浄化 67
「……」
不機嫌そうな顔をしたジュラードはナインの呼びかけには返事を返さず、地図を確認しながら目的の場所へと足早に進む。そんな彼に「無視か、寂しいな」とナインは笑いながら独り言を呟いた。
「そういやこの辺の土地がおかしいってのはその通りみてぇだな」
ナインのさりげない呟きを耳にして、ジュラードは思わず振り返って「わかるのか?」と問う。ジュラードから反応があったことに驚いた顔をしつつ、ナインは「そりゃあ」と笑いながら頷いた。
「これでも一応、俺も魔族だからなぁ。そういうのは感じることが出来るんだよ」
「……おかしいって、具体的にどんな感じでわかるんだ?」
ジュラードが続けて問うと、ナインは赤い瞳を細めて周囲を見渡す。
「おかしいと感じる点は二つ。まず一点は、この辺りは俺の知らないマナで満ちてる。これは自然にあるマナじゃねぇな。もう一点はその量が異常だ。土地を蝕むくらいに異常なマナで溢れてやがる」
ナインの言葉は、以前”禍憑き”の原因を解明する中でローズやマヤが話していたことと合致する。それをこの場所にきて”感じた”だけで察したナインに、ジュラードは内心でひどく驚いた。
「このマナの影響で、この辺に異常な魔物が発生したんだな」
「……先生たちはそうだろうと考えているみたいだ」
ジュラードが答えると、ナインは癖なのか顎鬚を撫でながら「そうか」と納得する。そして彼は僅かに表情を歪めた。
「どういうマナかはわからねぇが、これだけ歪んだマナだ。これに影響されておかしくなった魔物を退治するってのは、結構骨が折れる仕事になりそうだな」
「不安になること言うなよ……」
ただでさえ二人という人数が心細いのに、不安をあおるようなことを言うナインに対してジュラードは嫌そうな反応を返した。
「わりぃな、脅かすつもりはなかったんだが。まぁ、でも安心しろ。どんなバケモノだろうと、負ける気はねぇからよ」
「……」
正直”エンセプト”なる種族のことをよく知らないジュラードなので、ナインの自信を信じていいのかいまいちわからない。しかし今は彼を信用して共に協力するしかないわけで。
「……頼むぞ」
短くそう声をかけ、ジュラードは再びナインに背を向ける。ナインはその後姿を意味深に目を細め見つめ、静かに笑った。
◆◇◆◇◆◇
一方、ジュラードたちとは別方面を捜索に向かったユーリ、イリス、ラプラと言えば。
「特に理由はねぇけど死ねイリス、今すぐこの場で舌噛み切ってしねぇ~!」
「てめぇが死ね! どーぜ居たって役に立たねぇんだから、死体になって魔物をおびき寄せるのに役立てよクソガキ!」
「……」
今日も仲良く罵り合うユーリとイリスの後ろで、ラプラがポチと一緒に周囲を見渡しながら森の中を進んでいる。
ユーリの口の悪さはいつも通りだが、本日はジュラードが居ないからかイリスまでがいつにも増して態度と口が悪い。こんなメンバーで本当に魔物退治など出来るのだろうかと他に第三者がいれば心配するところだが、生憎とそんな心配をする者はこの場にはいない。二人の罵り合いに対してラプラはとくにツッコみはせず、ただ周囲の様子を窺っているだけだ。
「あああぁーなんでこんなクソ野郎と一緒なんだよ~! ストレスで俺の硝子みたいなメンタルがやられる!」
「あんたはそんな繊細なメンタルじゃないでしょ。大体それ言ったら私の方がストレスやばいんだけど。あんたとラプラの保護者やる私の立場を考えてみてよ。地獄では?」
隣で「アーリィちゃんに会いたい~!」と嫁を叫ぶユーリに、イリスが冷ややかな視線を向ける。そんな感じで賑やかに森を進んでいると、不意にラプラが二人へ声をかけた。
「二か所の内、肉団子が目撃された最初のポイントはこの先……もう少しですね」
ラプラのその言葉に二人は振り返って足を止める。罵り合っているだけに見えつつもちゃんと二人も目的は理解しているようで、互いに顔を見合わせた二人は今度はこんなことを言い始めた。
「ユーリ、いちおー今後は仲良くしようか。穏便かつ速やかな魔物退治のためにね。って言うか、魔物退治の間だけ仲良くしよ? 親友でしょ、私たち」
「……まぁ、魔物退治の間だけなら協力してやらんこともない。たぶんな。記憶がおぼろげだが、親友だったような気もしなくもないし」
急に仲良くしようとし始める二人に、ラプラは「協力し合うのはいいことだと思います」と笑顔でコメントする。
「相手するのは厄介な魔物ですからね。戦力も分散してしまいましたし……あ、何かあったとしてもイリスのことは私が守るので大丈夫ですよ!」
「おい、俺のことはどうなんだよ」
ラプラの言い分にユーリがツッコむと、ラプラは真顔で「守った方がいいですか?」と聞く。ユーリは数秒考え、「いや、いらん」とこちらも真顔で返した。
「俺は貧弱な誰かと違ってめっちゃ強いから平気だわ」
「貧弱な誰かって誰だよ、自信過剰勘違い野郎」
仲よくしようと言った数秒後にはまたにらみ合いを始めた二人に、さすがのラプラも思わず苦笑を漏らす。するとポチが急に何かを察知したように鼻を動かし、直後に前方の茂みの方へと駆けだして行った。
「あ、ポチがっ!」
イリスがそう叫ぶと、ユーリがすかさず「追いかけるぞ」と言ってこちらも駆けだす。何か魔物を……目的の魔物が早速見つかったのだろうか。そんな不安を胸中で感じつつ、イリスもユーリの後に続いてポチの後を追って走り出す。ラプラもまた同様に、無言でロッドを構えて駆けだした。
「グルウウゥウウゥゥッ!」
ポチが駆けて行った場所にユーリたちが到着すると、イリスの不安が的中した光景がそこにはあった。
「うそ、本当に肉団子がいる……!」
唸りながら警戒するポチが睨み付ける先で、小さな触手が絡まったような嫌悪感を感じる見た目の巨大な球体が存在する。宝珠のような単眼をこちらに向けて佇むそれは紛れもなく、あの”肉団子”だった。
「一匹ですか……残念ながら、ここは巣ではないようですね」
生理的に受け付けない魔物の見た目に表情を歪めるイリスの後ろで、ラプラが冷静にそう分析を口にする。
「しかし倒しておきましょうか」
「倒すのはいいけど……近づきたくない」
「同感だわ……マジでキモチわりぃな、アレ」
嫌々という感じでユーリが短剣を構え、イリスもナイフを取り出す。しかし二人は動かず、やがてこんな会話を始めた。
「ユーリ、お先どうぞ! 邪魔しちゃ悪いから、私は様子見て近づくよっ!」
「いやいや、ここはセンパイどうぞ! 俺、久々にセンパイの極悪非道な戦い方を見学したくなっちゃったな~」




