再会 5
魔法薬作りが一段落終えたアーリィは店に出て、何かを心配した様子で店内をうろうろとしていた。
そんなアーリィの様子を不思議に思ったユーリが、こっそりと声をかける。
「アーリィ、どうしたの? なんか落ち着かない様子だけど」
「あ、ユーリ……」
ユーリにそう声をかけられ、アーリィは彼にこう話す。
「実はさっきミレイにお使い頼んだんだけど、帰ってくるの遅いからちょっと心配で……」
アーリィがミレイにお使いを頼んだのは一時間半以上前だ。この店から目的の店まではミレイの足でも二十分もあればたどり着けるので、ちょっと時間がかかりすぎているように思える。
「やっぱり道に迷ってるのかも……どうしよう、迎えに行こうかな……」
ミレイのことが余程心配なのか、アーリィはそう呟いてまたそわそわとし始める。ユーリは「もう少し待ってみてもいいんじゃねぇか?」と、こっちはわりと落ち着いた返事をアーリィに返した。
「でも……」
「まぁまぁ、子どもには一回くらい一人でお使いさせてみるもんだって。それに初めてのことで時間がかかるのは当たり前だし。でもまるっきり知らない街って訳じゃないんだから、そのうちにあいつも帰ってくるって」
「そう、かな……」
ミレイのことは凄く心配だが、でもユーリはそう言うんだし大丈夫なのだろうか……と、アーリィは悩む。「う~ん」と言いながら結局また考え始めたアーリィ見て、ユーリは苦笑した。
「ユーリさん、お客さん! お会計だって!」
「え? あ、あぁ、わりぃ今行くわ」
レイチェルに呼ばれ、ユーリはカウンターへと戻っていく。アーリィは不安げな面持ちのまま、窓の外を見つめた。
やがてアーリィの不安が極限に達し、ミレイが心配で心配で堪らなくなった彼女がミレイを捜しに行こうと決意した時、そのタイミングでミレイが「おねーちゃん、ただいまー」と店に戻ってくる。
「! よかった、ミレイ……って、あれ……?」
ミレイが帰ってきたことに安堵したのもつかの間、アーリィは彼女に続いて店に入ってきた人物たちを見て驚いたように目を丸くする。カウンターに居たユーリも出入り口の方に視線を向けて、「おぉ!」と驚愕の声を上げた。
「ローズじゃん! うわ、久しぶり! 相変わらずその姿のままなんだな、お前!」
「マヤも久しぶり……と、その後ろの人は?」
ユーリとアーリィに声をかけられたローズとマヤは、それぞれに挨拶をしながらアーリィたちに近づく。
一番最後に店に入ったジュラードは、ローズの双子の姉か妹なんじゃないかと思うほどにそっくりなアーリィと、それとローズたちの方へ笑顔で近づいてくる眼鏡を掛けたユーリを見て『この二人が知り合いか』と考えた。
「一年ぶりくらいだよな、二人とも。……姿についてはツッコまないでくれ、時々心が折れそうになるから……」
「やっほー、二人とも元気そうで安心したわ! あ、今日は訳合ってお客さん連れてきたのよん。その後ろの男がソレね」
ローズとマヤも昔の仲間との久しぶりの再会にテンション上がった様子で、ユーリたちに話しかける。ジュラードはマヤに『ソレ』呼ばわりされたことも含めて、四人の盛り上がりと比例する疎外感にちょっぴり寂しさを感じたり。
「おねーちゃんみてー! みれい、ちゃんとおつかいしてきたよー!」
盛り上がる空気を邪魔することが出来ない控えめな男・ジュラードに対し、遠慮なんてしない堂々とした幼女・ミレイは、ローズを押し退けて盛り上がる四人の中に割って入る。そうして彼女は鞄に入れた魔法薬の材料をアーリィに渡した。
「あ、そうだったね。ありがとう、ミレイ」
アーリィは材料を受け取ると、ミレイの頭を撫でて褒める。ミレイが褒められて嬉しそうな笑顔になると、彼女の傍でうさこが羨ましそうに「きゅいいぃ~」と鳴いた。
「……ミレイ、その傍のかわいい生き物はなに?」
うさこの存在に気づいたアーリィが、うさこを指差しながらミレイにそう聞く。その眼差しはすごく抱っこしたそうに輝いていた。
「これ? ろーずがいうにはね、なまえはうさこで、ろーずたちのなかまなんだって」
「きゅいぃ~」
「たべるとおいしいらしい」
「きゅっ……きゅいきゅいぃ!」
『食べるのは止めて!』と訴えるように、うさこは何度も首を横に振る。ミレイはそんなうさこを見て、「みれいもおねえちゃんも、おまえをたべたりはしないってば」と言った。
「うさこ……そうか、うさこ……かわいい……抱きしめたい……」
アーリィはうわ言のようにそうぶつぶつ呟きながら、うさこに近づく。うさこは一瞬アーリィの異様な様子に怯えたが、しかしアーリィからローズと同じミスラのマナの気配を感じると、むしろ自分からアーリィの胸に飛び込んでいった。
「きゅいいぃ~!」
「ぷにぷにで冷たい……っ! 気持ちいい……」
アーリィがうさこに夢中になっている一方で、ローズとマヤは自分たちが来た事情をユーリに簡単に説明していた。
「ジュラードとは旅の途中で会ったんだ。それで、今回はちょっと彼絡みでお前たちに頼みがあって来たんだよ」
「頼み?」
ローズの言葉にユーリが首を傾げると、ローズは「詳しい話をする時間はあるか?」と聞いた。
「ん~……どう、だろうな……」
ユーリは店の中をぐるりと見渡し、店内にいる何人かの客の姿を確認して「どうしよう」と小さく呟く。すると話を聞いていたらしいレイチェルが、「しばらくは僕一人でも大丈夫ですよ、店」とユーリに声をかけた。
「あ、いいか?」
「大丈夫です、僕も慣れてきたし。でも困った事があったら呼びますね」
レイチェルがそう笑顔で答えると、ミレイも手を上げて「みれいもここでおにいちゃんをてつだう!」と言う。ユーリは二人に「わりぃな、じゃあ頼むわ」と言い、店の奥でローズたちの話を改めて聞いてみることにした。
「で、頼みってなんだよ?」
居間にローズやジュラードたちを案内し、ユーリは早速詳しい話を聞こうとする。が、彼は直ぐに「その前に自己紹介が先か」と言った。
「その、ジュラードだっけ?」
「あ、あぁ……」
初対面の他人にはやはり緊張してしまうのか、ユーリに話しかけられたジュラードはぎこちない様子で返事を返す。ユーリはジュラードのそんな態度など全く気にせず、自分のことを彼に紹介した。
「多分ローズやマヤからもう聞いてると思うけど、俺はユーリな。昔はこいつらと旅してたんだ。今はこのとおり店やってっけどな」
そう言って笑うユーリに、ジュラードは若干緊張が解けるのを感じる。普通ではないローズとマヤの知り合いというのだから、一体どんな不思議な人が登場するかとさりげなく覚悟をしていたジュラードだったが、蓋を開ければユーリはごく普通の青年といったふうだ。初対面の相手にも気さくに話しかけてきてくれるところには好感が持てる程だ。だがうさこを膝に乗せて彼の隣に座るもう一人は、案の定若干気になる部分のある不思議人物だった。
「そんで、こちらが俺の奥さんでアーリィって言うんだ」
「……はじめまして」
ユーリに紹介されたローズのそっくりさんは、若干ローズよりも虚ろな感じのある真紅の瞳をジュラードに向けて頭を下げる。アーリィという名前から、彼女が妹を助けられるかもしれない”魔法薬”を作ることの人物なんだとジュラードは理解した。
それにしても見れば見るほどローズとアーリィはそっくりだ。共に長い黒髪に真紅の瞳、そっくりな顔立ち……違う部分をあげるとすれば、大きな違いは胸の大きさのみかもしれない。どちらも魔法が使えるようだし、二人は血縁関係があるんじゃないかと、ジュラードは大真面目に思う。
「おい……あれ、妹?」
「ん? あぁ、アーリィのことか?」
ジュラードが隣でのほほんとお茶を啜るローズに小声で話しかけると、ローズは苦笑しながら「まぁ、そんなものかもしれないな」と答える。