浄化 79
「大きいと魔力消費の燃費悪いんだから、そいつ」
「おいマヤ、そいつ扱いをするな」
マヤの言葉に苦い顔をするフォカロルを、アーリィは「それじゃあ小さくするね」と言って魔力消費に少ない掌サイズに変える。マヤと同程度ほどの大きさになったフォカロルに、レイスは「や~ん、小さくてかわいいですねぇ~!」と歓喜の声をあげた。
「小さい人が二人も~! かわいくて写真……いえ、もう動画を撮りたくなってしまいますぅ~!」
「結構な貴重品よね、撮影機って。そんなものもあるのね、ココ」
マヤの問いにレイスは「ありますよ~」と笑顔で頷く。
「意外といろんな旧時代のものがあるんですよぉ、この場所~。だから楽しい職場です~」
「あ、それでちょっと頼みがあるんだが」
ローズがそう声をかけると、レイスは「なんですか?」と小首を傾げる。書庫に行きたい旨を伝えるタイミングをうかがっていた彼女は、少々遠慮がちにだが単刀直入に「書庫を見ることはできないだろうか」と聞いた。
「書庫ですかぁ?」
「あぁ。その、旧時代の本をもうちょっとだけ調べたくて……」
ローズの言葉にレイスはますます首を傾げ、「調合の方法はわかったんですよねぇ?」とローズに返す。ローズはそれには頷きつつも、「それとは別件で調べたいことがあって」と言った。
「その、個人的なことで……ほとんど私のわがままみたいなものだから、ダメだったらいいんだが……でももし見てもいいなら見たいというか……」
「ん~……私の一存じゃなんともお返事できないお願いですねぇ~。ちょっとフェイリスさんに聞いてみますね」
レイスがそう答えると、ローズは「無理を言ってもうしわけない」と告げる。レイスは笑って「一応頼んでみますよ~」と彼女に返した。
「それじゃアタシとアーリィは調合をはじめようかしら。レイスはまだ仕事してくから、帰らないのよね」
マヤがそう言いながらレイスの傍に飛んでいくと、レイスは「ですね~」と頷く。
「この後フェイリスさんに聞いてぇ、そのあとは隣の部屋で仕事していますからぁ~、調合で必要な時は声かけてください~」
「わかったわ。翻訳も時間かかっちゃったけど、調合自体も初めてするものだから時間かかると思う。悪いけどよろしくね」
マヤの言葉にレイスは「は~い」と気の抜ける返事を返す。そんな彼女にちょっと苦笑しつつ、マヤはアーリィと共にさっそく調合の準備へと取り掛かり始めた。そうしてレイスも一旦部屋を出ていく。その場に残されたのはローズは、同じく手持無沙汰となっているウネに視線を向けた。
「えっと、それじゃウネは休んでくれ」
マヤとアーリィが引き続き調合作業をするというので、ウネには先に休んでてもらおうとローズが声をかける。するとウネは「書庫に行けるなら私も行ってみたいわ」とローズに返した。
「え、ウネも旧時代の本に興味が?」
「目が見えないから読めないけれど、書庫の雰囲気が好きなの。それに魔術書があれば、ちょっと触れてみたいし……」
そう答えるウネは小さく笑って「もちろん触るのは内緒で」といたずらっぽく言う。そんな彼女の様子が珍しく、ローズも思わず笑ってしまった。
「お待たせしました~フェイリスさんに許可をもらってきましたよぉ~」
数分後、そういってレイスが部屋に戻ってくる。許可とは書庫に立ち入る許可のことだろう。ローズは「そうか、ありがとう!」と嬉しそうに返事を返した。
「はい~、警備の人に説明してもらえば大丈夫だそうです~。ただ、本の扱いはくれぐれも慎重にお願いしますね~」
「あぁ、もちろんだ」
ローズの返事を聞き、レイスは「それじゃ私は戻りますね~」と手を振って出ていく。
マヤたちが調合で忙しいのでその間暇なローズは、さっそく書庫に行ってみようとウネに声をかけた。
「それじゃあ調合はマヤたちに任せて、行ってみよう」
「えぇ」
すると突然フォカロルが「我も行こう」と小さな体で立ち上がる。それを聞き、ローズは驚いた顔をした。
「え、フォカロルも本に興味が……?」
「いや、そうではなく……興味が無いこともないが、それより旧時代の本だろう? 先ほどの本のように魔術語で書かれているかもしれん。そのような本はお主だけでは読めぬだろう」
フォカロルの指摘に、ローズははっとした表情となり「確かに」と頷く。そんな彼女にフォカロルは苦笑しつつ、「翻訳に付いていこう」と言った。
「そうか、それなら頼むよ」
フォカロルにそう言いながら、小さい彼の体を持ち上げる。そうしてローズはマヤとアーリィに「それじゃあちょっと行ってくる」と声をかけてから、書庫へと向かった。
フォカロル、ウネと共に書庫まできたローズは、警備員に事情を説明して中へと入る。そうして改めて入った膨大な書庫の迫力に圧倒されながら、彼女は「ええと」と周囲を見渡した。
「しかし入ったはいいが、体を元に戻す手がかりの本なんて……どう探せばいいんだ?」
マヤいわくこの体はウィッチの能力で変化しているらしいので、やはり魔術書を調べればいいのだろうか。しかし魔術書と一言で言ってもその種類も多数にあり、どんな魔術が関係しているのか自分の知識ではさっぱり見当がつかなかった。
「なぁウネ、何か肉体を変化させる術とかわかるか?」
「変身術の話かしら?」
「う~ん、それに近いものだとは思うらしいんだが……でもそうじゃないっぽいし……」
「何かしら肉体に作用する術、ということだろうか」
ローズの手の上でフォカロルも考えるようにそう呟く。ローズは「う~ん……」と首を傾げた。
「正直私にはさっぱりわからない……が、二人がいればなにかしら手がかりくらいは手に入るんじゃないかって気がする」
「そんなに期待されると、うれしいけどもだいぶプレッシャーね」
「そうだな」
妙に期待された魔族二人は互いに苦笑しつつ、とりあえず書庫の奥へと進む。古い時代の本が収められている場所は以前で大体把握していたので、ひとまずそこへと向かった。
ローズはフォカロルに中身を確認してもらいながら、古い時代の魔術書を中心にとりあえず手あたり次第本を見てみることにする。そしてローズに本の中身の確認を任されたフォカロルは、時折ウネにも内容を相談しつつ、膨大な書物の中から何かしらの手がかりになりそうな情報を探した。
「う~む……しかし肉体を再構築する術か……まったくウィッチは恐ろしいことをしてみせたものだ」
すっかり日が落ちた時間なので、書庫の中は薄暗い。そんな中で小さい魔術書の文字を読みながら、フォカロルはふとそんなぼやきを漏らした。それを聞いたウネも「すごいわよね」と頷く。
「そんなすごいことをしたのか、彼は」
フォカロルが読めるように本を持ってページをめくりつつ、ローズは不思議そうに彼らに問いかける。するとフォカロルは「すごいことだから元に戻る術がなかなかに見つからないのではないか」と返した。
「簡単なことであればすぐに元に戻れたであろう」
「うぅ……確かに」
肩を落とすローズの隣で、ウネは本を興味深そうに触りながら、ウィッチの行ったことについて「きっと前例がないわ」と言った。
「変身術はそもそも、元の肉体そのものは変わらないでしょう。元の肉体を変化させているけども……でも、自分は自分だわ」




