浄化 96
「ぬああぁっ!」
ユーリが砂の上に落下すると激しい砂煙が上がる。しかしラプラが途中落下を止めてくれたおかげで、落ちて死ぬような高さから落ちる羽目にはならずに、少々体が痛いだけで済んだ。……と、思いきや。
「おっと、失礼っ」
「ぐえっ!」
ユーリを押しつぶすように、彼の上にラプラが着地する。ラプラはイリスを大事に抱えているので、実質二人分の体重が彼にのしかかった。ラプラはすぐにユーリの上から降りたが、しかしユーリは恨めしそうな顔で起き上がり彼を睨む。
「ラプラてめぇなにしやがる!」
「ですから、失礼と言ったじゃありませんか」
「それで許されるかっ!」
そんなふうに二人……というか、主にユーリが騒いでいると、近くで思いもよらぬ声がする。
「……ユーリ、さん?」
「え……?」
ユーリが声がした方に顔を向けると、そこにはモロに乗った数人の人影。そのうちの一人、小柄な少女のような人物にユーリの視線は固定される。彼は驚愕した表情で目を見開いた。
「……カナリティアさん!」
ユーリがそう声を上げると、少女――カナリティアはモロを飛び降りて「やっぱりユーリさんじゃないですか!」と彼に駆け寄る。そのまま彼女は砂の上に座って驚くユーリに抱き着いた。
「わっ!」
「もー、こんなとこでお会いするなんて! びっくりしましたよっ!」
カナリティアに抱き着かれて、ユーリはどう反応していいのかと困った様子を見せる。そんな彼などお構いなしに、カナリティアは「空から落ちてくるなんて危ないですよ」とユーリの無事を確認するように彼の体をベタベタと触った。
「ちょ、カナリティアさ、なんか恥ずかし……っ」
「ケガはないですか? 骨とか折れてません? いくら丈夫だからって、無茶ばっかりしないでくださいね?」
相変わらず心配性の”姉”にユーリが困り果てていると、モロから降りてもう三人ほど近づいてくる。そのうちの一人が先日別れたばかりのアゲハで、彼女も驚いた様子でユーリの元に駆けよった。
「ユーリさん、なんでこんなところに?!」
「アゲハ! いや、それはこっちのセリフだけど……」
ユーリはアゲハの後ろに立つ二人に視線を向ける。そうして彼は二人のうちの一人、眼鏡をかけた男性に声をかけた。
「ヒスぅ?」
「久しぶりじゃないか、ユーリ。骨折れてたら応急処置くらいしてやるぞ」
ヴァイゼス時代に何度も世話になった医師のヒスと再会し、ユーリは喜ぶ……ことは当然せず、一瞬嫌そうな顔をする。それを見逃さなかったヒスは、「その反応……」と苦い顔を浮かべた。
「カナリティアと違い過ぎないか?」
「おう、男と再会して喜ぶ趣味はねーんだよ」
言いながらユーリは最後の一人に視線を向け、「で、あんたは?」と声をかける。頭から深く頭巾を被っている人物は背丈から女性のようであったが、顔が見えないので誰なのかわからない。この面子的にヴァイゼス関係の誰かではないかとユーリは予想するが……。
「あ、あの……私、リーリエです……」
頭巾をわずかにずらしてそうあいさつしたのは、ユーリの予想通り元ヴァイゼスメンバーのリーリエだった。しかし彼女とは面識が薄いユーリだったので、すぐには誰だったかが思い出せない。
「あー……えーっと……リーリエ……さん……?」
「ユーリさん、リーリエさんのこと覚えてないんですか?!」
ユーリの反応にアゲハが顔を顰めて聞くと、ユーリは「はははー」と笑ってごまかす。するとリーリエは暗い顔で肩を落とし、虚ろに笑った。
「ふふふ、わたし……印象に残らないですし……影も薄いって言われるし、覚えてなくて当然です……うふふ」
「あぁ!? リーリエさん、ダメですよ! 後ろ向きに考えるの禁止ってしたじゃないですかー!」
アゲハはリーリエの肩を掴んでがくがくと揺さぶる。しかしリーリエは「ふふふ」と不気味に笑うだけだった。
「う~ん……ところでなんでお前らこんなところにいるんだ?」
リーリエを思い出せないことを誤魔化すようにユーリがアゲハに問うと、アゲハはリーリエを揺さぶるのを止めて「はい!」と元気よく返事をする。
「それはもちろん、ローズさんたちが調合している禍憑きの薬を頂きに!」
「え、ヒスに声かけてくるとは言ってたけど……お前ら行動早すぎないか?」
転送術でも使ってるんじゃないかと疑うくらいに行動が早いアゲハに驚いてユーリが問うと、アゲハは何故か自慢げな表情を浮かべた。
「ふふん、ユーリさん、私は世界をまたにかける優秀なシノビですよ? 各地の最短移動ルートは常に頭に入っています!」
「そうそう、アゲハについてったらすごい勢いでこっちに着いて驚いたぞ」
ヒスが驚いた様子でそう言うと、アゲハは照れたように「えへへ」と頬を掻いた。それを聞いてユーリは「さすがだな」と笑う。
「それにしても早すぎだと思うが……それでヒスたち連れてこっちに来たのか」
「はい! こっちに来るならと、途中でリーリエさんにも声をかけてここまで来ましたー!」
「えぇ……アゲハが突然来て驚きましたが……誘っていただいて、とてもうれしかったです……」
道中でリーリエを誘ったアゲハたちは、現在ローズたちの元へ向かうために砂漠越えをしていた、というのが相手側の状況らしい。自分たちの状況を説明し終えると、アゲハは「それでユーリさんたちは……?」と聞いた。
「たしかジュラードさんたちと魔物退治しているはずでは」
「あー、それは終わったから俺らもローズたちのとこに行く途中なんだよ」
ユーリが簡単に事情を説明すると、アゲハは「えー、ユーリさんたちこそ早くないですか?!」と驚きの反応を見せた。
「それで、お前たちが空から降ってきた理由は?」
二人の会話に割って入ったヒスは、ユーリの後ろに立っているラプラに視線を向ける。彼はうさことイリスを抱いたまま黙ってユーリたちの会話を聞いていた。
「そちらの方も紹介してもらいたいんだが……というか、その……」
「魔族の方ですよね? 空飛んでいましたし……はじめまして、私はカナリティアと言います。ユーリさんのお知り合いでしょうか?」
魔族に少々困惑するヒスに対して、カナリティアはユーリを解放して立ち上がると愛想よい笑みを浮かべて頭を下げる。
「えぇ、はじめまして。私はラプラと申します」
ラプラも薄く笑みを口元に湛えて挨拶を返すと、アゲハが「はい、ラプラさんはですねぇー!」と紹介を引き継いだ。
「ウネさんのご友人の方なんです! 以前も魔界でレイリスさんたちがお世話になったらしくて……」
そこまで言って、アゲハは「あれ、そういえばジュラードさんとレイリスさんは孤児院に帰りました?」とユーリに問う。ユーリは「いや、レイリスはさっきからそこにいるだろ」と、いまだ気を失ってラプラに抱えられているイリスを指差した。
「え?! レイリスさん……?!」
そういえばずっとラプラが誰か抱えているとは思っていたが、レイリスだとは思わずアゲハは驚く。それはもちろんラプラのお願いのせいで彼が彼女に――サキュバス化していることが原因だった。
「あれ、なんかレイリスさんが小さく見えますが?」
「あ? そいつ元からチビだったろ、そんなもんじゃね?」
「そ、そうですか? それはレイリスさんに失礼では……え、レイリスさんって男性だったって最近衝撃的な話を聞いたばかりなんですか……? あれ、なんか以前より女性に見えます……?」
「それはアゲハ、お前あいつに騙されてるんだよ。あいつは嘘つきで、お前は単純だからなー。かわいそうに、また騙されて……」




