度はジュラードから声をかけると、ローズは「そのうちにな」と呟いた。
「まだ目が冴えてて……眠くなったら寝るさ」
「寝れる内に寝ておいた方がいいと思うが……」
「それは勿論。でも今は眠くないんだ」
そう言うとローズは、また炎に視線を向けたジュラードに問いを重ねる。
「ところでさっきの続きだが……」
「……そうだ、妹の名だ」
内心で『しつこいな』と思いつつも、特に隠す必要のある話でもないと思いなおしたジュラードは、ローズの問いを肯定する。ローズは「そうか」と呟いた。
「妹さんのこと……どれだけ力になれるかはわからないけど、でも出来るだけの事はするよ」
まるで先ほどの自分の不安を見透かしたかのようなローズのその言葉に、ジュラードはやはり内心で若干動揺しながら「あ、あぁ」と頷いた。
「本当に……どこまで力になれるかはわからないけれども……」
「……いや、いい。今は希望だけでもいいんだ。今まではそれすら無かったんだから……少なくとも、俺の力では妹は救ってやれない」
そう、本当ならばたった一人の大切な肉親なのだから、自分の力で妹を救ってあげたかった。しかし自分には妹を助ける力も知恵も無い。無力な自分を呪いながら、自分は自分以外の救いを求めてこうして旅に出たのだ。
いや、やはりそれだけでは無いのかもしれない……ほんの少しの”逃げ”の気持ちも、旅立つ理由には存在していた。無力な自分に気づきたくなくて、救えない妹から逃げたくなったという気持ちが。
「俺じゃ……彼女を……」
「……」
寂しげに呟き目を伏せたジュラードを見つめ、ローズはふとこんな言葉を漏らす。
「……その気持ち、私にもわかるよ……私もそれを感じて絶望をしたことがあるから」
ジュラードが顔を上げてローズを見ると、彼女はひどく寂しげな眼差しを彼に返した。
「でも、お前には力がある……少なくとも俺よりはよっぽど。それでもそんなことを感じることがあるなんて……正直信じられない」
自然と口から出たジュラードの疑問にローズは、今は自分の中で休んでいるマヤを思いながら言葉を続けた。
「でも事実だ。私は大切な人を失いかけたことがあるし、魔法が使えても、救いたいものが救えなかった事もある」
ローズの時も、アリアの時もそれはかわらない。過去も今も無力を感じることはある。
「だから今は……私の力は万能では無いけれども、その代わりこの力でやれることはやってみたいと思ってるよ。出来る範囲でな。妹さんのこともだ」
ローズの話を聞き、ジュラードは「そうか」と呟いてまた正面の炎を見据える。
「……お前がそんなことを感じるくらいなんだから、俺が感じでも当然なのかもしれないな」
そう独り言のように言い、ジュラードは目を閉じる。瞼の裏に炎の明かりを見ながら、ジュラードは「ありがとう」と小さく呟いた。