浄化 100
ラプラの不吉な言葉を聞いてなのか、イリスが気合で目を覚ます。するとラプラは満面の笑顔で「おはようございます」と言った。
「あれ……? こ、ここは……?」
「もうここはクノーのすぐ傍ですよ」
きょろきょろとあたりを見渡して状況を把握しようとするイリスに、ラプラは今までのことを説明するために口を開いた。
「そうですね……では、あなたが落ちて気を失った後のことから順に説明しますね」
「うっ……!」
ラプラの一言に、落ちた時の恐怖を思い出したのか、イリスは顔色を悪くして両腕で体を抱きしめる。人生で二度目の落下事故は余程恐ろしいものだったのか、しまいには涙目で震えだした。そんなイリスの様子に気づき、ラプラは慌てて「すみません」と謝罪する。
「余計なことを言ってしまいましたね……」
「い、いい……だ、だい、大丈夫……私が落ちて、それで……?」
結果的に高所恐怖症になった人生一度目の転落事故では数日生死をさまよう羽目になったが、今回は無事だったのでおそらくラプラに助けてもらったのだろう。イリスはそれを予想して、「あ、助けてくれて本当にありがとう」と先に彼に礼を告げる。ラプラは「いえ」と短く返事をして、説明の続きを語った。
「それで、道中で彼らと会いまして」
「かれら?」
ラプラが指差す方向には、なんとなく見覚えがある人たちがいる。そのうちの一人、ヒスがこちらの状況に気づいて軽く手を振る。ラプラはそれを見ながら「みなさん、あなたのお知り合いのようですよ」と言った。
「え……まさか」
ラプラの説明から嫌な予感を感じて、イリスの表情が思わず歪む。これ以上昔の自分を掘り起こして欲しくないと願っているが、現実はそうはいかないらしい。
「レイリス、気づいたのか」
やがてヒスがそう声をかけながらこちらにやってくると、イリスはついに彼らの正体を確信して思わず叫んだ。
「……イヤだよ、もう二度と会わないって言ったじゃん!」
主にヒスに対してそう叫んだイリスに、ヒスは「そんな別れた元カレみたいに言うなよ」と苦い顔をする。だが確かに別れ際にそうイリスに言われたヒスなので、あまり文句も言えない。相手方の心情を鑑みると、猶更自分たちのような過去を知る存在には会いたくないだろうし。
「まぁまぁ、そう嫌そうな顔するな、こっちは会えてよかったって思ってるぞ」
ヒスがそうため息と共にイリスに告げると、カナリティアたちもイリスが目覚めたことに気づいて駆け寄ってきた。
「レイリス、お久しぶりですねっ! 私はお会いしたかったですよ!」
「えぇ、お久しぶり、です……」
「ううっ……カナリティアにリーリエまで……」
ヒスには感情のままにだいぶひどいことを叫んでしまったが、さすがにイリスもカナリティアやリーリエに対してはそんな態度はとれない。嬉しそうな笑顔の彼女たちを見ると、同じ表情を返さざるを得なかった。
「久しぶり……はっ!」
諦めて挨拶を返そうとしたイリスは、そこで自分の今の姿を思い出す。ラプラの願いをかなえる為にホイホイと安請け合いして性別を変えてしまったが、よりによってそのタイミングで彼らと顔を合わせるなんて不運の一言に尽きる。イリスは混乱した様子でラプラに助けを求めた。
「あ、あぁ、ちょ、まって……! 最悪だ……どうしよ、ラプラ……っ!」
するとラプラは素早く反応し、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべてカナリティアたちに制止の声をかける。
「あ、皆さんちょっと待ってくださいね。イリスが混乱しているので私の方で説明を先に。すぐ終わりますので」
そう説明するや否や、ラプラは後ろを向いてイリスにこんな話を耳打ちする。
「大丈夫です、イリス。あなたのことは先ほど私が上手く誤魔化しておきましたから。あなたが魔物化していることは彼らは知りませんよ」
「あ、そうなんだ。ごめん、それは助かるよ、ありがとう……でも、具体的にはどんな説明を?」
ラプラの言葉にイリスは一旦はホッと安堵した表情を浮かべる。しかしその表情はすぐにまた曇ることとなった。
「はい。魔物化していることは隠さなければならなかったので、あなたのその姿は魔物の呪いによってそうなってしまったと伝えておきました」
「ふ~ん……呪い?」
「呪いです。呪いですから仕方ないですよね……というわけで、しばらくその姿のままでお願いしますね。魔物化していることを隠すためには必要な設定ですからねぇ」
「……えぇ?!」
イリスに拒否する暇も与えず、ラプラは「話を合わせてください、お願いします」と言ってまたカナリティアたちに向き直った。そして彼は未だ抱き上げたままで解放していないイリスに、「ではイリス、お話をどうぞ」と笑顔で促す。イリスは冷や汗を搔きながらラプラの笑顔の圧に押されて、抱っこされたまま「はい」と頷いた。
「え、えーっと……久しぶり」
「えぇ、本当に……あなたのことはヒスも気にしてましたし、私も心配してたんですよ」
駆け寄りながらそう伝えるカナリティアの言葉と表情からは、本気で自分を心配していたということが伝わってくる。自分なんかをそこまで気にかけてくれる存在がいたことは素直に嬉しいし、一方で申し訳ないとも思う。しかしどうしても”ヴァイゼス”を捨てるためには仕方なかったことでもあったので、イリスは困った様子で曖昧に頷いた。
「あ、それで聞きましたよ?! その姿、魔物に襲われたとかで……! 大変でしたね……大丈夫ですか?」
「う~ん、ダイジョウブ。いや、全然大丈夫じゃないけど……うん……」
しどろもどろにカナリティアの問いに返事するイリスを遠目で見て、ユーリは「あいつにしてはド下手な演技だな」と感想を漏らす。しかしカナリティアたちはとくにイリスの態度を不審には思っていないようだった。
そしてカナリティアはイリスを励ますためにか、心からの善意100%でこうも言う。
「でも気を落とさないでくださいね、その……全然アリだと思いますよ」
そんな彼女の後ろではリーリエも「はい……アリです」と真顔で頷いている。励まされているのだろうが、むしろその反応の方がイリスの心にはダメージが大きかった。アゲハに至っては「レイリスさんてやっぱり女性ですよね?」と勘違いを再開させているし。
「いや、違う! ナシだよ、ナシ! この姿には訳が……」
「イリス?」
ショックのあまり思わずネタ晴らししそうになったイリスに、ラプラが笑顔でまた圧をかけてくる。途端にイリスは「なんでもないです」と蒼白な顔色で首を横に振って、彼女たちの誤解についてを訂正することを諦めた。




