浄化 82
ジュラードがそう疲れたように言うと、イリスも「そうだね」と頷いた。ジュラードが禍憑きを発病するという事態になってしまった以上、彼を休ませるために戻ることに反対するはいない。……この一人を除いては。
「まだその男を始末していないのですが」
「ラプラ、そういうのはもう後にしようよ……今、そんな事態じゃないんだから。ジュラードが心配でしょ」
イリスが疲れたようにそう言うが、ラプラは怖いくらいの真顔で「いいえ」と首を横に振る。
「彼のことは気の毒ですが、あいにくと私の中の優先順位はあなた、その他なので……」
「……」
ラプラの目がマジすぎて、イリスはもちろん周りもツッコむことができない。多分本当にこの危険物魔族はナインを殺さないと気が済まないんだなと、全員が理解した。
やがてジュラードを休ませたいイリスが、覚悟したようにこう口を開く。
「ラプラ……今いうこと聞いてくれたらなんでもする!」
「な、なんでも……っ! 本当ですか!?」
悪魔に魂を売るイリスに、ユーリが珍しく心配した様子で「おいおい、大丈夫かよ」と声をかける。まったくもって全然大丈夫じゃないが、そうでもしないとラプラがいうことを聞いてくれそうもないので、イリスは覚悟した表情で頷いた。
「なんでもする……うん……多分……常識の範囲内で……」
「いや、お前絶対犯されるじゃん」
「生々しいことを言うなっ!」
「先生、俺も先生が心配だ……なにも俺のためにそこまでしなくても……」
とても生々しいことを言うユーリへツッコむイリスに、ジュラードも心配した眼差しを向ける。自分のためにそこまで体を張らなくても……と心配する彼に、イリスは真面目な顔でこう言った。
「何言ってるの、ジュラードが大変なときなんだから、これくらい別に……だってあなたは大事な家族なんだから」
「!?」
イリスは真面目な顔のまま、驚くジュラードにこう言葉を続けた。
「子どもたちみんな大事な孤児院の家族だもの。みんなのためなら、ユエだって『なんでもする』って同じこと言うよ」
「先生……」
そう言ってからイリスは「まぁ、私はユエも大事だし守るけどね」と小声で付け足す。
「とにかくそれが大人の責任だから。私たちを頼ってね、ジュラード。そしてジュラードは何も心配せずに、今は自分とリリンのことだけ考えててほしいな」
そう強く言うイリスの言葉の裏には、リリンの病気を治すために一人飛び出した自身の性分に対しての警告があったのかもしれないとジュラードは思う。責任も含めてなんでも一人で抱え込み、誰かに頼ることをせずに一人で解決しようとするかつての自分への、だ。
「すみません……」
正直、先ほどまで自分が周囲に対して感じていたことは『こんな時に禍憑きになってしまったことへの申し訳ない気持ち』だった。だから、たった今口をついて出た言葉も謝罪だ。そんな彼に対して、イリスは思わず苦笑した。
「違うよ、そこは『ありがとう』って言ってくれないと」
「え……あ、そうですか……?」
困ったように戸惑いを見せるジュラードに、イリスは「うん」と優しく頷いた。そんな彼にユーリもにやにやと笑って「そうだなぁ」と言う。
「どーせ今も『禍憑きになったせいで足引っ張って申し訳ない』みてぇなこと考えてたんだろ~? だからつい謝っちまうんだよなー。ジュラードの悪い癖だぜ、それー」
「うっ……」
ユーリにまで自分の性格を正確に把握されていると、なんだか恥ずかしい。そんなにわかりやすいのか、自分は……と、ジュラードは思わず羞恥に項垂れた。
「よりによってユーリにまで考えを見透かされているなんて、すごく……イヤだ」
「おい、なんでだよ!」
「あーわかるよそれ、ユーリみたいな単純バカに見透かされるなんて屈辱だよねー。かわいそ、ジュラード」
「なんだとー! 失礼だぞ、てめぇら!」
怒るユーリの声を聴いているとなんだか少し心が軽くなった気がして、ジュラードは顔を上げた。すると予想外にナインと目が合う。ナインはなぜか楽しそうに自分を見ていて、ジュラードはひどく困惑した。
「な、なんだ……?」
「いやぁ、大事にされてんなーと思ってな」
「ば、馬鹿にしてるのか?!」
「なんでだよ。俺は思ったことを言っただけだぞ」
何か意地悪く見えるナインの笑みなので、ジュラードは訝しげに「本当だろうか」と呟く。ナインはそんなジュラードに対して、大きな手でおもむろに頭を撫でた。
「わっ」
「よかったな、青年。良い大人たちに囲まれて」
何か父親のようなナインの態度にジュラードは一瞬困惑したが、されるがまま無言でナインの言葉を聞いた。
「病気もよぉ、治すあてがあんだろ?」
「あぁ、一応……ローズたちが薬を作ってるからな」
「そうか。ならそんな心配することはねーな」
ナインの言葉にジュラードは「あぁ」と頷く。そう、今はもう絶望しかなかった頃とは違う。ローズたちに出会い、希望があるのだ。ジュラードは改めてそう自分を鼓舞した。
「それじゃ孤児院に戻ろう」
イリスがそう全員に声をかけると、ラプラがすかさず笑顔で彼に「イリス、約束は忘れないでくださいね」と言う。
「うっ……」
「なんでもするって約束、絶対ですよ。ふふふ、なんでもしてもらいますからね……? あぁ、イリスが私のためにあんなことやこんなことをしてくださるなんてっ……」
絶対に大変なことになりそうなラプラの圧を感じて、イリスはちょっと泣きそうになる。そんな彼の姿を見て、ジュラードはやはり申し訳ない気持ちになった。