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神化論 after  作者: ユズリ
浄化
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浄化 95

 襲い掛かる黒竜たちは、しかしその寸前で一瞬動きを止める。彼らの瞳が不気味な赤に輝きを増し、直後に黒竜は何故か互いを喰らい始めた。不可解な仲間割れを始めた黒竜たちは、互いに血肉をまき散らして遠ざかっていく。


「うっ……今のは先生が……?」


 黒竜が消えたのを確認しながらジュラードが隣のイリスに問うと、イリスは苦しそうに肩で息をしながらも笑顔で頷いた。


「うん。操った」


 知性が高いほど夢魔の能力で操るのは容易くなる。竜は魔物の中でも特に高い知性を持つ生き物だ。イリスは「呼ぶなら、もっと頭悪いのを呼べばよかったのにね」と、淫猥な笑みを浮かべながらハルピュイアを見つめて呟いた。


「ラプラっ!」


 イリスはラプラの背中に向けて声をかける。防御の呪術と合わせて夢魔の力も連続で使用しているので、自分の消耗がかなり激しい。防御術も長くはもたないと判断したイリスの声に、ラプラは背を向けたまま微笑んで応えた。


「えぇ、準備出来ましたよ。ありがとうございます、イリス」


 その返事を聞くと同時に、イリスの防御結界が水の泡となり消失する。ラプラがロッドを振るうと、彼の正面に黒の魔法陣が顕現。その大きさは変身したナインを大きく上回る巨大なものだった。


「奇遇ですね、私もあなたと同じことをしようと思っていたんですよ」


 翼を羽ばたかせて攻撃しようとするハルピュイアを見ながら、ラプラはそう笑いながら呟く。隻眼の眼差しには残忍な感情が宿っていた。


「ただ私のはあなたとは比べ物にならない大きさですけど」


 ラプラが生み出した魔法陣から、黒い稲光と共に何かが出現する。それは黒い鱗に覆われた竜の前足だ。ただしその大きさは異常で、足だけで五メートルはあるだろう。その様子から、全貌は巨大すぎて魔法陣からは足しか出せないのかもしれない。あるいは足だけで充分ということだろうか。それを証明するかのように、魔法陣から現れた巨大な黒竜の足は、鋭い鉤爪でハルピュイアを一瞬で引き裂いた。


「なんだ、今のは……」


 ハルピュイアが美しい羽と血肉を散らして地に落ちていくと、魔法陣と共に巨大な黒竜の足も消失する。その光景を見ながらジュラードが呆然と呟くと、飛行しているナインが独り言のようにこう呟いた。


「あんな化け物、一体どうイう契約で従えてルんだ……」


 その声には初めて聞くナインの畏怖の感情が感じられ、ラプラはよほど恐ろしい存在を呼んだのだとジュラードは理解する。

 ナインの呟きはラプラにも聞こえたであろうが、彼は何も答えず失われた右目に手を触れて静かに笑った。


「おー、なんかわかんねぇけど何とかなってよかったー!」


「きゅうぅ~!」


 ラプラが呼んだ化け物の衝撃が強すぎて硬直していたジュラードだったが、ユーリとうさこの声でハッとする。


「先生、ありがとうございます」


 おそらく自分を守るために高所で頑張ってくれたイリスにジュラードがそう礼を告げると、相変わらずイリスはユーリに引っ付きながら「うん、何とかなってよかったよ」と笑った。その目がいつもの蒼い目であったので、ジュラードは内心ほっとする。


「あぁ、ラプラもありがとう……」


 ジュラードがもう一人の功労者であるラプラにそう声をかけようとすると、ユーリが「わ、やべぇ!」と慌てだす。


「おい性悪、てめーいい加減離れろ!」


「無理! 怖いって言ってるじゃんっ! やだやだやだ!」


「ふざけんな! お前と必要以上に関わるとあの変態からよけーな恨みを買うんだよ!」


 ユーリが慌てた理由は、自分に引っ付いているイリスが原因だった。こんな光景をラプラに見られたら、彼から無駄に恨まれて面倒くさいことになるのは間違いない。なのでラプラが振り返る前にイリスを引きはがそうとしたユーリだったが、とにかく高いところが怖いイリスも必死で抵抗する。すると二人は揉めた勢いでバランスを崩し、あろうことかジュラードの目の前で共にナインの背から落下した。


「先生っ! ユーリっ!」


「いやあああああああああああああああああああぁあぁっ!」


「うわあああああぁああぁああぁっ!」


 蒼白となったジュラードの叫びは、落ちていくイリスとユーリの絶叫にかき消される。さらに最悪なことに、二人を助けようとしたのかうさこまで「きゅうぅ~!」と鳴きながらジュラードの腕から飛び出して落ちてしまう。


「うさこっ……!?」


「おいバカ、なに落ちテんだっ!」


 ナインの焦った声が聞こえるが、ジュラードも混乱してどうしていいのかわからない。遠ざかり落ちていくユーリたちの姿を、ジュラードは動けずただ呆然と見下ろした。




「イリス、お前飛べるんだろ! なんとかしろっ!」


 ユーリは落下しながらイリスにそう必死で声をかける。しかしイリスから反応はなく、よく見ると恐怖のあまりすでに気を失っていた。


「寝てんなばかー!」


 ユーリは必死にイリスに呼びかけるが、イリスは反応しない。その間にも徐々に近づく地上に、さすがのユーリも蒼白な顔で「マジでヤバイかも」と言った。


「いやだ~アーリィちゃんに会えないまま死ぬなんてっ!」


 あとほんの数メートルで砂の上に叩きつけられる。ユーリが固く目を閉じて死と衝撃を覚悟すると、突如体の落下が停止する。覚悟した衝撃が訪れなかったことに、ユーリは驚きと疑問で目を開けた。


「へ?」


「間に合いましたか……まったく、心臓に悪い」


 目を開けると、珍しくひどく焦った顔のラプラがユーリの服を掴んで落下を防いでいた。当然もう片方の手でイリスも抱えており、さらにうさこもしっかり回収したらしい。ちなみにラプラがイリスを抱える手で掴んでいるうさこも、目を回して意識を失っていた。


「ラプラ、お前……マジで助かりました……っ!」


「あなたを助けたのはついでですけどね。イリスが落ちてなければ放っておいたかもしれません」


「そうかよ!」


 ブレないラプラに少々悪態をつきながらも、ユーリは「まぁでも本気で今回は死ぬと思ったから感謝するわ」とラプラに言った。しかしラプラはなぜか不可解な返事をユーリに返す。


「礼を言うのはまだ早いかもしれませんよ」


「え?」


 ユーリが怪訝な顔でラプラを見上げると、ラプラは真顔で「さすがに重量オーバーでした」と言う。


「え、ちょっ……」


 一旦停止していた落下が再び再開する。ラプラの翼では二人を抱えては飛べず、彼らは結局数メートル下の砂の上に落下した。

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