浄化 86
「なんでお二人とも、私の考えてることがわかるんですか?! なにかの超能力ですか?!」
「えっと……アゲハって言いたいことが顔に出てると言いますか……わかりやすくて……」
「そうだな、隠し事できないタイプだよな」
二人が苦笑しながらそう言うので、アゲハはガクッと大袈裟に肩を落とした。
「そんなぁ……それってシノビとしてかなり致命的にダメな部分ですよぉ~」
アゲハは顔を上げて残念そうに「驚かせたかったのになー」と口を尖らせる。そんな彼女を、やはり苦く笑いながら見つめて、カナリティアが「すみません」と言った。
「でも、驚きましたよ。レイリスに会ったんですか」
「ですです~!」
ヴァイゼスの誰も――ジューザスすら行方を知らなかったレイリスなので、ヒスもカナリティアもその名がアゲハの口から出たことは素直に驚きであった。ヒスも思わず目を丸くして、「元気そうだったか?」とアゲハに問う。
「はい、お元気そうでしたよ~! なんと! 今は孤児院で先生さんをしていますよっ」
「はぁ?!」
予想外過ぎるレイリスの転職先に、ヒスは飲んでいた紅茶を思わず吹き出す。カナリティアも驚いた様子で「そうなんですか」と言った。
「あ、あいつが他人の保護者を……? そんな人として真っ当なことを……信じられん」
「ヒス、失礼ですよ。意外ではありますけど、ああ見えて彼は以前から面倒見のいい性格だったじゃないですか」
「そうですよ、ヒスさんっ。レイリスさん、素敵な先生って感じでしたよー。それになんだかとても楽しそうでしたし!」
笑顔でそう語るアゲハを見て、ヒスは「それならよかったよ」と自然と安堵の言葉を口にしていた。ヴァイゼスという場所でただ壊れていくレイリスを見ていることしか出来なかったと考えるヒスなので、レイリスがヴァイゼスを出ていく日に唯一見送ったことも含めて、彼のことは心のどこかで常に気にかけていたのだろう。
「そうそう、そのレイリスさんが先生してる孤児院でも禍憑きを患っている女の子がいて、その子のお兄さんがローズさんたちと一緒に禍憑きを治す方法を求めて旅してたんです」
アゲハがそう説明をすると、カナリティアは「それで、禍憑きの治療法が見つかったわけですか」と理解を示した。
「ですです。もちろんジューザスさんとかの協力もあって……とにかくみなさんで協力したら、奇跡が起きたわけですよー!」
「奇跡か……まぁ、本当にそうかもしれないな。正直、こんな早く治療薬が見つかるとは思ってなかったし」
「それでヒスさん、カナリティアさん、どうですか? レイマーニャ国のクノーにある中央医学研究学会にローズさんたちがいるんですけど、ぜひぜひ一緒に行きませんか?」
アゲハは改めて先ほどの提案についてを二人に問う。一緒に薬を取りに行かないか、という話だ。
カナリティアは「私は出来れば皆さんにお会いしたいですけど」と言いつつ、ヒスに視線を向けた。
「でも、ヒスが忙しいですからね……」
「あうー……ですよねぇ」
この辺一帯の住人の健康を任されているヒスなので、そう簡単に『行く』とは言えないだろうことはアゲハも予想していた。なので彼女は「それじゃやっぱり私が薬をお届けに来ますね」と早々に諦める。しかしヒスは少し考える様子を見せてから、「いや」と首を横に振った。
「確かに忙しいことは忙しいが、学会に顔を出さないと、とは思ってたんだよな」
「え、ヒス、そこに用事があるんですか?」
カナリティアが驚いた様子で問うと、ヒスは「まぁな」と頷く。
「え、ってことはヒスさん、行きますか?! 行きましょうか?!」
わくわくと目を輝かせるアゲハを見て、『行かない』とはとても言いづらい。ヒスは苦笑しながら「すぐってわけにはいかないぞ」と彼女に返した。
「えぇー、でもでもヒスさんも早めに薬必要ですよね~?」
「ま、まぁ、それはな」
「それじゃあヒス、行ってみましょうよ」
女子二人の強い押しに負けたヒスは、結局苦い顔で「わかったよ」と頷いた。
「しかしそうなるとしばらくここを空けることになるなー。誰かに事情を話して、何かあれば近くの村の医者を頼ってもらうよう頼まないと……」
ヒスはそう言いながら腕を組み考え、すぐに何かひらめいたのか顔を上げる。
「お、そうだそうだ、適任がいるじゃないか」
「ちょっとヒス、まさかあの人に頼むんじゃないですよね……?」
ヒスが何を考えたのか、察しの良いカナリティアが嫌な顔を浮かべる。そんな彼女にヒスは笑って「いいじゃないか」と言った。
「カイナなら任せて安心だろ?」
「何を根拠に安心なんですか。安易に彼を巻き込んだり、頼ったりしないでください。私が色々と面倒なんですから」
「照れてるのか?」
「違いますっ!」
ヒスの指摘にカナリティアは顔を赤くして否定する。直後、外から丁度良すぎるタイミングで「カナリティアさーん!」と叫ぶ声が聞こえた。
「おぉ、噂をすればお前の未来の旦那が来たぞ」
「ヒスっ! ふざけた冗談言ってると、その眼鏡を叩きのめしますよっ!」
隣の部屋から眼鏡を叩きのめすために緑のウサギがゆっくりとやってきて、ヒスは「冗談だ」と慌てて訂正する。
「まぁ、でもちょうどいいし、今、カイナに相談してみよう。その方が俺も安心だし」
「もーっ……」
不機嫌そうなカナリティアに苦笑しつつ、ヒスはカイナを迎えに玄関へと向かった。
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