浄化 97
ユーリの悪意ある適当な説明を受けて、良い意味で単純なアゲハは「えぇ、私ってまた騙されちゃったんですか?」と信じ始める。しかしアゲハは誤魔化せても、残りの者たちは当然そうはいかない。
「ユーリ、どういうことだ……?」
「えぇ、どういうことでしょう。その方は確かにレイリスに似てる気はしますけど……」
「……。」
「あー……えっと~……」
さすがにヒスやカナリティア、リーリエは誤魔化せないかとユーリは頭を掻く。しかしこれを正直に説明すると、イリスが魔物化していることも説明しなくてはならない。本人があまり周囲には明かしたくないと思っていることを勝手に話していいものかと、さすがのユーリも迷うようだった。すると困り果てたユーリの代わりに、ラプラが深刻な表情となり口を開く。
「実はここだけの話、魔物の呪いを受けてしまいましてこのような姿に……」
「え、そうなんですか?! そ、それは大変な目に……」
驚くカナリティアの隣で、ユーリも「それは俺も初耳だな」と小声で呟く。それを一瞬疑問に思ったヒスだが、しかしそういう理由ではあり得ることなので「そうなのか」と真顔で頷いた。
「魔物の呪いか……それじゃあ元に戻れないのか?」
「えぇ、現状元に戻る方法が無いのですよ。ですからしばらくはこの姿のままです」
沈痛な面持ちで平然と嘘を並び立てるラプラに、ユーリは何か引っかかるものを感じる。ユーリはラプラに近づいて、囁くように聞いた。
「おいおい、オメーなんだその大嘘は」
「イリスが魔物だとバレてしまうよりはマシかと思いまして」
「いや、お前その嘘は絶対そいつに元に戻ってほしくないだけだろ」
「そんなことは」
ユーリの追及に対して胡散臭い笑顔を見せたラプラは、直後に暗い眼差しでこうも呟く。
「……まぁ正直なところ、このままでしたら私に大変都合がいいのは事実ですね。指輪も渡しましたし、あとは決定的な既成事実を作ればイリスは私と一つにならざるを得ないのでは……? ふふ、ふふふっ……」
笑顔なのにまったく笑ってない目つきのラプラが恐ろしすぎて、さすがのユーリもイリスが少し可哀そうになった。
「……けどどうでもいいや、イリスのことだし。俺にはマジで関係ねぇな」
少しは同情するが、しかし基本的に心底どうでもいい……というか多少不幸になってほしいくらいなので、ユーリもラプラの嘘に乗ることにする。心配そうな表情で「レイリス、気の毒で心配ですね」と話しかけてきたカナリティアに、ユーリは「そっすねー」と適当に頷いておいた。
「……。」
しかし一人リーリエだけは、何か腑に落ちない顔をして皆の様子を眺める。するとそんな彼女にラプラが近づいて、耳元で小さく囁いた。
「あなたは真実に気づいているようですが……どうか、内緒にしておいていただけませんか?」
「ひぇ……っ! あ、あの……わたし、は……」
突然声をかけられて動揺するリーリエだが、彼女は恐る恐るといった様子でラプラに問い返す。
「わ、わたし……その、レイリスから……魔物の気配を感じるのですが……やっぱり、それって気のせいじゃなく……」
「えぇ。ですからそのことは内緒にしておいてください」
リーリエの言葉を優しく肯定し、ラプラは「お願いしますね」と念を押す。一見笑顔だが凄まじい圧を感じるラプラにリーリエは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、彼女は泣きそうな顔で何度も首を縦に振った。
直後、上空から大きな黒い影がゆっくりと降りてくる。
「おい、なんか空からまた……来るぞ?!」
「ドラゴンですね」
ヒスとカナリティアが空を見上げてそう言うと、ユーリも同じく上を見遣って「お、やっと来たか」と安堵の表情と共に言った。
空から降りてきたのはナインとジュラードで、ユーリは彼らに向かって「おせぇぞ」と呆れた顔で声をかけた。
「しょうがねぇダろ、こいつ落とスわけにもいかねぇんだかラ」
ナインはユーリの文句に対してそう返しながら、砂を巻き上げぬようゆっくりと着地する。ジュラードを落とさないように慎重に降りてきたので時間がかかったらしい。
すると『喋るドラゴン』という奇妙な存在に対して、当然のようにヒスたちが驚愕の反応を見せた。
「ど、ドラゴンが喋っている……!」
「えぇぇー、どういうことですか?!」
ヒスだけではなく、ナインの正体を知らないアゲハも口に手をあてて驚く声をあげる。すると今度はリーリエは驚きつつも、「魔物ではないようです……」と小さく言った。
「魔物の気配は……あの存在からは、感じません……」
「魔物ではない……では何者でしょうか?」
リーリエの呟きを聞いてカナリティアがユーリに問うと、ユーリは「あのドラゴンがナインっていう男で、今背中から降りてきたのがジュラードです」と説明した。
「俺たちジュラードの妹さんの禍憑きをどうにかするために一緒に行動してて、ナインは道中でイリスがスカウトした魔族っすね」
「そうなんですか、あの方も魔族」
ユーリの説明にカナリティアは納得するが、ヒスは「ドラゴンの魔族なんて聞いたことないぞ」とユーリに返す。しかしユーリはカナリティアに対して説明した態度とは打って変わって、不機嫌な表情で「うるせーな、魔族なんだよ」とヒスに言った。
「だからお前、カナリティアと俺で態度が違い過ぎないか?! カナリティアだけじゃなく、俺もお前のことさんざん面倒見ただろ!」
「そういう恩着せがましいところが気に食わねぇ」
「お、恩着せがましい……」
ユーリのひどすぎる言い分にショックを受けるヒスに、カナリティアは苦笑しながら「ユーリさん、照れてるだけですよ」とフォローする。ユーリは無言だった。
「あの、はじめまして……俺はジュラードです」
ナインの背中から降りたジュラードは、ラプラから目を回しているうさこを受け取りつつカナリティアたちに挨拶する。
ユーリの様子などからカナリティアたちが彼の知り合いであることはすぐに察しがついたので、ジュラードはユーリに「また知り合いに会ったのか」と声をかける。ユーリは苦笑しながら「まぁな」と頷いた。
「ジュラード、早速また会っちゃったね!」
「あぁ、アゲハ……相変わらず元気そうだな」
アゲハの元気な様子にジュラードが笑みを返すと、アゲハはちょっと心配そうな顔になって「ジュラードは逆に元気なさそうだね」と言った。
「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
「あ、それは……」
自分が禍憑きを発病したことを説明するか一瞬悩んだジュラードだったが、どうせこのあとローズたちにも会って説明するのだろうし、彼らには隠さなくてもいいかと考える。そうしてジュラードは自己紹介と合わせて、アゲハたちにも自分の禍憑きを打ち明けた。
「え、ジュラードさんも禍憑きに?!」
「あぁ」
ジュラードの説明を聞き終え、アゲハはひどくショックを受けた顔で「そんな」と呟く。ヒスも医者として心配なようで、「それならこんな砂漠の真ん中で立ってる場合じゃないぞ」とジュラードに声をかけた。




