再会 18
「なんか懐かしいよなー」
出発から半日が経ち、ジュラードたちはアンジェラ王国に近いティレニアの南の港に向かう客船に乗り込んでいた。
「何がだ?」
晴れた空の下、船の甲板に立って会話を交わすのはローズとユーリ。マヤは今はアーリィやジュラードと共に船室で休んでいるので、二人には久々の二人きりでの会話だった。
「いや、だからお前と二人きりってのがさ」
「……そう言えばそうだな」
「昔は嫌でも二人でいたのになー」
「え、嫌だったのか?」
驚いた顔をするローズに、ユーリは「お前は相変わらずだな」と言いながら笑う。眉根を寄せたローズに、ユーリは「そんなわけねーだろ」と答えた。
「あぁ、よかった。ちょっと不安になったぞ、今」
本当に安心した様子を見せるローズに、ユーリはまた少し笑う。姿は変わっても、いい意味で中身は何も変わっていない親友の姿に、ユーリは心地よい安心感を感じた。
「で、どうなんだ? 元には戻れそうなんか?」
ローズとマヤが今もずっと旅を続けているのは、本来とは違ってしまった自分たちの元の姿を取り戻す為だ。それを当然知っているユーリは、優しい眼差しをローズに向けてそう聞いた。
「残念ながら手がかりすらない状況だ。マヤは一時的になら元の大きさに戻れるんだけど、それは根本的な解決方法じゃ無いし、俺に至っては全く……もう三年も経つのにな」
そう言って大きく溜息を吐くローズに、ユーリは「ま、あせんなよ」と声をかける。
「それに案外その姿も似合ってるしいいんじゃねーの?」
「お前までマヤみたいなこと言って……確かに俺はアリアだったかもしれんが、でもローズなんだからな。ちゃんとローズの姿に戻りたいんだよ」
「そーか、わりぃわりぃ」
まぁたしかに今のローズは、顔だけ見ればアーリィと見分けがつかない状態なのでちょっとだけややこしく、ユーリ的にもどうにかしてほしいとは思っていたりする。
「でもやっぱり焦っても仕方ないだろ。大丈夫、そのうち元に戻るって」
「なんか適当だなぁ……」
ユーリの適当なアドバイスに苦笑しつつ、しかしそういう心のゆとりは確かに必要かもしれないともローズは思う。
「……だけど……そうだな、お前にそう言ってもらえると何とかなるかもしれないって気になるな」
「だろ? 全然根拠はねぇけどな!」
「笑顔で嫌な一言を付け足すなよ」
余計なことを言うユーリをローズは不満げな眼差しで見やり、ユーリは「そんな目で見るなよ」と笑う。そんな些細なやり取りからも、ローズは以前と変わらぬ態度で接してくれる彼の優しさを感じ、不満げな表情から苦笑へと表情を変えた。
「まぁ、いいか……」
「ところでローズ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ん? なんだ?」
急に真面目な顔になったユーリに、ローズは疑問の眼差しを返す。するとユーリは大真面目な表情のまま、ローズにこんなことを聞いた。
「実はすっげー気になってたんだけど……実際男が女の子になるってどんな感じなんだ? 自分の胸触ったら興奮するとか、やっぱ××××とかする……」
「お前、殴るぞ」
真顔でアホな質問をするユーリに、ローズも真顔でそう返答を返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ローズとユーリが甲板で話をしている頃、彼ら以外も船室で体を休めつつ雑談を交わしていた。
「そうか、魔法というのは魔力があれば俺でも使えるかもしれないということか」
「ま、そういうことよ」
ジュラードはうさこを膝に抱えながら船室のベッドに腰掛けて、マヤとアーリィに魔法についてを詳しく聞いていた。
テーブルの上に置かれたクッキーの箱の上に座ったマヤは、「とくにあなたはゲシュだからね」とジュラードに言う。テーブルの傍の椅子に腰掛けているアーリィも、マヤの言葉に小さく頷きながらクッキーを一枚頬張った。
「ゲシュの肉体は魔族の血のおかげでマナの増幅が行えるからね。魔法発動に足りない分のマナを自分で増やす事で魔法が使えるようになるの。でも最近はまたマナが増え始めているから、この調子でいくとゲシュや魔族じゃなくてもこの世界でまた魔法が使えるようになるはずよ」
「ローズやアーリィ、それにお前が魔法を使えるのはそういう理由なんだな」
「アタシはちょっと特殊だけど、まぁそういう解釈でも問題無いわ」
クッキーを食べながら話を聞いていたアーリィは、不意に口を開いて「それにしても最近はマナが増えてきたってすごく感じる」と言う。それを聞き、マヤも「そうよね」と頷いた。
「わかるのか?」
二人の様子にジュラードが聞くと、アーリィは彼に頷いて見せた。
「普段からマナの存在を意識して生活してたから、やっぱり変化には気づく。以前よりマナは元気になってる」
「うんうん、アタシもそう感じるわ。この調子なら、これから百年以内には審判前の半分の量くらいは回復するんじゃないかしら?」
「それでも百年もかかるのか……」
マヤの言葉を聞いてジュラードが呟くと、マヤは「それは仕方ないわ」と苦笑と共に返した。
「一度はほとんど無いも同然の量まで減っていたものだもの……そのかろうじて残ったマナでアタシやアーリィは魔法を使っていたけども、それでもギリギリだったからね」
「あの頃は月日を重ねるごとに、本当に少しずつだけどマナが減っているのを感じられたからちょっと怖かった……少しずつ、でも確実に世界は終わりに近づいているってわかってしまうから」
「……俺は、その頃は何も知らなかったな……世界がそこまで追い詰められてたとか、考えた事さえなかった」
ぽつりとそう呟きながら、ジュラードは眼差しを伏せて考える。マヤたちが語る事を何も知らなかった自分を無知と責める人などいないだろうが、しかしジュラードは世界のことを何も知らずにいた自分が少し情けなく感じた。
「別にそれが普通なんだから、そんな自分を責めるような言い方はしないで」
ジュラードを気遣うようにマヤがそう声をかける。ジュラードは頼りない眼差しを彼女に返した。
「知らなくても、気づかなくてももう大丈夫だもの。きっとそのうち、世界は元の姿に戻るはず……”彼”がそうしようと頑張っているんだから」
目を伏せ、マヤはそう静かな声で呟く。それは確信というよりも、ジュラードには誰かを信じている信頼からの言葉に聞えた。
【再会・了】