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神化論 after  作者: ユズリ
浄化
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浄化 85

 少し時は遡り。



 早朝、常日頃から忙しい医師の彼は早々に今日の仕事を開始しようと着替えながら寝室から出てくる。しかし彼が向かったキッチンには、そんな彼よりも早く起きて朝食の準備をする小柄な少女の姿が。


「あ、ヒス。おはようございます」


「カナリティア……お前、朝から何を作ってるんだ?」


 キッチンに漂う甘い香りに顔をしかめつつ、ヒスは寝惚け眼に眼鏡をかけて彼女の手元を凝視する。


「絶対に朝から匂っていい香りじゃないぞ、それ」


「何言ってるんですか、ただのブラウニーですよ。別におかしなものは作ってませんけど」


 笑顔で答えるカナリティアの手元には、甘いチョコレートの香りを放つケーキがあった。ちょうど今焼きあがったところなのだろう。うまく作れたことを喜んでご機嫌に鼻歌を歌うカナリティアの一方で、ヒスは引きつった表情で彼女を見つめていた。


「いやおかしい、朝からチョコレートのケーキなんて絶対おかしいぞ……まさかそれは」


「そうですか? 普通の朝食ですよ?」


 キョトンとして自分を見返すカナリティアに、ヒスは「やっぱりおかしいじゃないか!」と叫んだ。


「えー? そうですかねぇ……」


「悪いがカナリティア、俺は朝は普通にパンとか食べたいんだが……」


「ヒスはわがままですねぇ……じゃ、文句があるならあなたは好きなものを作って食べてください」


 ヒスの訴えにカナリティアは機嫌を損ねたようで口を尖らせたが、彼女の言い分にヒスはむしろホッと胸を撫でおろした。朝から甘いチョコレートケーキを食べさせられるより、好きなものを勝手に食べろと言われる方が彼にとってはよっぽどマシだ。


「そうか、じゃあお言葉に甘えて俺は健康的にパンとフルーツをいただくからな」


「どうぞ。……あとでコレがほしいって言ってもあげませんからねっ!」


 べっ、と子どものように舌を出したカナリティアにヒスが思わず苦笑を漏らすと、外から「ごめんくださーい」と元気な声が聞こえる。朝早くからの来訪者にヒスとカナリティアは顔を見合わせた後、その声で誰が来たのかはすぐにわかったので急いで共に玄関へと向かった。


「アゲハ!」


 玄関の扉を開けるとアゲハが立っており、彼女は笑顔で「こんにちはっ!」と二人に挨拶する。


「すみません、こんな朝早くに! ちょっと思ったより早く着いちゃって!」


 自分の移動速度を甘く見ていたのか、アゲハは少し困った様子でそう頬を掻きながら二人に説明する。


「もうちょっとゆっくり歩いてくるつもりだったんですけど」


「いえ、アゲハはとても足が早いですからね。ゆっくり移動なんて無理ですよ」


 カナリティアが笑いながらそう答えると、アゲハは「そうですか?」と照れた様子を見せる。そんな彼女にヒスも笑いながら「まぁ、入れよ」と声をかけた。



 室内に案内されたアゲハは、早速カナリティアが作ったブラウニーを差し出されて大喜びする。


「えー、朝からこんな甘くておいしいものを食べていいんですかー?!」


「朝ごはんですからね、どうぞ」


 ニコニコと笑顔で紅茶まで用意するカナリティアと、朝食と称して出されたケーキを大喜びで食そうとするアゲハの甘党女子コンビに、ごく普通の中年男性であるヒスは「ついていけない……」とドン引きした表情を浮かべた。


「ヒスが食べてくれないから、アゲハが来てくれてよかったです。やっぱり料理は自分のためより誰かのために作りたいですから」


「えー、ヒスさんってばこんなおいしいものを食べないんですかー? もったいないですよー」


「何度も言うが俺の胃はお前らほど若くないんだよ、残念ながら」


 ヒスはため息を吐いて「午後のおやつになら食べるよ」とカナリティアに言う。続けて朝早くからここへやってきたアゲハに、その理由を聞いた。


「それでアゲハ、今日はどうしたんだ?」


「はひっ、ひょうはですねぇ~」


 ケーキを口に頬張りながら喋りだしたアゲハに、ヒスは慌てて「食べ終えてからでもいいぞ」と言う。しかしアゲハは一旦甘い誘惑を味わうのをやめて、紅茶を一口飲んでから改めて説明のために口を開いた。


「今日はですね、すっごいお知らせをしに来ましたっ!」


「なんだ、そんなもったいぶって」


 ヒスもカナリティアから紅茶を受け取り、それを一口飲むと「禍憑きの治療薬でも出来たのか?」と聞く。するとアゲハは驚いたように「えー、なんでわかったんですか!」とちょっと残念そうな反応を見せた。


「え、出来たのか?!」


「そうですよー! だから驚かせようと思ってたのに、ヒスさんってばー」


 アゲハの言い分にヒスは「悪い」と謝りつつ、禍憑きの治療薬についてアゲハから詳しいことを聞きたいと向き直った。


「しかしそれは本当か、アゲハ」


「はいっ。……とは言っても多分、なんですが……」


 アゲハのはっきりしない言い方に、カナリティアが首を傾げて「どういうことでしょう?」と問う。ヒスも疑問の眼差しを彼女へと向けた。


「ええと、禍憑きを治す薬の材料までは集まって……私やジューザスさんたちがみんなで集めたものですね。で、今それをローズさんたちが調合している最中のはずなんです」


 アゲハがそう説明をすると、ヒスは「ローズたちが……そうなのか」と呟く。そして彼はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。


「そうか……いや、それは本当によかった、うれしい知らせだよ、アゲハ」


 一人の医師として禍憑きという病と闘っていたヒスは、ひどく安堵した様子でそう呟きを漏らす。そんな彼に、傍で見守っていたカナリティアも優しい眼差しを向けて「ですね」と言った。

 そんな二人の様子を見て、アゲハもまた笑みを浮かべる。


「はい、だから私、早くそのことをお伝えしたくて……こんな朝早くからお邪魔する結果に」


 頭を掻きながらそう説明するアゲハに、ヒスは「そうか」と微笑んだ。


「そんなわけでお知らせに来たんですけどー……あ、そうだっ!」


 ケーキをまた一口頬張りながら、アゲハは何か思いついたらしく声を上げる。カナリティアが「どうかしたのですか?」と聞くと、アゲハは二人にこんなことを言った。


「いえ、また薬が出来たらお届けしようかと思ったんですけど……せっかくですから、お二人も薬取りにいきませんか?」


「ん?」


 突然のアゲハの提案に、ヒスは「それは……」と考える。アゲハは「調合しているローズさんたちのところに一緒に行きませんか?」と改めて提案を説明した。


「マヤさんやアーリィさんもいますし、それにウネさんもいますからねっ」


「え、ウネがですか?! それは驚きましたね」


 ウネという懐かしい名前に、カナリティアは驚きと喜び混じる表情を見せる。ウネは魔族で、魔界に帰った存在なので、正直もう二度と会えないと思っていたのだ。ヒスも「そうか、ウネが」と、こちらも懐かしい名前を喜んだ。


「こちらに来てて、ウネさんもローズさんたちに協力して禍憑きを治す薬を作る手伝いをしてるんです」


「そうなんですね」


「あっ! お手伝いしていると言えばエルミラさんもですし、それに……」


 アゲハはもう一人、二人にとって懐かしいだろう人物の存在を思い出す。カナリティアが「どうしたんですか?」と聞くと、アゲハは誇らしげな顔をして「実は」とどこか勿体ぶった口ぶりで口を開いた。


「もう一人懐かしい方にお会いしちゃいまして、ふふふ」


「なんでしょう……レイリスにでも会いましたか?」


 今度はカナリティアに言い当てられて、アゲハはまた「えー、なんでわかるんですか?!」とがっかりした反応を返した。


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