浄化 83
ナインの転送術で孤児院へと戻ったジュラードたちは、ひとまず各々体を休めることにする。
「ナイン、すまない……わざわざ送ってもらって」
子どもたちが就寝した静かな孤児院の広間で軽い食事をとりながら、ジュラードは正面に座っているナインにそう声をかける。ナインは軽く「おぉ」と返事しながら、イリスが用意した食事の肉を野獣が獲物を食べるかの如き勢いで喰らった。
「んー……つか、そこは謝罪じゃなく、『ありがとう』じゃねーのか。さっきセンセイさんに注意されてただろ」
「なっ……」
ナインに指摘され、ジュラードは若干恥ずかしそうに言い直す。
「あ、ありがとう、送ってくれて」
「おう」
なぜか楽しそうに笑うナインに、ジュラードは照れ隠しでつい不機嫌そうな態度を返す。そんな彼の内心も理解してのナインの笑みであるので、気にせずに彼は食事を続けた。
「つーかお前、体調は大丈夫なのか?」
ナインと共に食事をしているジュラードだが、正直あまり食欲はない。頭痛とだるさもあって寝ていたい気もするが、『体力が落ちるといけないから』とイリスが心配して食事を用意してくれたので、なんとか頑張って食べていた。
「あんまりよくない……」
「だろうな、顔色悪ぃもんなー」
ゆっくり食事を進めるジュラードとは正反対に、ナインはすでに食べ終えそうな勢いだ。その勢いに圧倒されてジュラードが食事の手を止めていると、ナインは「まぁ、でも無理にでも食っておけよ」と言った。
「食事は体の基本だからな。食わねぇと元気が出ねぇし、治るものも治らねぇぞ」
「あぁ……ところでナイン」
「なんだー?」
「いや……まだ付き合ってくれるのかと、思って」
ナインには頼んだとおり孤児院の周辺に巣くう厄介な魔物を倒してもらった。彼がこれ以上自分たちに付き合う理由も義理もない。それをジュラードが暗に指摘すると、ナインは「メシ食ったら帰るかー」と突然言った。
「え?! あ、あぁ、そうなのか……?」
「冗談だ。夜も遅いしな。まぁ、もうちょっと付き合ってやるよ」
ナインは皿に残った最後の一切れの肉を口にしつつ、「俺の力が必要だろうからな」と言った。
「転送は便利だろ?」
「まぁ、確かに……すごく便利だ」
禍憑きに犯された体はひどく調子が悪いので、今は普通に移動するのもつらい。なので転送術が使えるナインがもう少し協力してくれるというのはとてもありがたい話だった。
「ありがとう……その、とても助かる」
「へへっ」
素直な礼を告げることにジュラードが少々照れくささを感じていると、「おいー俺もメシくれーっ!」と言いながらユーリが二人の元にやってくる。その頭にはタオル、そして両手にはうさことポチが抱えられていた。
「ユーリ、髪乾いてないぞ……」
頭にのせたタオルで誤魔化しているが、たった今まで風呂を利用していたユーリの髪はびしょ濡れだ。彼はジュラードの指摘に「うるせー」と言ってうさこを放り投げた。
「きゅううぅ~!」
「なんで俺が風呂でこの魔物どもを洗わねぇといけねーんだよっ!」
悲鳴を上げて宙を舞ったうさこをキャッチし、ジュラードは「ありがとう」とユーリに礼を告げる。ユーリは「んー」と返事してポチもその場に下ろした。
「ナインに追いかけまわされてポチは泥だらけだったし、うさこも汚れてたからな」
「だからってなんで俺に頼むんだよ、俺も腹減ってるんだっつのー」
ぷるぷると体を震わせて水分を飛ばすポチを横目に見ながらユーリも席に座り、勝手にジュラードの皿のパンを掴んで食べる。そんな彼にナインが「こいつにさせるわけにもいかねぇだろ」とジュラードを指さしつつ呆れ顔で言った。
「病人だぞ」
「わかってるよ。そうじゃなくてあんたが洗え! あんたのせいでポチも泥だらけになったんだしよぉー!」
「俺はメシ食うので忙しくてな。本気出して暴れると腹が減って仕方ねぇ」
「俺も減ってるんだが?!」
そんな感じでユーリが騒いでいると、イリスがちょうどいいタイミングで食事をもって彼らの元にやってくる。
「はい、コレはポチとうさこの食事。こっちはユーリの餌」
「逆だろ! 俺の餌ってなんだ!」
ポチ用の肉を床に置き、うさこ用の果物とユーリ用の食事をテーブルに置いたイリスは、怒るユーリを無視してジュラードに視線を向けた。
「ジュラード、もう少し食べた方がいいよ」
「あ、はい、大丈夫です、先生。ちゃんと残さず食べるので……」
豊かとはいえない孤児院の食糧事情を理解しているジュラードなので、食欲がないからと言って残すことはしないつもりだ。本当はナインたちの分の食事を優先して自分は食べていないイリスの方が心配だったが、きっと指摘してもはぐらかされるだけだろうとわかっているので、ジュラードは自分の食事に集中した。
「あ、ユエ」
イリスがナインの食器を片そうとした直後、部屋にユエとラプラもやってくる。二人は食料品などの荷物整理をしていたが、それを終えたので皆のいる広間へ戻ってきたのだった。
「二人ともお疲れ様。お茶持ってくるね」
「いいよ、イリス。あんたも休みなよ」
疲れているはずなのにまったく休む気配の無いイリスにユエが思わず苦笑するが、イリスは「お皿片付けるついでだから大丈夫だよ」と笑って行ってしまう。そんな彼を「私もお手伝いしますよっ!」と、こちらも疲れているわりにはそれを態度に出さないラプラが追いかけて行った。
「はー……しかし、ジュラードも禍憑きになるとは……」
イリスがお茶を用意するというので椅子に腰を下ろし、ユエは大きくため息を吐く。皆が戻ってきた直後に魔物の討伐の報告と共にジュラードが禍憑きを発病してしまったことを聞いた彼女だが、やはり改めてそのことはひどく落ち込む事態であるようだった。
「先生、大丈夫だ。ローズたちが薬を調合しているから」
「あぁ、それはさっきも聞いたよ。それでもさ……心配するなっていう方が無理だろう」




