浄化 102
「ちなみにレイチェルは大丈夫だよ。エルミラの面倒を見てて大変そうだけど、元気そうだったから」
イリスがそう説明すると、リーリエは控えめに笑って「それは、昔と変わりませんね」と呟く。それを聞き、カナリティアとヒスも苦笑しながら同意した。
「それで、”禍憑き”の原因はマヤだったと聞いたが……」
ヒスの問いにイリスは「まぁ、そういうことなのかな」と考えつつ答える。
「マヤを解放した時のマナが原因だったらしいから、そうとも言えるけど……でも、あんまり本人の前でそういうふうには言わないであげた方がいいんじゃないかな」
各地で恐れられている病の原因が自分だと言われれば、そのことを本人もわかっていたとしても、やはり気にしてしまうだろう。それを思いイリスがそう告げると、ヒスも「あぁ、それはそうだな」と頷いた。そしてこうも彼は続ける。
「別にマヤを責めるつもりはないぞ。というか、どちらかと言えば俺たちに責任があるんじゃないかと……」
「えぇ、ウィッチを解放してマヤさんに……大きな決断をさせたのは私たちですからね……」
重い表情でそう言うヒスたちに、イリスも同じ側の人間だったのでフォローする言葉が無く沈黙する。そんな彼らを見て、ジュラードは「事情はよくわからないけど」と遠慮がちに口を開いた。
「その、それでもあんたたちの行動には理由と意味があったんだろ? 世界を良い方向に導くための理由が……なら、そんな気にしない方がいいと思うが」
ジュラードのフォローに、ヒスは苦く笑って「そう言ってもらえると多少気が楽になるよ」と返す。カナリティアも「そうですね」とため息と共に頷いた。しかしカナリティアは遠くを見つめながら、こうも言葉を続ける。
「正直今も……本当に自分たちがしたことは正しかったのか、私にはわからなくて悩んでいます。そんなことを口にしてはいけないとも思うのですが……えぇ、覚悟して私もヴァイゼスに所属していたのですからね。それでも……今も時々あの当時のことを夢に見て、苦しくなる」
カナリティアはそう言うと、一拍間をおいてから「あの出来事で、たくさんのものを失いましたし」と付け足すように呟く。それを聞き、ユーリは思わず彼女を見つめた。眼差しを伏せた彼女の脳裏には、きっとユトナの姿があるのだろう。
「……。」
カナリティアの横顔が悲壮なものに見えてユーリが目をそらすと、隣でイリスが口を開いた。
「……失ったものも多いけど、それでもウィッチをあのままにしておくわけにもいかなかった。マヤもそれはわかってたと思う。だから……私たちの行動は必要ではあったはずだよ」
イリスのその言葉にカナリティアは伏せていた眼差しを上げて、「そう、ですね」と弱く微笑んだ。そんな彼女に視線を向けたイリスは、「ただ、その代償はやっぱり大きすぎたと私も思うよ」と寂しげにカナリティアの思いを肯定する。大切な”弟”を失った彼女の悲しみを否定することは誰にもできないのだ。すると周りのそんな心配を理解してか、カナリティアはイリスの方を向いてこんなことを言う。
「相変わらず人の心配ばかりして、レイリスは優しいですね」
「え……」
カナリティアの唐突な言葉にイリスが困った表情を浮かべると、カナリティアはいたずらっぽく笑ってから「でも大丈夫ですよ、私は」と言う。
「ユトナのことは、この三年でだいぶ心の整理がつきましたから。だからそんなに気を使わないでください」
もちろん先ほど正直な感情を吐露したとおり完全に整理したわけではないが、ある程度は彼の死は事実として受け入れているし、自分もずっと悲しんでいるわけにはいかないと前を向いている。彼女は自分に言い聞かせるように、もう一度「大丈夫です」と言った。
「そもそも、毎日忙しくて悩んだり落ち込んでいる暇はありません。ヒスの手伝いをしていますが、彼ってば人使いが荒いんですよ」
「おいカナリティア、俺のどこが人使い荒いんだよ! すごく気を使ってるじゃないか!」
「そうでしょうか……? 掃除と買い出しはほぼ私がしていますよね」
「えぇ? それはお前が自発的にやってくれてたんじゃないのか?」
「ヒスが忙しそうだからやってましたが、『ありがとう』の一言もなくてちょっと寂しかったです。あと、料理をすると文句ばかりだし……」
「うっ……掃除とかに関しては感謝してるし、お礼を言わなかったもの悪かった……が! 料理についてはお菓子ばかり作られても俺も困るんだよ!」
「え~? アゲハはいつも喜んでくれますけど」
「アゲハはな!」
急に言い争い始めたヒスとカナリティアに、イリスはちょっと呆気にとられて二人を眺める。一方でアゲハとリーリエは楽しそうに二人を眺め、こう囁きあった。
「お二人とも、結構いつもこんな感じですよね」
「えぇ……楽しそうで……なによりです……羨ましいくらい……」
ヒスとカナリティアの二人も、二人なりに楽しそうに暮らしているらしい。それを知ってイリスは「そうなんだ」と、こちらもアゲハたちにつられるように笑みを零した。そしてカナリティアのことを気にかけているユーリも、彼女が大丈夫そうだということを知り、静かに安堵の表情を見せる。そんな感じで彼らが話しながら進んでいると、いつの間にかクノーの入り口はすぐ目の前となっていた。
「おいお前ら、お喋りもいいけどもう着いたぞ」
ナインがそう声をかけると、カナリティアとヒスは言い合うのを止める。気づけばクノーへ向かう人々が辺りを行き交って周囲は賑やかだ。人が多くなるとラプラはフードを目深にかぶり、ジュラードもゲシュ関連のトラブル防止のために同様にして容姿を隠した。
「やっと着いたな。時間は……ギリギリ昼前か」
「きゅっきゅーっ!」
深く被ったフードをわずかにずらしてジュラードが入り口の時計を確認すると、いつの間にか意識を取り戻したらしいうさこが彼の腕の中で元気に返事をする。
「腹減ったけど、飯は後にして学会行こうぜ!」
いつもなら食欲を優先しそうなユーリだが、今回は早くアーリィに会いたいからなのかそんなことを言い、ジュラードも「そうだな」と彼の提案に同意した。そして他の者も、とくにそれに反対はしない。
「まぁ、食事はあとの方がお店空いてたりするし……早くジュラードを休ませたいし、そうしよう」
イリスも先に学会に向かうことに賛成して、「それじゃこっち、ついてきて」と皆を先導して歩き出した。




