浄化 78
突如勢いよく立ち上がったローズは今すぐにでも書庫に不法侵入しそうな様子だったので、ウネは「落ちついて」と彼女に声をかける。アーリィも「お前もまずはお菓子食べたら?」とローズに落ち着くよう言った。
「いや、でも……何かこう、可能性があると聞くと居ても立っても居られないっていうか……」
「書庫に入る許可はないんだから、そんな慌てても仕方ないと思う」
ウネの冷静なツッコミに、ローズは「うっ」と言葉を詰まらせて苦い顔をした。ローズのその反応に、やはりまた不法侵入でもしようとしてたのだろうかと、ウネはちょっと心配になる。
「やはりまた無許可で書庫に入ろうとしてたのね……」
「不法侵入するならお菓子食べてからにしたらいいよ」
「いえ、アーリィ……だから不法侵入はダメだと思うのだけど」
「一回前科あるし、一回も二回も一緒だよ」
「そうかしら……」
「そうそう」
ウネとアーリィのダメな会話を聞いて、ローズもちょっと冷静になる。一回も二回も不法侵入はダメだろう。
「そうだな、アーリィの言う通りお菓子でも食べたほうがいいのかもしれない……冷静になるために糖分を取ろう」
「普通にフェイリスかレイスに『書庫見に行っていいですか~?』って聞けばいいんじゃないの?」
ローズが椅子に座ってお菓子を食べ始めると、マヤがあきれた顔でそう声をかける。ローズはもぐもぐとお菓子をほおばりながら、「たしかに」と頷いた。
「じゃあ早速それを聞きに……」
「み~な~さ~ん~っ」
ローズたちが話していると、ちょうど良いタイミングでレイスが部屋に顔を出してくる。
「翻訳の進捗はいかがですかぁ~?」
「あ、レイス、ちょうどいいところに!」
ローズが笑顔でまた立ち上がると、レイスは「どうかしたんですかぁ?」と不思議そうに首を傾げる。
「もしかして~翻訳おわったんですかぁ~?」
「いや、そうじゃな……あ、そうだった、翻訳も終わったんだった」
書庫に行きたすぎて本来の目的を完全に忘れていたローズは、慌てて「終わったんだよな、アーリィ、フォカロル」と二人に聞いた。そうして二人が頷くと、レイスは「わ~、よかったですぅ~」と手をたたいて喜ぶ。
「お疲れ様ですよぉ~、それじゃあ次は調合ですねぇ~」
「そうだな」
「……と、言いたいところなんですけどぉ、今日はもう疲れてると思いますから作業は明日でもいいと思いますよぉ~」
「え?」
レイスの言葉を受けてローズは反射的に時計に目をやる。するともう日が暮れる時刻だというのに気づき、驚いた顔を浮かべた。
「もうそんな時間なのか」
「ね~、翻訳作業お疲れ様ですよ~ほんとう~」
どうやら自分たちは時間を忘れるほど翻訳に集中していたようだと、「もうそんな時間なんだ」と呟くアーリィの反応を横目に見ながらローズは思った。
「私たちはぁ、まだまだ仕事していきますけど~……みなさんはお疲れならぁ、もうお休みになってくださいね~」
レイスがそう気遣うように言うと、アーリィは「ありがと」と言ってから首を傾げる。
「まだ仕事するって、どれくらいするの?」
「そ~ですねぇ……あと八時間ほどは……」
のんびりとした口調で語られた衝撃の労働時間に、アーリィは思わず「そんなに?!」と珍しく驚いた様子を見せた。マヤも同情するような表情で「恐ろしい労働環境ね」と呟く。するとレイスは楽しそうに笑ってこう返した。
「いえいえ~これは好きで仕事しているのでぇ、ぜ~んぜん大丈夫です~。でもみなさんはマネしないでくださいねぇ~、こんな生活しているとぉ、健康を害しますぅ」
「人の健康を担う施設なのに……」
ローズのツッコミを「うふふ」と楽しそうに笑って流し、レイスは改めて「そういうわけですから、明日でも……」と言う。しかしアーリィは小さく首を横に振った。
「ううん、私もこのあと調合の作業をしたいと思う。マヤ、いい?」
「へ?」
いつも真っ先に疲れて休むタイプのアーリィが珍しく長時間労働をする気なので、マヤは驚きながら「大丈夫?」と確認する。するとアーリィは笑顔で力強く頷いた。
「ジュラードやリリンのために早く薬作らないといけないし」
「それはそうだけど……フォカロル呼んでるし、疲れてない?」
マヤの気遣う言葉に、アーリィはもう一度頷いて「へーき」と返す。
「心配ならフォカロルはもう帰すし」
アーリィがそう言葉を付け足すと、フォカロルはちょっと寂しそうに「用済み……」と呟いた。
「あ、用済みとか、そういうことじゃないからっ! やることなくなったらフォカロルだって休みたいでしょ?!」
フォカロルはだいぶ長期にわたってアーリィに放っておかれてたようで、本当に面倒くさい性格になってしまったようだ。慌ててフォローするアーリィにフォカロルは自虐的な笑みを浮かべて「用済みなら帰るから気にするな」と言った。
「なんかすごい帰しづらいんだけど……フォカロルってこんなだったっけ」
「ホントよね、なにこのめんどくさい魔人」
アーリィとマヤの囁きを聞き、ローズも思わず苦笑する。自分はハルファスとほぼ一心同体のようなものだから彼女に寂しい思いはさせていないと思うが、基本的に魔人は皆主が好きなのだろう。出来るなら常に傍にいて見守っていたいと、そう思っているのかもしれないと思った。
「あ~魔人さん帰っちゃうんですかぁ~?」
アーリィがフォカロルを宥めていると、レイスがそう残念そうに声をかける。そして彼女はこう続けた。
「魔人の存在は興味があるので~、お時間あればいろいろ話を聞きたかったんですがぁ~」
「そう? じゃ、もう少し召還しておくね」
無理に帰すのも面倒くさくなったアーリィがそう答え、マヤが「せめて小さくしておきなさい」とアーリィに言う。




