浄化 73
「……。」
ナインの言う通りだ。種族でわけるなんてくだらない。
「そうだな、あんたの言うとおりだ。種族なんて……どうでもいいな」
「お前はゲシュで……ま、苦労してきたんだと思う。だからいちいちそういうのを気にしちまうのもわかるがな」
ナインの言葉にジュラードは苦笑し、「そうかもしれないな」と素直な答えを返した。
「わかった。種族がどうこうってわけではなく、ナインというお前個人が規格外に強いんだな」
「お、うれしいこと言ってくれるな。そうそう、俺個人が強いってのも正解だ。肉食って鍛えてるからな」
そう言って楽しそうに笑うナインの横顔を見ると、ジュラードもなんとなく頬が緩む。
当初はどう接していいのか悩んだエンセプトのナインという男だが、こうして話してみると彼もごく普通の存在のように思えた。
「ウウゥゥゥッ!」
その時、背後で獣の駆け寄る音と声を耳にして、思わずジュラードは身構える。また魔物の襲撃だろうかと表情をこわばらせたジュラードだが、一方でナインは近づく気配でそうではないとわかっているらしい。
「落ち着け、ジュラード。構えなくていいぞ」
反射的に剣を構えたジュラードにそう声をかけたナインは、後ろを振り返りながら「ポチだな、これは」と呟く。それを聞いてジュラードは目を丸くし、「ポチ?」と困惑を口にした。
◆◇◆◇◆◇
「うぅ……もうやだ。考え得る一番最悪の展開……」
そう小さく呟いたイリスの視線の先には、数十匹の”肉団子”が蠢いていた。
一匹でも生理的に嫌悪感を催す存在のそれなのに、それが多数の集団で固まり蠢いていると完全にこの世の地獄の光景だ。
「こちらが当たりでしたね」
最悪な展開過ぎて泣きそうなイリスの隣で、彼を気遣うようにラプラも小声でそう口にする。さらにその隣でユーリが苦い顔をして「くじ運良すぎだろ」と皮肉を言った。
ジュラードたちと別れる形で手分けして孤児院の周辺に巣くう”肉団子”の拠点を探していたユーリたちだが、先ほど一匹の肉団子に遭遇したことで嫌な予感を感じていた通り、肉団子の巣がある『当たり』を引いたらしい。
「ちゃんと巣が見つかってよかったけどよぉ……想像以上にヤベぇ光景だな、これ」
以前巨大な昆虫と戦うという悪夢を経験したユーリだが、これはこれでまた別の悪夢だと表情を歪ませる。無数の触手が絡まった球状の魔物なんて単体でも気持ち悪いのに、それが大小さまざまなサイズで数十匹固まっているのだ。しかも一番大きいサイズで中型のドラゴンに匹敵しそうな大きさである。
彼らが肉団子の巣を見つけてからしばらく、イリスの指示でポチにジュラードとナインへ救援要請をしに行ってもらっているのだが、まだ彼らが駆け付ける気配はない。その間ひとまず三人は岩陰に隠れて肉団子の様子をうかがているのだが、なかなか来ないジュラードたちにしびれを切らし、先に行動を起こした方がいいのかとユーリは迷い始めていた。
「おいイリス、本当にジュラードたち来るんか?」
魔物に気づかれぬようそう囁くように問うたユーリに対して、イリスは「来てもらわないと困る」とこちらも小声で返す。
「あの数……絶対私たちだけじゃ倒しきれないでしょ」
正直自分とユーリは大型の魔物を苦手としているので、この状況に対してはラプラの呪術が頼りだ。しかし数が多いし、ラプラ一人ですべて倒しきれるものではないだろう。
「ナインに来てもらわないと」
「イリス、まだそんなことを……っ!」
ナインに期待するイリスに対して、ナインに敵愾心を抱くラプラが少し語気を強めて彼に声をかけた。それに慌ててイリスが「静かにっ」と注意をする。
「大きな声出したらあいつらに気づかれるでしょうっ」
「し、失礼……」
イリスの注意に対しては素直に謝罪しながら、ラプラは不満げな表情を彼に向けた。
「イリス、あんな男いなくても私があなたを守りながら戦いますから」
「いいよ、守ってもらわなくても大丈夫。そんなことする余裕あるなら、あなたには全力であの肉団子を少しでも多く倒してもらいたいんだから」
「もちろんですよっ。あの肉団子はすべて私が倒しましょう」
自信満々に胸を張るラプラだが、イリスは少し真面目な顔をして彼を見返す。そして静かな声音でこう彼に言った。
「あのさぁ、わかるんだよ、あなたのこと……さすがのあなたもアレを全部倒しきれるほどの魔力は今無いでしょう?」
「おや……」
イリスの言葉にラプラは目を細め、彼の言葉の続きを聞くように自身の口を閉ざす。イリスは小さくため息をついてからこう続けた。
「私に魔力をわけてるでしょう? だからわかるの。今のあなた一人じゃアレは倒しきれないよ……おとなしくナインを待とう」
魔力を分けてもらう、という形でラプラの負担になっているのは自分なので、イリスはどこか申し訳なさそうにそう告げる。ラプラの魔力量は術師らしく多いのだとは思うが、自身が使っている分と合わせて道中の回復魔法や先ほどの大きな呪術などでイリスが消費した分も確実に減っているのだ。それが回復しきっていないのを理解してのイリスの忠告じみた言葉だった。
ラプラは一瞬返事に迷うように沈黙するが、すぐにいつも通りの本音を隠すような胡散臭い笑みをイリスに返す。そうして大げさな身振りで、感極まったようにこう言った。
「私を心配してくださっているのですか? それは……光栄ですね。愛しいイリスが私を気遣って……あぁ、あなたの愛を感じますっ!」
「だから大きい声出すなってばっ」
ラプラが場をわきまえず大きな声を出すので、イリスは慌てて彼の口を塞ぐ。しかし時すでに遅し、だったようで。
「おいイリス、ヤベェぞっ。肉団子がこっち気づいたみたいだっ」
ラプラの声でこちらに気づいたらしい肉団子の一匹が、暗い単眼をこちらへと向ける。それを目撃し、ユーリが焦った表情でそうイリスに声をかけた。
「お前らイチャついてる場合じゃねえだろバカっ」
「イチャついてねぇええぇっ!」
ラプラの口を塞ごうとしたら感極まった彼に抱きしめられて逆に襲われていたイリスが、ユーリの理不尽な指摘に怒りの声を上げる。するとその大声で他の肉団子も彼らの存在に気づいたらしい。
「あぁ、もう完全にバレたっ!」
魔物たちの単眼の視線が一斉にこちらを向く。そのぞっとする光景に鳥肌を立てつつ、ユーリは「ホントバカだなお前っ!」とイリスを罵り短剣を手に取った。
「私のせい?! コレって私が悪いの?!」
最悪の事態が最悪を更新し、その責任を押し付けられたイリスが納得いかなそうな表情を浮かべる。そして彼もラプラを押しのけて「もーっ!」といら立つ声と共に仕方なくナイフを手にした。
「おやおや……どうやら覚悟を決めないといけないようですね」
「誰のせいだよ、誰のっ!」
ロッドを構えて冷静に呟いたラプラに、ユーリが怒りの表情でツッコむ。一応彼も、こうなったそもそもの原因はラプラだとは理解しているようだった。そうして慌ただしく戦闘が始まる。




