世界の歪み 16
全ては”ゲシュ”だからいけないんだと、そう思って生きてきた。
両親が殺されたのも、何とか生き延びた自分と妹が孤児院で育ったのも、もう直ぐ成人する自分を雇ってくれるような仕事が無いのも、妹が病気になったのも……全部それがいけないんだと思うことで、自分に災いする不条理に対して心の整理をつけてきた。
実際不条理の多くがそれが理由だろうと、物事を把握できる歳になってはっきりとそう言えるようになった。全部が全部そのせいではないとは勿論わかっていたが、それでも多くは確かにそれが理由だった。
この世界では生まれたときから優劣がつけられているのだ、と。
平等なんてあるはずが無い。
……でも、今思えば自分と全く同じ境遇の妹は、自分よりよっぽど笑顔でいることが多かったと思う。
「見て見てお兄ちゃん、これエリお姉ちゃんに教えてもらってフィーナと一緒に作ったの!」
庭で遊んでいたはずの妹が、そう言って嬉しそうな笑顔と共に家の中にいた俺の元にやって来る。その小さな手には、白いマジカの花で作った小さな花輪が握られていた。
「凄いでしょう!」
「……あぁ。すごいな」
自慢する妹に、俺は笑って見せる。手を伸ばして頭を撫でてやると、妹はいっそう嬉しそうな笑顔になった。
「ねぇ、お兄ちゃんも一緒に遊ぼう?」
無邪気な笑顔のまま、妹がそう声をかける。しかし俺は彼女のその誘う言葉に、首を横に振った。
「……いや、俺は先生の手伝いがあるから」
「……そう」
言い訳だったかもしれない。
両親の死を目の当たりにした時から、俺は妹のように無邪気なままではいられなくなっていたから。そもそも俺は、無邪気な遊びを知らないままに大人に近づいてしまっていた。今更皆と遊ぶということがどういうことなのか、俺にはわからない。
「お前はいっぱい遊んで来いよ。俺の事は気にするな。俺は手伝いする方が楽しいんだ。皆の為にもなるし」
「……うん」
何か言いたそうな妹に、俺はもう一度微笑みを向ける。やがて妹は「これ、お兄ちゃんにあげるね」と言って、花輪を俺に差し出した。
「え……いいのか?」
「うん。お兄ちゃん、いつも頑張ってるからご褒美。……でも、たまにはお兄ちゃんも皆と遊ぼうね? 息抜きは大切って、せんせぇも言ってたし……」
その時の俺は、妹のその言葉になんと返事をしたのだろう。
今となってはあの時の答えは思い出せないが、きっと素直な返事をすることは出来なかっただろうなとは思う。
今の俺が同じ事を聞かれたら、果たして素直な返事をすることが出来るだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アルメリアと別れたジュラードたちは、ルルイエの街中を再び歩いていた。
「ふぅ……ずっと乗り物に乗っての移動ばかりだったから、こうやって歩くのもなんか新鮮でいいな」
結局ローズの荷物の半分はジュラードが持つ事になり、身軽になった彼女は先ほどよりも随分と足取りが軽くなったようで、ジュラードも荷物は増えたが安堵した。
「それにしても、アルメリアのあの笑顔……頼んでみてよかったよな」
「え? ……あ、あぁ」
うさこと並んで少し先を歩くローズが、振り返りながらジュラードに声をかける。ジュラードは笑顔を向けるローズに、曖昧な返事を返した。
つい先ほどローズとジュラードはアルメリアと共に、楽しげに外で遊ぶ彼女と同年代の少年少女たちの元へと足を運んだ。
子どもたちは最初こそアルメリアの存在を気味悪がっていたが、しかしローズの説得とアルメリア自身の勇気もあって、子どもたちはアルメリアも驚くほど直ぐに彼女とも遊ぶ事をローズたちに告げた。
子どもは純粋だ。時にその純粋さが残酷さを見せる時もあるほどに。
純粋だからこそ他に影響されやすいが、しかし一方で子どもとは自分の感情に素直な生き物で、世の柵などに意思が惑わされたり囚われる事は無い。それも矛盾さを孕んだ純粋の一部だろう。
結局彼らがアルメリアを、ゲシュを避けていた理由は、両親や他の大人たちの真似をしたり、漠然と『自分たちと違う存在だから』避けていたというのが理由だった。
ゲシュを良く知らないままに、他の人や大人が”そうしているから”ゲシュを避けていたのだ。だからローズは子どもたちにゲシュを知ってもらい、アルメリアも彼らと大きな差異は無い存在なのだと理解してもらうことで、彼らの輪の中にアルメリアを入れてもらえるようになった。
大人になるほどに人は知識と賢さを得るが、その代償として子どもの純粋さを失っていくのだ。
きっと子どもだからあんなに簡単にアルメリアを理解してあげれたのだろう。
大人になるということは少し寂しいことなのだと、ジュラードは先ほど見た他の子どもたちと遊ぶアルメリアの笑顔を思い出しながら思った。
「しかし、話をして理解してもらおうだなんて無茶なことをしたよな……よくあんなので仲良くなれたもんだ」
ジュラードがそう呟くように言うと、ローズは「そうか?」と笑って答える。
何か彼女には、理解してもらえるという自信があったのだろうか。そう思い、ジュラードが問うような眼差しを向けると、ローズはまた前を向いてこう答えた。
「知らないから不安になるんだよ。知れば不安はある程度は無くなる。そうすればゲシュは怖い存在じゃないってわかってもらえるし、それなら一緒に遊んでも大丈夫って子どもは理解してくれると思ったんだ」
大人にも子どもにも、未知のものに対する警戒心と恐怖心がある。だが子どもはそれ以上に好奇心の方が強い。その好奇心でゲシュを知りたいと強く思える子どもならば、大人よりよっぽど受け入れるのが簡単だとローズは考えたのだろう。
「ゲシュだって人と同じだし、何も怖がることなんて無いんだってちゃんと教えてあげればいいんだって思ったんだ。ほら、私たち自身がそうなんだから。説得力あると思わないか?」
「……どうだろうな。少なくともお前はやっぱり、ちょっと人とは違う気がするからな……」
ジュラードが苦笑しながらそう答えると、ローズも「まぁ、確かに私は少し違うかもな」と呟いた。
「でも大丈夫……”魔法”もその内、また普通のこととなるよ。そうでなきゃ、私も彼女も命を懸けた意味がなくなってしまうし」
「彼女?」
「あぁ、マヤだよ」
ローズのその言葉を聞いて、そういえば最近静かだったとジュラードは思い出す。
「マヤはまだ、お前に遠慮しているのか?」
マヤが表に姿を現さないのは、ローズの体調を気遣ってだとはジュラードも知っている。しかし居ると騒がしいと思う彼女でも、いないといないでちょっと寂しいと感じてしまう。そう感じるようになった自分に少し驚きながら、ジュラードはローズの返事を聞いた。
「あぁ、まだちょっとね。でもそのうちまた出てきてくれるよ。……そうだな、ユーリやアーリィに会う頃には多分また元気に出てくるかな?」
「……早くそいつらに会いに行かないと」
「そうだったな。うん、それじゃ行こう」
人とゲシュ、あるいは魔族――それぞれが理解し合える時はそう遠い未来では無いと信じたい、そう思いながらローズは前を見て強く歩いた。
【世界の歪み・了】