浄化 70
「どうですかぁ~、お二人さん~。翻訳すすんでますぅ~?」
レイスの一見やる気ないように聞こえる問いかけを受け、アーリィは解読していた本から顔を上げる。そして「すすんでは、いる」と苦い顔で彼女に言葉を返した。
「すすんではいる、ですかぁ……なんだかあまり調子よさそうじゃないですねぇ」
「仕方ないでしょう! これ、魔術用語よ?! しかも魔族寄りのやつ!」
別に責めているわけではないのだが、なんだかそんなふうに聞こえるレイスの言葉を受けて、マヤも本から視線を上げて強く訴える。
「もー、読みにくいったらありゃしない! なんなの?! 誰かに読ませる気なかったんじゃない、この本!」
「そ、そんなに……本を書いたのは魔族だったんだろうか」
マヤの怒りっぷりに、ローズが苦笑しながらそう声をかける。その隣でウネが「私の目が見れたら解読できたのでしょうけど」と申し訳なさそうに呟いた。
「あぁ、そうね。ウネは魔族だものね。……ラプラがいれば簡単に解読してもらえたかしら」
「えぇ、確かに彼ならすぐに解読できたかもしれないわ。呪術師だし、ポルカトゥーナは読めるもの」
ウネの返事を聞き、マヤは「ラプラを連れてくればよかったわ」と小さく呟く。しかし現在彼は別行動をしているので、今後悔しても仕方ない。マヤは頭を掻いてため息を吐いた。
「あっ」
「どうしたの、アーリィ」
唐突に声を発したアーリィに、マヤは不思議そうに問いかける。するとアーリィは「魔族なら誰でもポルカトゥーナ読める?」と、そんな問いを口にした。
「……呪術用の言語だから誰でもとはいかないけれど、呪術を使える魔族ならば読めると思うわ」
ウネがそう彼女の問いに答えると、アーリィは突如嬉々とした表情となってマヤに向き直る。
「じゃあ、ハルファスやフォカロルも読めるんじゃないかな?」
「……あぁ、なるほど! それもそうね!」
アーリィの提案を受け、マヤは納得したと同時に「なんでそれに気づかなかったのかしら、アタシ」と呟く。一方でローズやレイスは不思議そうに首を傾げていた。
「マヤ、ハルファスがどうした? 呼んだ方がいいか?」
「はいは~い、すみませぇん、わたしは全然わかりません~。それは一体どちらさまですかぁ?」
手を挙げて訴えるレイスに、マヤはハルファスとフォカロルについて簡単に説明を始める。
「ローズとアーリィにそれぞれ付いてる守護の魔人よ。魔人だから、つまり魔族ね」
「あぁ~文献で読んだことがありますぅ~! 召喚の魔人ですねぇ」
レイスは意外にも魔人について知っているらしく、彼女の反応を見てローズが「知っているのか」と驚いた表情を返した。
「詳しいわけではないですが、知っていますよぉ~。これでも一応、色々勉強してますから~」
ずり落ちた眼鏡を得意げに上げながら返事をするレイスに、ローズは「そうか」と苦笑を返す。どうにも喋り方と見た目のせいでそうは見えないのだが、しかし彼女も優秀な人材であるということだろう。
「じゃあハルファスを呼ぼうか」
ローズがそうマヤに声をかけると、マヤは「いえ」と首を横に振る。疑問の表情を浮かべたローズが問うより先に、マヤはアーリィを見ながらこう続けた。
「いつもお姉さまに頼ってばかりだし、たまにはフォカロル呼びましょ」
「え、フォカロル? わかった」
マヤに言われて、アーリィは頷きながら「珍しいね」とマヤに声をかける。
「マヤ、フォカロルのこと好きじゃないのかと思ってた」
「そんなことないわよん。フツーに……嫌いじゃないわよ」
「きらいじゃない……」
物凄く微妙なことを言うマヤに、アーリィは少し苦笑を漏らす。そんな彼女に同じく小さな笑みを見せ、「たまには顔を見たいくらいには、好きよ」とマヤは言った。
「……随分と久しぶりに呼ばれた気がするな」
早速アーリィに召喚されたフォカロルは、紺色の短髪を軽く掻き上げながら銀の眼差しをやや不機嫌そうに細めてそう第一声を発する。アーリィは気まずそうに「ごめん」と小さく呟いた。
「とくに呼ぶ用事がなかったから……」
「だからと言って、随分と長く放置されて……私の気持ちも考えてくれ」
最近全く呼ばれなかったことに対して珍しく怒っているらしく、フォカロルは「私はもう用済みか……」と少々嫌味に寂しそうに呟く。そんな彼にマヤが「女々しい男ね」と正直な感想を言い放った。
「め、女々しいって……私だってたまには呼ばれて主に頼られたいのだぞ?」
「もうアーリィには別に頼る人がいるのよ。あぁ、そう言っちゃうと本当にあんたは用済みってことになるわね」
「なっ……!」
マヤの言葉に本気でショックを受けるフォカロルは、蒼白な顔で「本当に用済み……」と呟いてその場でよろける。アーリィは慌てて首を横に振り、「用済みじゃないし!」とよろけたまま膝をついたフォカロルに言った。
「フォカロルのことは頼りにしてる!」
「しかしお前にはもう別に頼る人がいる……私はもう必要ないのだろう……?」
「そんなことない! えっと……そう、今まさに頼りたいから呼んだんだし!」
アーリィが必死にフォカロルの必要性を訴えると、フォカロルは落ち込んだ姿勢から少し顔を上げて「頼る?」と聞く。アーリィはコクコクと何度も首を縦に振った。
「用済みの私に一体なにを頼ると……?」
「だから用済みだなんて一言も言ってないし!」
「マヤが言ってたぞ」
「私は言ってない! それよりこれ!」
随分ネガティブでめんどくさいキャラになってしまったフォカロルに、アーリィは例の医学書を見せる。彼女は「これの解読に手間取ってて、手伝ってほしいんだけど」とフォカロルに言った。
「ふむ……これは、呪術書……ではないようだな」
フォカロルは落ち込んだ姿勢から立ち上がり、アーリィが見せた医学書を手に取って目を通す。レイスが「貴重な本なので、大事にお願いします~」と声をかけると、フォカロルは笑って頷いた。
「そうだな、随分と古く貴重な本のようだ」
「読める?」
アーリィが聞くと、フォカロルは少し考えるように沈黙してから「読めはするが」と答える。
「内容は随分と専門的なもののようだな。内容まで理解できるかどうか……」




