浄化 75
ナインの答えを聞き、ジュラードは状況を理解する。すでにイリスたちは異形の魔物と戦っているのだろう。
ポチが自分たちを呼びに来た理由をジュラードたちはすぐに察し、彼らは今現在イリスたちの元へと向かっている最中だ。遠くから聞こえる呪術の派手な音から察するに、彼らが今いる場所はかなり厳しい戦場なのか。
「先生たち、やっぱり巣を見つけたのだろうか……」
ジュラードがそう不安げに呟くと、ナインは「だと思うぞ」と答えた。
「そうじゃなきゃ俺らを呼ばねぇだろ」
「……そうだな」
それならば急いで助太刀に向かわなくては。
ジュラードは頭の上のうさこに「落ちるなよ」と声をかけ、うさこが「きゅいいぃ」と返事をすると再び駆け出した。
「先生っ!」
ラプラが放つ派手な呪術を目印に、ジュラードたちが彼らの元へとたどり着く。イリスに声をかけながら立ち止まったジュラードは、飛び込んできた目の前の戦場の様子に思わず表情を歪ませた。
「うッ……」
ラプラが呪術で数を減らしたとはいえ、まだまだ数十匹の肉団子が目の前には蠢いている。その世にもおぞましい光景にジュラードは顔を強張らせつつ、ラプラのそばで待機していたイリスに駆け寄った。
「せ、先生、大丈夫ですか?」
「ジュラード、よかった! 来てくれて助かったよ!」
イリスは駆け付けたジュラードに安堵の表情を向け、即座に「ナインは?」と問う。それにジュラードが答えるより先に、彼の後ろから「おう」と大柄な影が姿を見せた。
「呼んだか?」
ナインが肩を揉みながらイリスに声をかけると、イリスは「呼んだ!」と力強く頷く。そうして彼は目の前の地獄を指さし、ナインにこう続けた。
「さぁ、暴れていいよ!」
「イヤ、そんなこと言われてもなぁ……」
自分に期待されていることは大体わかっているが、ナインはなぜか困った表情を浮かべる。そんな彼の態度にイリスは首を傾げつつ言葉を続けた。
「なに渋ってるのかわかんないけどさ、今結構ピンチなんだよ! 私とユーリはあの魔物に対して無力だし、ラプラもそろそろ魔力の限界……あれは一気に破壊しないと死なないんでしょ?! そんなこと出来るの今この場ではあなたくらいなんだよっ!」
イリスの訴えに、そばで聞いてたジュラードも確かにと納得する。正直自分もあの異形を一撃で倒せるだけの力はない。あの異形を一瞬で破壊できるのは魔術とか、そういう規格外の能力だけだろう。そして多分それにナインは当てはまる。
「そういうわけだからお願い!」
珍しく素で頭でも下げそうなくらいに必死に頼むイリスの姿に、しかしやはりナインは困ったような表情を返すだけだ。そんな煮え切らない態度の彼に、だいぶ疲れているらしいラプラが顔色を悪くしながらも睨みつけてこう言う。
「イリス、そんな男に頼るのはやはり間違いですよ。この程度の敵、私がすべて……」
「……ラプラ、あなただってもう限界でしょ?」
イリスが心配そうに言うように、確かにジュラードにもラプラの疲れの具合ははっきりとわかる。だからジュラードもナインに「すまないが、頼む」と言った。
「確かに先生の言うとおり、あなたに頼るしかないみたいだ」
遠くで戦うユーリも、足止めで手一杯に見える。ジュラードはもう一度ナインに「助けてくれ」と告げた。
「むぅ……いや、俺も助けてやりてぇけどよぉ……さすがの俺もコレは本気を出さねぇと対処できねぇって言うか……」
ジュラードにまで真剣に頼まれて、ナインは参ったように乱暴に頭を掻いた。
「本気……じゃあ本気を出してくれ」
ナインの呟きに対してジュラードがそう言うと、ナインはやはり何か歯切れ悪く「それがよぉ」と言葉を返す。
「悪いが俺が本気を出すには美女がいないとダメで……」
「あんた、こんな時にふざけてる場合か!」
ナインの訴えにジュラードがあきれた表情を浮かべる。だがナインは真面目な顔で「ふざけてねぇんだよ」と言った。
「は……?」
「だからふざけてねぇんだ。これはマジな話で、本当に俺の本気を出すには美女が必要なんだよ」
そう真面目に訴えるナインだが、それを聞いている全員の目が『何言ってんだこのオッサン』という眼差しに変わる。あのうさこですら、だ。疲れて余裕のないラプラに至っては「殺しましょうか?」とガチ切れしていた。
「この男にかまっている時間がもったいないです、イリス。この男ごとこの一帯を燃やしましょうか」
「ええと、あなたにそれだけの力が残っているならそれもいいんだけど……うーん……」
「おいナイン、美女どころかここには男しかいないぞ」
「きゅいいぃ~~っ!」
「いや、うさこは女の子……?」
「うさぎもどきの性別は置いといて、俺もここに美女がいねぇことはわかってる! だがそれでも必要なんだよ、困ったことにな」
戯言を繰り返すナインに、ついにイリスも呆れて頼るのをあきらめたらしく「どうしよう」と焦った様子で呟く。そんな彼を見てナインは何か考えるように沈黙し、そして「いや、いけるか……?」とまた不可解を呟いた。
「まぁ最悪女じゃなくても……うん……まぁ、全然美人だし許容範囲内だな、イケる」
「なに人の顔を見てブツブツ言ってるの?」
ジロジロと人の顔を見て何か言い出したナインに、イリスが気味悪そうな表情を浮かべた。するとナインは突如「いいだろう」と何か吹っ切れたような態度に変わる。そして彼はイリスに向き直り、にやりと太い笑みを浮かべてこう言った。
「おいセンセイさん、お前が俺をこんなことに巻き込んだんだ。だから今回は特別に本気を出してやるが、そのかわり責任は取ってもらうぜ」
「?」
困惑するイリスに対して、ナインは笑みを浮かべたままこう続ける。
「俺の秘密を一つ、特別に教えてやるよ。エンセプトの破壊衝動について知ってるようだから話すが、俺にも強烈な破壊衝動はある。だがな、俺はそれを封じられてんだ。とあるジーサンからの呪いでな」
「呪い?」
「あぁ。だから俺にはストレス発散は必要ねぇんだよ。幸か不幸か、その呪いのおかげで無害で平凡に生きられる。だが破壊衝動っつー名の本気を出すには、その呪いを一旦解かなくちゃならねぇ」
一体ナインは何を言っているのだろうかと、イリスだけではなくジュラードたちも彼の不可解な説明に怪訝な表情となる。しかしナインは構わず、一人楽しそうに早口に話を進めた。
「だから夢魔のセンセイよ、本気出してやる代わりにあんたに俺の呪いを解いてもらうぜ」
「ど、どうやって……?」
よくはわからないが、おぼろげにナインの言い分を理解したイリスは、しかし何をさせる気なのかと困惑したまま立ち尽くす。そんなイリスにナインはおもむろに近づき、「こうやって」と獣のように笑った。
「っ……」
イリスが何か反応するより先に、ナインはその体を抱き寄せて顎に手をかける。そして目を丸くするイリスに問答無用で口づけた。
「え……?」
「きゅうぅ~っ!」
衝撃的な展開にジュラードが思わず間抜けな声を発する。うさこは乙女のように頬を赤くしたが、これは多分そんなかわいい反応で済む展開ではないなと、ジュラードはあっけにとられながらも思った。
一体このあとどうなってしまうのか、いろんな意味でこわい。絶対にこれはあとで修羅場になる。
視界の端に見えたラプラが怖すぎるので視界に入れないようにとジュラードが目をそらした瞬間、その恐るべき野獣は凄まじい咆哮と共に姿を現した。




