浄化 99
「わぁー! すっごいですねーっ!」
再び空高くへと飛翔したナインの背中の上で、カナリティアが歓喜に声を上げた。彼女は身を乗り出しそうな勢いで「遠くが良く見えますよ!」と、嬉しそうにナインの背中の上ではしゃぐ。そんな彼女を隣に座るユーリが「マジで危ないからカナリティアさん落ち着いて?!」と宥めた。
「カナリティアさん、落ちちゃうから!」
「大丈夫ですよ、ユーリさんは心配性ですね~」
「いや、マジで危ないからっ! 俺一回落ちてるからわかるけど本気でヤバイんですよ?!」
「え~?」
なんだかテンション高めのカナリティアを横目で見て、ヒスは思わず苦笑を浮かべる。きっとユーリと再会して嬉しさのあまりのテンションなのだろう。確かにはしゃぎすぎて危ないと少しヒヤヒヤするが、しかしユーリもいるしと彼はカナリティアのことはそのまま見守ることにした。
「……で、リーリエ、お前は大丈夫か?」
ヒスが視線をカナリティアからリーリエに移すと、彼女はいつも以上に暗い顔で両手を組んで何かに祈っている。
「あぅ……どうか落ちませんように……神様お願いします……」
「リーリエ、お前信徒じゃないだろ」
高所の恐怖から何かの神に祈りだしたリーリエを見て、ヒスが心配そうな眼差しを向ける。リーリエは虚ろな表情で視線を上げ、ヒスを見返した。
「でも、祈らずにはいられません……こ、こんな高いところ……ううぅ……」
イリスほどではないが、リーリエも高いところは苦手らしい。ちなみにイリスはいまだに気を失っているのでラプラが抱え、彼らは先ほど同様にナインの後方を飛んでいた。
「大丈夫ですよ、リーリエさん! ナインさんも言ってましたが、安全飛行なので落ちないですよっ!」
隣のアゲハの励ましにリーリエが虚ろなまま顔を上げ、「だといいのですが」と呟く。そんな彼女にアゲハはいつも通りの元気さと満面の笑みを向け、「怖かったら手を繋ぎましょうか?」と言った。
「え、えぇ……?!」
「っていうか私もちょっと怖いことは怖いので、手を繋いだらお互い怖くなくなるかもしれませんし……」
笑顔でリーリエを励ましていたアゲハだったが、彼女も若干不安だったらしい。ちょっと恥ずかしそうにそう呟くアゲハがなんだか可愛くて、リーリエは小さく笑って手を差し出した。
「それなら……お願いします」
少し緊張した様子で手を出したリーリエに、アゲハは嬉しそうに「はいっ!」と返事をしてその手を取る。そんな微笑ましい二人の様子を見て、ヒスは正面に座るジュラードの声をかけた。
「俺も手を握ってやろうか?」
「結構だ」
速攻で拒否するジュラードに、ヒスは苦笑して「冗談だよ」と言う。そんな彼をジュラードは奇妙なものを見る目つきで見返した。
「そ、そんな顔で見ないでくれ。俺は医者としてお前のことが心配で気にかけただけなんだから……」
ヒスは「少しふざけ過ぎたか?」と頭を掻き、そんな彼にジュラードは小さくため息を吐く。
「ユーリたちの知り合いらしいから、あんたたちがいい人だということはわかってる」
少しでも自分と打ち解けようとしているヒスの態度は理解できているジュラードなので、彼は気怠い表情をしつつもそう彼に返した。そんな彼にヒスは今度は心配した眼差しを向ける。
「辛そうだな……悪い。医者だというのに、俺はお前に何もできず……」
「……。」
禍憑きという病を治して苦しむ人を救いたいと考えている医者は多いだろう。彼もその一人であり、目の前の罹患者に何もできない無力さを感じているのだろうか。真っ当な正しい人だからこそ、出会ったばかりの自分に対しても苦しんでいるのだろう。
「いや、俺も……同じだった。今まで禍憑きで苦しむ妹に対して何もしてやれなかったから」
「そうか……」
沈痛な面持ちで言葉を返すヒスに、ジュラードは少し笑って「ありがとう、心配してくれて」と言う。その言葉にヒスもほんの少し笑みを返した。
「まぁ、何もしてやれないと言っても体調が悪かったら相談してくれ。多少マシになるようには対処できるだろうし」
「あぁ。でも、大丈夫だ。ローズたちの所へは、もうそろそろ着くだろうし……」
そうジュラードが言うと、タイミングよくカナリティアが「あ、見えてきましたよ!」と前方を指差しながら声を上げる。ジュラードも顔を上げて正面を見ると、砂漠の真ん中に存在するオアシスの都市が見えた。
「ほら」
ジュラードが笑ってそう言うと、ヒスは「そうだな」と頷く。
ナインの飛行のおかげで、体にはほとんど負担はかからず砂漠を超えることができた。そのことにほっとしながら、ジュラードはクノーの都市を見下ろす。
(ローズたちは大丈夫だろうか……)
周りにはローズたちのことを絶対的に信頼して『大丈夫』と言っていたジュラードだが、しかしやはり若干の不安はある。信じてはいるが、まだ調合が完了していなかったりしたら……と、そう思わないこともない。だが、心配していても仕方ない。
「クノーで降りるワけにハいかねぇから、その手前で降りるゾ。お前ら、落ちないようにしっかりツかまってロよ」
ナインの呼びかけが聞こえて、彼の飛行する高度が若干下がる。ジュラードは緊張した面持ちで、まだ気を失っているうさこを力強く抱きしめた。
「イリス、着きましたよ」
「……。」
クノーの手前、目立たぬ岩陰に着地したナインに続いて、ラプラもイリスを抱えたままで地上に降り立つ。しかしラプラが声をかけても、イリスは相変わらず気絶したままだった。
「イーリス?」
ナインの背中からジュラードたちが順番に降りていくのを横目に見つつ、ラプラはどうすべきかと思案する。このまま抱っこして運んでも彼的には全然いいのだが、道中の先導役としては現状イリスが一番適任なのでそろそろ起きてもらわないとおそらく困る。イヤ、本当にこのまま美しい寝顔を見続けるというのも、本当にそれはそれでいいのだが。
「イリス、起きないのでしたらこのまま口づけしても……」
「……。」
「……じゃ、ちょっと物足りないですね。そうだ、このまま夫婦の契りを交わしてしまいましょうか。というかさっさとそうすべきでした。私とあなたが一つになるには、あとは決定的な既成事実が必要ですからね。じゃ、早速ちょっとあちらで……」
「……ぅ……いやだっ!」




