浄化 101
「……?」
薄々と感じていたことだが、どうも最近はラプラに逆らえないと感じることが多く、イリスは若干の恐怖を抱く。自分は本来は魔の本能が強い魔物で、彼はそんな自分を契約で縛ることにより無力化しているので、彼に逆らえないのはある程度は仕方ないと言えば仕方ないことなのだが……。
「あれ、私ってもしかしてこのままだとラプラにいいようにされる……?」
そういえば彼と契約してからの自分は、徐々におかしくなっている気がしなくもない。表向きは魔の本能が薄れて平穏無事に正常なのだが、何か根本的な部分に違和感を感じる。大体、本当に自分は彼にお願いされたからといって簡単に女性に変身するだろうか。
「イリス? どうしましたか?」
「!?」
考えれば考えるほど恐怖心が増すので、イリスは一先ずことについては、今は深く考えないことにした。
「いや……気にしないで。っていうかそろそろ下ろして」
イリスがそうラプラに告げると、ラプラはだいぶ残念そうな顔をしながらもイリスを下ろした。
「えっと……それじゃこの後の予定は……クノーに入って学会にいるローズたちの所に行く、でいいかな」
そう自分の頭を整理するように呟いたイリスに、傍でアゲハは「ですね!」と元気よく返事をする。それに笑顔で頷いた後、イリスはハッとした様子でジュラードに視線を向けた。
「そうだ、ジュラード、体調は大丈夫!?」
ナインに荷物とうさこを預けている最中のジュラードに、イリスはそう心配した表情を向けながら駆け寄る。するとジュラードは「はい」と頷き、イリスに笑みを返した。
「っ……」
だが返事をした傍からジュラードの足元がふらつき、イリスは咄嗟に彼を支えて「本当に大丈夫?」と不安げな表情を向ける。
「は、はい……」
「そうかな……やっぱり顔色悪いし、学会まで行けるかな……あとちょっとなんだけど」
『大丈夫』と返事はしたが、足元がふらつくほどに体調は優れない。クノーは目の前と言っても多少は歩かねばたどり着けないので気合で歩くつもりでいたが、ジュラード自身も正直無事にローズたちの元にたどり着けるか若干不安ではあった。
「なんだ? 歩けねぇならおんぶでもしてやるか?」
ナインの言葉にジュラードは「それはいい」と苦い顔で首を横に振る。ナインの善意はありがたいが、絵面を想像するとなんかイヤだったのでお断りした。
「ん~……そうだ」
ふと何かを思いついたらしいイリスが声を上げ、ラプラにその思い付きを耳打ちして頼む。イリスに何事かを頼まれたラプラは「それはあなたの方がいいのでは」と言いかけ、すぐにイリスが自分に頼んだ意味を察して「わかりました」と頷いた。そうして彼はロッドを手にしてジュラードに近づく。
「え、なんだ……?」
急にロッドを持って近づいてきたラプラにジュラードは思わず不安げな表情を返したが、ラプラは「回復魔法を使うだけですよ」と彼に説明した。
「回復魔法……?」
「えぇ、じっとしててください」
なぜケガもしていないのに回復魔法を……と、一瞬思ったジュラードだったが、そういえば以前イリスやリリンが回復魔法で体調が多少改善したことを思い出す。ただしアーリィの回復魔法では改善せず、むしろ悪化したように思えたのだが、今回は大丈夫だろうか。
ジュラードが不安げに見守る中でラプラはさっさと回復魔法を彼に使い、「さ、どうですか?」とジュラードに聞いた。するとジュラードは自分の体調を確認し、少し驚いた顔を浮かべる。
「あれ……なんか、ちょっと良くなった気がする」
多少怠さが軽減され、ジュラードは喜び以上に「どうしてだ?」と不思議そうな表情を浮かべた。するとイリスが「多分だけど」と答える。
「”禍憑き”の原因が異質に変異したこの世界の根源となるマナによるアレルギー反応だったわけでしょう? この世界のマナに対するアレルギーが原因で、それに対してラプラが回復魔法を使うことでアトラメノクのマナ……つまりは別のマナを体に流すことになる。それで一時的にだろうけどアレルギー反応を起こすマナが体から減ることで、多少良くなるんじゃないかなって思うんだ」
イリスは今までの話を総合してまとめて、ラプラによる回復魔法で多少禍憑きが改善する理由をそう推測したらしい。ジュラードには少し理解できない部分もある話だったが、「そうなんですか」と彼は頷いた。
「だから体調が悪くなったらラプラかナインに回復魔法使ってもらうといいよ。二人は魔族で、属するマナがリ・ディールとは違うアトラメノクだから」
「先生ではダメなんですか?」
イリスは使える属性的に回復魔法が得意と聞いたので、ジュラードがそう問うと、イリスはジュラードの耳元で「私も魔力はラプラのを使ってるから、私でも問題はないかもしれないんだけど」と囁く。
「でも私自身はリ・ディールの存在だから私を構成するマナは多分こっちの世界のだし、それにヒスたちには魔法使えることとか、説明が面倒だから話したくないし」
「あ、あぁ……なるほど」
そう説明すると、イリスは申し訳なさそうに「ごめんね」とジュラードに言った。
「私もできれば、私自身がジュラードの助けになりたいんだけどさ」
「いえ、先生は本当にその……俺のこといつも気にかけてくれてて、感謝してます」
今もイリスの提案でこうして回復魔法によって体調が改善したのだし、本当についてきてもらって助かったとジュラードは感謝する。するとイリスは嬉しそうに笑って「うん」と頷いた。
「何度も言うようだけど、何かあればすぐに私に相談してね。それじゃジュラード、少しだけど歩けるかな?」
イリスの問いかけにジュラードは「はい」と頷く。そうして彼は砂漠にそびえるクノーの都市を改めて真正面に見据えた。
「そうか、ジュラードは今までローズたちと禍憑きを治すためにそんな苦労をしてたんだな。でもおかげで助かったよ」
「ですね。ヒスや私も禍憑きのことは気にしてたし治したいと思っていたので、皆さんが治療法を見つけてくれて本当に良かったです」
都市クノーの入り口に向かうまでの間、ヒスたちはジュラードたちからこれまでの出来事を軽く説明してもらう。ジュラードが偶然ローズたちと出会い、エルミラやジューザスなどの助けもあって禍憑きの原因や治療法を見つけるまでの出来事は、道中の会話にはちょうど良い話題だった。
「禍憑き……私も、その病気の話は聞いていました……突然発生し始めた、不治の病だと……それもゲシュの人だけが患う……心配、してました……レイリスや、レイチェルのこと……」
リーリエがそう遠慮がちに呟くと、ユーリも「俺らゲシュの知り合いは結構多いからなー」と頷く。一方でリーリエに名を呼ばれたイリスは、自分がすでに罹患済みであったことは説明せず、「心配してくれてありがとう」とだけ言った。




