浄化 66
ローズがそう遠慮がちに言うと、フェイリスはにこりと笑ってこう言葉を返した。
「えぇ。ですから機械の使い方をご説明などで、ローズさんたちを手伝う人をご紹介します。しかしすみません、まだ来ていないので少々お待ちいただければ……」
フェイリスがそこまで言うと、廊下から慌ただしく駆けてくる音が聞こえてくる。そして「すみませぇん、遅れましたぁ!」という間延びした声と共に、小柄な白衣の女性が部屋に入ってきた。
「ほんとぉーに、すみませ~んっ! 別にうっかり忘れていたわけじゃないんですけどぉ~!」
白衣の女性は桃色の髪の毛を左右で結うという、少し幼い髪形をしている。さらに小柄な見た目と童顔が合わさって『少女』と思ってしまうが、身に纏う白衣からこの施設で働いている人物であるようなので、成人した女性なのだろう。彼女はずり落ちた丸眼鏡を指先で押し上げつつ、ローズたちと目が合うと「こんにちはぁ!」と元気よく挨拶をした。
「えええぇと、あなた方が薬を調合するという方々ですねぇ~!」
「レイスさん、先に自己紹介をされては?」
フェイリスに笑顔で自己紹介を促された女性はレイスと言うらしい。彼女は「失礼しましたぁ」と、相変わらず間延びした声でフェイリスに返事をしてから、ローズたちに笑顔で向き合った。
「ここの研究員の、レイスですぅ~。専門は科学ですぅ~」
科学の専門家がなぜここに……という疑問は置いておいて、ローズも「はじめまして、ローズです」と彼女に挨拶を返す。そうして彼女は「こちらがアーリィ、ウネです」と続けて紹介をした。
「それと、こちらの小さい彼女がマヤで……」
ローズがいつも通り小さいマヤを掌の上に乗せて紹介すると、レイスは眼鏡のレンズを光らせて「むむっ!」と唸る。そして興味津々にマヤに近づいた。
「すごいすごいすごいどうしてこんなにちいさいんですか興味深いですね種族は一体なんでしょうかこのサイズは生まれつきですかそれとも後天的な」
「き、急にすごい早さでしゃべりはじめた……」
先ほどまでの間延びした喋り方は消え、興奮したように早口で質問し始めたレイスに、ローズはちょっと引き気味な態度を見せる。一方で興味の対象になってしまったマヤ本人は落ち着きはらった態度で、「説明はまた後でしますね」とレイスに言った。
「それよりレイスさん、お手伝いしてくれるって今フェイリスが言ってたけども」
「はっ! ……はいぃ、そうですぅ。わたしが今回、ローズさんたちをお手伝いいたしますぅ~」
マヤが指摘すると、レイスは再び間延びした声の態度に戻って「どうぞよろしくですぅ」とローズに握手を求める。ローズはそれに応えつつ、「よろしく」と言葉を返した。
「レイスさんはこちらの機械の使い方を知っているので、不明なことがあったら彼女に聞いてください」
「ですですぅ~」
フェイリスが説明を付け加えると、レイスは張り切った様子で手を挙げる。
「もちろん薬の調合のお手伝いもぉ、出来る限りさせていただきますよぉ~」
「それは頼もしいな、ありがとう」
レイスの様子にローズが微笑むと、フェイリスが「それでは私は一旦失礼させていただきますね」と彼女たちに声をかけた。
「レイスさん、ローズさんたちのことよろしくお願いいたします」
「はぁーい、まかせてくださいぃ~」
レイスの返事を確認すると、フェイリスはローズたちにも微笑みを向けてから「では、失礼いたします」と一礼して部屋を後にする。フェイリスが立ち去ると、早速調合を始めようとローズが口を開いた。
「それじゃあ始めるか。材料は……これか」
ローズはそう言いながら、テーブルの上に用意されていた貴重な薬の材料に視線を向ける。同時にマヤは傍に置いてあった本の元へと飛んだ。
「本を見ながら調合ね。アーリィ、一緒に本を読んでもらってもいい?」
「うん。私に読めるといいんだけど……」
「読めないってことはないはずよ。ポルカトゥーナも少し教えたはずだし。まぁ、アタシと二人でやっても時間はかかるでしょうけどね……」
なぜだか魔術言語で書かれている本なので、解読に時間がかかってしまう。そのためマヤとアーリィは二人がかりで翻訳するようだ。二人の翻訳が終わるまでは手伝えることが無さそうなので、ローズは一先ずウネやレイスと共に二人の翻訳が終わるのを待つことにした。
◇◆◇◆◇◆
イリスやユーリたちと別れて孤児院を出たジュラードがナインと共に向かったのは、最近”肉団子”の魔物が目撃されたという場所の内の一つだった。孤児院から遠い一か所の捜索を指示された二人と一匹は、足場が悪い上に木々が鬱蒼と茂る山道を目的地に向けて進んでいた。
「きゅっきゅきゅ~♪ きゅうぅ~♪」
「……相変わらず気楽でいいよな、お前は」
頭の上で今日もご機嫌に歌ううさこに、ジュラードが思わずぽつりと言葉を漏らす。完全に独り言だったそれだが、後ろを歩くナインは聞いていたようで、可笑しそうに低く笑いだした。
「な、なんだよっ、急に笑うな」
「いやいや、わりぃ。でもお前、笑うなっていう方が無理だろっ」
喉を鳴らして低く笑うナインの態度を見て、ジュラードは独り言を言ってしまったことを恥じて後悔する。そして彼は「そんなに笑うことないだろ」と、ちょっと怒った様子で恨めし気に背後のナインを睨み付けた。
「本当に仲良しだよな、お前とそのうさぎもどき」
「……しょうがないだろ。仲良しかはわからないが、ついてくるんだから面倒みないといけないし」
恥ずかしい気持ちのままナインの言葉に否定も肯定もせず返事すると、彼の代わりにうさこが「きゅうぅ~!」と元気に返事を返す。まるで『仲良し』とでもいうかのようなその返事を聞き、ナインは「そうか」と太い唇を歪めて笑った。
「うさぎは仲良しって言ってるぞ」
「あんたはうさこの言葉がわかるのか?」
ナインは魔族らしいし、もしかして魔物の言葉がわかるんじゃないかと、ジュラードはそんなことを一瞬考える。しかしナインは笑ったまま首を横に振り、「わかるわけねぇだろ」と返した。どうやらからかわれていたらしいと知り、ジュラードの機嫌はますます悪くなる。ジュラードはナインを一瞬睨み付け、そして視線を逸らして再び前を向いた。
「そんな怒るなよ、青年。いいじゃねぇか、うさぎと仲良しってのは」
「なんかバカにしてるだろ、あんた」
「してねぇよ」
ナインは困ったように顎を掻き、「二人で魔物探しするんだ、仲良くしようぜ」とジュラードの背中に声をかける。




