浄化 64
どう返事したらいいのか迷うイリスの言葉に対してラプラが沈黙していると、イリスは笑って彼を見返す。
「大丈夫だよ。もう悲観はしてないから、心配しないで」
「……だと、いいのですが。私はあなたの笑顔より泣き顔ばかり見ている気がするので、心配してしまいますよ」
苦笑してそう告げたラプラの言葉に、イリスは一瞬驚いた顔をした後に、なぜか恨めしそうな表情を彼に返す。その反応にラプラが動揺して「どうしました?」と聞くと、イリスはそんな表情のままため息交じりにこう返事を返した。
「言われてみればその通りだよね……私ばかり泣き顔見せるって、なんか弱み握られてるみたいで腹立つ」
「そ、そんな……イリスは泣き顔も美しいので大丈夫ですよ!」
動揺してか慌てたラプラがよくわからないフォローをすると、イリスは「ラプラの泣き顔が見たいなぁ~」と怖い笑顔で迫る。ラプラは苦笑を浮かべ、「私が泣いている姿、案外あなたはもう見ているかもしれませんよ」と不可解な言葉を返した。
「え? いつ見たっけ?」
「覚えてないのですか……では、そのうち見せることもあるかもしれません」
「そのうち?」
「長くお付き合いしていれば、そのうち泣き顔を見せることもあるでしょう」
「え、う~ん……そうかもしれないけど……でも、本当に私ってあなたの泣いた顔なんて見たっけ?」
ラプラの謎の返答にイリスはよくわからないといった表情を浮かべる。しかし結局ラプラは明確には答えを返さず、その代わりに彼は徐に立ち上がった。
「さ、もう寝ましょう。明日も魔物退治が……いえ、日付が変わっているのでもう今日ですね。とにかく魔物退治は終わっていませんので、それに備えなくてはいけません」
「……はーい」
ラプラの言葉に今度は素直に返事を返したイリスは、彼の後に続いて立ち上がる。そして二人はポチを玄関先に置いて、建物の中へと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆
「あの危険な魔物の目撃情報があった場所は……」
ジュラードたちが孤児院にいったん戻ってからの翌日早朝、イリスが作った普通においしい朝食を食べた後に広間に集まったジュラードたちは、前夜にユエから聞いた直近の『肉団子目撃地点』を地図で再確認していた。
ジュラードはテーブルの上に広げた孤児院周辺の地図に視線を落とし、手にした筆記用具でいくつか丸印を付けていく。
「ここと、ここと……後はここだな」
三か所に印をつけ終えると、ジュラードは顔を上げた。そして同じくテーブルを囲んで地図を眺めるユーリたちに「今日はこの辺を重点的に探そう」と声をかける。
「そーだな。つか最初から目撃情報を聞いてから行動すりゃよかったな」
ユーリのもっともな意見にジュラードは思わず苦い顔を浮かべる。確かに昨日は少し闇雲な行動過ぎたと、ジュラードもそう思う部分はあった。
「す、過ぎたことを悔いても仕方ない。反省は次の行動に生かせばいいんだ」
「ジュラード、いいこと言うね! 先生カンドーしたよー!」
ジュラードが苦々しい顔で前向きな意見を言うと、イリスが本気で感動した様子で彼を誉める。しかしユーリは「ぜってぇ無駄だった、昨日の捜索」と忌々しそうに呟き、ジュラードはもうそれは聞かないふりをして話を続けた。
「孤児院に近い場所から探そう。いっそ二手に分かれてもいいが……」
ジュラードがそう言って意見を伺うようにイリスに視線を向ける。すると彼は「あまり戦力を分散させるのはどうかなぁ」と困ったように彼に意見を返した。
「でも、目撃情報のあった場所は一か所離れていますし、やっぱり手分けして確認に向かった方が早いんじゃ……」
「うーん、ジュラードがそこまで言うなら……じゃ、こっちはナインに行ってもらって、残り二つはみんなで……」
ジュラードの意見を聞いたイリスが目撃地点の一か所を指さしてそう言うと、黙って話を聞いていたナインが「おい、俺一人かよ」とツッコミを入れる。イリスは真顔で「行けるでしょ」とナインに言った。
「あなたなら一人でもヨユーでしょ?」
「お前、俺を何だと思ってるんだよ」
「無敵のエンセプト様だと思ってるけど」
「俺は無敵でもなんでもねぇぞ」
二人のやり取りを見ていたユーリが、「あの無茶ぶりっぷり、なんかマヤみてぇだな」と小さく呟く。それを聞き、ジュラードも思わず納得した。
「はいはいわかったよ、じゃあ私も一緒に行ってあげるから」
ため息交じりにイリスがそう言うと、今度はラプラが「待ってください!」と声を上げる。
「なぜイリスがその男と一緒なのですか!」
「え、ナインが一人じゃイヤだって駄々こねたから……」
恐ろしい形相で問い詰めるラプラを見て、ジュラードたちは『まためんどくさいのが始まったな』と反射的に思う。イリスも同じく『めんどくさいな』という感情を隠さない表情でラプラの相手を始めた。
「だから一緒に行ってあげようと……」
「ダメです! それなら私も一緒に行きます!」
「それじゃあ戦力バランスが……ジュラードは強いけどさ、そのおまけにユーリだけってのはジュラードが可哀想だし心配……」
「おいイリスてめぇ、俺がオマケってなんだ! 俺が主役だろ!」
「脇役顔は黙って聞いててよ」
「殺すぞてめぇ!」
めんどくさい会話にユーリが加わり、非常にカオスなことになってくる。ジュラードは大きくため息を吐き、彼は言い争う者たちを前に「じゃんけんで決めよう」と静かに言った。
「すぐ喧嘩になるのはよくない。平等にじゃんけんで決めよう」
「きゅうぅ~!」
ジュラードの頭の上で、うさこも彼に同意するように力強く鳴く。イリスは「いいけど」と頷き、ラプラたちにも同意を求める視線を向けた。
「みんなもじゃんけんでいい? もちろん偏った戦力になったら都度調整はしたいところだけど」
「いいですよ。確率を捻じ曲げてイリスと一緒のメンバーになってみせましょう」
ラプラの真顔の返事にイリスは「マジでこわい」と本気で怯える。本当に確率を捻じ曲げてきそうなラプラにジュラードもドン引きし、続けて彼はユーリとナインの方を見た。すると彼らも特に反対する様子はなかったので、そのままじゃんけんを始めることにする。
「それじゃ、勝ったチームと負けたチームで別れよう。あぁ、最初はグー、だったな」
「最初をグーにするのはそんなに大事なのか?」
ジュラードの宣言にユーリがツッコみ、ジュラードは「たぶん」と頷く。そして「最初はグー!」と、じゃんけんが始まった。