再会 10
「あら、この近くに温泉でもあるの?」
「いや、だから温泉じゃねぇんだけどな。ただの水沸かしただけのとこらしいけど、皆でウチの風呂に順番に入るよりはそっち行ったほうが楽でいいだろって話してたんだよ」
ユーリのその説明を聞き、マヤは「なるほどね」と納得する。するとローズがかつてないほどに真剣な表情で「それはダメだ!」と訴えた。
「何でだよ」
「何でって、ユーリお前わかってるのか?! そんなところに行ったら私は女湯に入らなきゃいけなくなるんだぞ!」
大真面目にそう訴えるローズに、ジュラードが不思議そうな顔で「それの何が問題なんだ?」と聞く。彼とミレイ以外はローズが何を言わんとしているか理解していたので、揃って『あぁ……』というような顔をした。
「マヤ、お前はそれでいいのか?!」
「何でアタシに聞くのよ」
ローズのかつてない剣幕にマヤはちょっと驚きながら、「その姿で男湯に入る方が大問題だと思うけど」と答える。それは確かにそうなので、ローズは一瞬黙り込んだ。だがやはり、女湯は不味過ぎる。
「いいじゃねぇか、俺だったら喜んで女湯入るけどなー。だって女の子の裸見放だ……」
「ユーリ?」
真面目すぎるローズの訴えを聞いたユーリが笑いながらそう言うと、彼の傍で恐ろしく冷たいアーリィの声が聞えてくる。その地獄から聞えた妻の声に、ユーリは蒼白した顔色で「なんて冗談です」と即自分の発言を訂正した。だって横目で見たアーリィの優しい笑顔が目が全然笑ってなくて、死ぬほど怖かったから。
「いいよ、ユーリがどうしても女湯入りたいって言うなら入っても。……そのかわり目を潰す」
「止めてアーリィ! 入りたくない、俺全然入りたくないから大丈夫です! だから潰さないで!」
目を潰すどころか抉り出しそうな勢いがある禍々しいアーリィの発言に、レイチェルは暢気に笑って「ユーリさん、愛されてるね」とコメントする。ジュラードは彼のコメントが今この場の正しいツッコミなのかどうか、また一人静かに悩んだ。
「と、とにかく私は行きたくない! 行くならお前たちだけで行ってこい!」
頑なに風呂屋を拒否するローズを見て、ユーリは何か信じられないものを見るような目をする。彼が何を考えてそんな奇特な眼差しをローズに向けたかは、説明するとまたアーリィが嫉妬で病みそうになるのでそれは省くが、とにかくユーリはローズの態度にちょっと困ってしまった。
「でもお前だけの為にうちの風呂に湯張るのも面倒なんだけど……いいじゃん、マヤも反対してないんだし入れば」
「……って言うかなんで反対してくれないんだ、マヤ」
ローズに問われ、マヤはむしろ「え? なんで反対するの?」と答える。そんなマヤの反応を見て、ローズは『彼女は味方に出来ない』と理解した。そしてちょっぴり悲しくなったり。
「いいんだ……彼女がそういう性格だってことはもう六百年前から知ってたことだし……」
「ローズ、お前なにをぶつぶつ言ってるんだ?」
「いやジュラード、こっちの話なんだ、気にしないでくれ。それより……」
マヤの態度に急激にテンションが落ちたローズは、自分一人で反対するのも馬鹿らしくなって「いいよ、じゃあ私も行く」と言ってあっさりと折れる。それを聞いてユーリは「じゃあ決まりだな」と言った。
「でもユーリ、私が女湯に入ったらアーリィと一緒なんだからな……それはいいんだよな?」
「ん~、いいよ、今の姿なら。ただし元に戻った時にはボッコボコに殴ってそのことの清算をさせてもらうから覚悟しとけよ、ローズ」
「お、お前なぁ……」
本気か冗談かさっぱりわからない笑顔のユーリに、ローズは重い疲労を感じる。しかし一度『いい』と言ってしまったので、彼女も諦めるしかなかった。
「それじゃ早速風呂に行く準備しようぜ」
ユーリがそう言うと、ミレイが元気よく「はーい!」と返事をする。そのミレイの反応を見て、ローズは「あれ、ミレイも風呂に入るのか?」と聞いた。
「それがよぉ、俺も驚いたんだけど入るみたいだぜ」
「防水パーツ使った体だからね。熱にも強いしお湯に入っても錆びないし、ミレイはコアの魔力で動いてるから水に濡れても壊れないんだ。だからむしろお風呂入って汚れ落とした方が清潔でいいんだよ」
「そうなのか……」
うさこを頭に乗せてアーリィと共に風呂屋に行く準備をするミレイを眺めながら、ローズは驚いた様子で頷く。ついでに彼女はもう一つ疑問を思った。
「あれ、うさこは風呂に入るのかな?」
三秒ほど考えた後、よくわからないので取り合えず連れて行こうとローズは結論を出す。そうして彼女も準備を始めた。
公共浴場に着いてまずジュラードたちは男湯と女湯に分かれる。
ローズとマヤとアーリィとミレイとうさこは女湯へ、ジュラードとユーリとレイチェルは男湯へと向かった。
「おおきなおふろー!」
「ミレイ、こういうところでは騒いだらダメなんだよ」
脱衣所に入った途端にテンションが最高に達したミレイに、アーリィがしっかりと注意をする。ミレイは慌てて自分の口を自分の手で塞いだ。
「ふふっ、なんだかアーリィとミレイ、すっかり姉妹ね」
二人の様子を見たマヤがそう言って笑うと、ローズも「そうだな」と相槌を打つ。だか彼女の返事がどこか上の空だったのに気づき、マヤは「ローズ?」と疑問を彼女に向けた。見上げた視線の先には、怯えたように小刻みに震える顔色悪いローズの姿。
「って、あなた何震えてるのよ」
「だってマヤ、こんな……女性の声が……浴場から女性の声が聞えるんだぞ……? どうしよう……」
脱衣所に女性の姿はなかったが、浴場の方で数人の女性の声が聞えてきてローズは完全に怯えていた。声の感じから年配の女性の声だとマヤは判断したが、そういうのはローズ的には関係なく問題らしい。
「なによ、覚悟決めて来たのかと思いきや……情けないわね」
全く覚悟できていなかったダメ男ローズに、マヤは呆れながらこう声をかける。
「いいかしらローズ、アタシの話をよく聞きなさい。あなたは確かにちょっと前までは男だったかもしれない。でももっと時を遡ると、具体的には六百年くらい遡ると女の子だったのよ?」
「ハッ、そう言われればそうだな」
「でしょう? ほら、そう考えたら何も緊張する事なんてないはずよ?」
ローズ(と、アリア)の扱いをよくわかっているマヤは、むちゃくちゃな理論で「だから大丈夫よ」と彼女を納得させる。ローズもローズで「そうだな、ちょっと気が楽になった」とか言った。
「ありがとう、マヤ。よし、じゃあ深く考えないで堂々と風呂に入る……」
「っていうかローズ、なんかアタシも堂々とお風呂に入りたくなっちゃった」
「え?」
唐突なマヤの不可解発言に、思わずローズは首を傾げる。マヤは何かの企みを隠す愛らしい笑顔をローズに向けて、「ねぇ、いいかな?」と彼女に聞いた。
「いや、だからそれは一体どういう……」
「二人はまだ脱いでないのか?」
ローズが困惑していると、いつの間にか服を脱いだらしいアーリィが堂々とした素っ裸でローズたちに声をかける。ローズは思考の処理が間に合わずに、思わず数秒堂々としたアーリィをガン見した後、急に顔を真っ赤にさせて「タオルを巻きなさい!」とアーリィにバスタオルを押し付けた。
「え? なんで?」
「なんでって、当然だろ! 俺がいるんだから!」
素の状態で混乱するローズに、納得いかなそうな顔でアーリィはこう告げる。
「でもそこの張り紙に『浴槽にタオルを入れてはいけません』って書いてあるし……タオル巻いてお風呂に入ってはいけないんじゃないのか?」
「えっ、そうなのか?!」