世界の歪み 15
続く沈黙が不安を煽り、ローズはまた視線を下に落とす。
(怒ってるのかな、ジュラード……)
せめてマヤが表に出てきてくれていたらまだ不安は軽かったかもしれないと思い、直後に彼女に頼ってばかりではいけないと考え直したローズに、やっとジュラードがまた口を開いて語りかけた。
「……ゲシュ、だ……」
「え……?」
何故かばつの悪そうな顔で、ジュラードは小さく言葉を紡ぐ。ローズが不思議そうな眼差しで彼をじっと見つめると、ジュラードはもう一度「ゲシュなんだ」と言った。
「……俺も、同じだ」
「え? ……それって、お前もゲシュてことか?」
ジュラードの言葉の意味を理解したローズが確認するように問うと、ジュラードは静かに頷く。彼のその返事を見て、ローズは思わず「何故」と呟いていた。
「だったら何故ゲシュは嫌いだなんて言ったんだ?」
ローズの疑問は当然のものだろう。ジュラードはしばらくの間沈黙し、しかしやがてこうローズに説明を呟いた。
「……それが普通だからだ。自分もそう言っておけば、自分が”ソレ”だということは気づかれにくい」
「あぁ、なるほどー」
即座に納得するローズを見て、ジュラードは何故か呆れる。そして彼は一言「悪かった」と言った。
「お前もゲシュだったなんて知らなかったんだ。……それに俺は、自分がそうだということを隠そうと思って喋らなかった」
そういえば、今更ながらジュラードの髪は珍しい色をしているとローズは気がつく。かけがえの無い親友のものとは少し違う、青の混じった銀色の髪はただ綺麗な色と思ったが、きっとその色は彼にとっては異端の色なんだろうと思った。
ゲシュは隠れて生きているが、その数は決して少なくは無いのだろうとローズは思う。思えば自分の周りは、自分も含めて異端の血が多い。それが証拠だろう。
混血が生きるにはまだまだ障害の多い世界だけれど、いつか必ずこの世界は大昔のように混血も普通に人と共に暮らしていた時代に戻るとローズは信じている。それは自分やマヤが、この世界に宿ったかつての”神”に託した希望でもあった。
「いや……いいんだ。それよりもさっきの女の子……アルメリアのとこに戻ってもらえないか?」
「あいつにも謝るべきだからか?」
「それもあるけど……ちょっと約束をしたんだ。彼女に友達が出来るお手伝いをするってね」
「え?」
ローズが何か厄介そうなことをしでかそうとしているんじゃないかと直感したジュラードは、警戒した様子で彼女に困惑した眼差しを向ける。
「お前、一体何するつもりだ?」
「だから、ただのお願いだよ。本当にそれだけさ」
警戒するジュラードに苦笑を返しつつ、ローズはジュラードに背を向ける。そして顔だけ彼に振り返り、「さ、行こう」とジュラードに言った。
ローズたちがアルメリアと別れたところに戻ると、そこには彼女とうさこがローズに言われたとおりに待っていた。
「あ、よかった……ごめんね、お待たせ」
ローズがそう声をかけると、うさこが「きゅいー!」と元気良く鳴きながら、戻ってきたローズの足に飛びつく。彼女はしゃがみ込んでうさこの頭を撫でながら、俯いて佇むアルメリアに声をかけた。
「アルメリアちゃんも、待たせちゃってごめんね。それと……」
ローズは俯き続けるアルメリアに優しく声をかけ、彼女が恐る恐るといった様子で顔を上げると微笑みかける。ローズは自分の後ろに立つジュラードに聞かせるように声を大きくしながら、アルメリアにこう声をかけた。
「えっと、彼が君に謝りたいって!」
「え!?」
驚いた声を発したのはジュラードだ。だが彼は小さく溜息を付き、一歩前に出てアルメリアと向き合う。アルメリアは怯えた眼差しをジュラードに向けていた。
「あー……さっきは悪かった。俺も別に、そこまでゲシュが嫌いってわけじゃないから……」
口下手で人付き合いの苦手な彼なので上手く謝罪を告げる事は出来なかったが、それでも彼なりに精一杯反省して謝罪しているのだろうと、それがわかる表情でジュラードは頭を下げる。アルメリアはまだ少し彼に対して怯えているようだったが、小さく「うん」とだけ頷いた。
「うん、よかったよ。これで誤解は解けたな。……さて」
二人の様子を見て一安心したローズは、そう言って立ち上がると、もう一度アルメリアに視線を向ける。
「それじゃさっきの約束。……行こう?」
「え?」
アルメリアに右手を伸ばしたローズは、不思議そうな顔を向ける彼女に「一緒に遊ぼうってお願いしに行く約束だっただろう?」と言った。
「あ……うん」
アルメリアは差し出されたローズの右手に、自然と自分の左手を伸ばして指を絡める。手を繋いだ二人を見て、ジュラードは何か思うように眼差しを細めた。
「きゅいぃ~、きゅいぃ~」
「な、なんだうさこ……」
ローズがアルメリアと手を繋いだのを見て羨ましくなったのか、うさこがジュラードの足元で短い自身の両手を必死に伸ばす。ジュラードはジャンプまでして自分と手を繋ごうと頑張るうさこを見て、小さく溜息を吐きながら抱きかかえた。
「きゅいぃ~! きゅいいぃ~!」
『違う、そうじゃない!』とでも言いたげな様子のうさこを無視して、ジュラードはうさこを抱えたまま歩き出したローズたちの後を追う。
同じゲシュ同士だから例え他人でもあんなにも簡単に手を繋げるのだろうかと、そんなことを無意識に考えながら、ジュラードはどこか羨ましい気持ちでローズたちを見つめた。
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