浄化 61
彼女たちそれぞれの返事を聞いて、ローズは「心配は要らなそうだな」と笑いながら言う。マヤも若干呆れ気味に笑いつつ、「そうね」と頷いた。
「しっかし本当にローズの作るお菓子は絶品ね~。もちろん普通の食事もおいしいけど、甘いものは特にね~」
ローズが切り分けてくれた小さなアップルパイを口に運びながら、マヤがうっとしりた様子でそう感想を口にする。彼女は「その中でアップルパイは別格のおいしさよね!」と力強く言い、ローズは妙に恥ずかしそうな反応を表情と共に返した。
「ま、マヤ……急に褒めちぎらないでくれ……照れるぞ」
「アタシはただ思ったことを素直に口にしただけよ~? 思ったことは口にしないと伝わらないしね!」
「そうか……褒めてくれてありがとう」
素直に思ったことを伝えてくれたというマヤに、ローズも素直に感謝を返す。そんな二人の様子を見て、フェイリスは微笑ましそうに笑った。
「うん、ホントにおいしい……むぐっ……私もローズの、もぐもぐ、お菓子作りの才能だけは認める」
口いっぱいにアップルパイを頬張りつつそんな感想を漏らしたアーリィに、ローズは思わず「だけ?!」と聞き返す。アーリィは真顔で頷いた。
「魔術の才能はまだまだ、だから。伸びしろはあると思うけど」
「うぅ……センセイ、そっちの方ももっと精進します……」
苦い顔で項垂れるローズの反応を見て、再びフェイリスがおかしそうに笑う。同じくアーリィとローズのやり取りを見ていたウネも、苦笑いを浮かべながらアップルパイを口に運んだ。
「でも、私もこのアップルパイはとてもおいしいと思うわ。いろんな場所で様々な甘いものを食べてきたけれども、この美味しさは一、二を争うわね」
「ウネ、そこまで褒められるとやっぱり恥ずかしいんだが……」
照れるローズの反応を横目で見ながら、マヤは何か思いついた様子で「そうだ、ローズ」と彼女に声をかける。ローズが視線をマヤに向けると、マヤは楽しげな笑顔でこう提案した。
「ねぇねぇ、アタシたちもお店やらない~?」
「へ?」
唐突過ぎるマヤの提案に、ローズは目を丸くして「店って、なんのだ?」と聞く。マヤはさも当然というふうに「アップルパイよ」と答えた。
「あ、それいい! そうしろ、ローズ!」
マヤの提案に対してローズが何か返事を返す前に、アーリィが身を乗り出して賛成の意見を訴える。フェイリスとウネもそれぞれ「この味ならお店出来ますね」「えぇ」と言った。彼女たちのそんな反応に、ローズは一人だけ困惑した表情を浮かべる。そしてマヤに視線を戻し、聞いた。
「急に店って、なんだ? 大体私たちは目的があって旅をしているわけで、店をやる余裕なんて……」
「目的が終わったらの話よぅ~」
マヤのその言葉に、ローズは予想外といった顔で驚きを示した。
「目的が終わった後……?」
そんなこと考えたこともなかったという反応を返すローズに、マヤは目を細めて笑う。ずっと共にいるだけで十分幸せだったのはお互い様なので、それ以外の未来を具体的に考えたことが無かったのだろうかと、マヤはそんなことを思った。
「え、ええと、それってあの……うん、私とお前がその、元に……その後ってことか?」
「そうそう。アーリィたち見てたらアタシも店構えてゆっくりのんびり余生を全うするのもいいかな~って思ってさ~」
まるで隠居でもするかのようなマヤの意見に、ローズは「うーん……」と唸りながら考え始める。具体的に彼女と共にそんな暮らしをする自分を想像してみると、確かにそういうのも悪くは無いかとローズも思った。
「ねぇねぇ、どう、ローズ!」
ぼんやりと『そういうのもいいかも』程度に考えたローズに対して、マヤはもはやそうする気満々という顔でローズに問いかける。ローズはそんな彼女の様子に苦笑しながら、「ゆっくり考えてみるさ」と答えた。
「えー、前向きに検討してね?」
「そうは言ってもマヤ、店をやるってのは簡単なことじゃないんだぞ?」
「そんなのわかってるわよ! でもさぁ、あのユーリが出来てるんだからアタシとローズならばっちりでしょ! アタシもローズもしっかりしてる方だし!」
「さりげなくユーリの評価が低いな、マヤ……ユーリもああ見えてしっかりしてるぞ」
「そうかしら? しっかりしているの真逆をいく存在がユーリだと思うんだけど……って、あぁ、アーリィの前で旦那を悪く言うのは失礼だったわね」
マヤがそういってアーリィの様子を見ると、幸い彼女はアップルパイを食べるのに夢中で聞いてなかった。
「とにかく前向きに考えておいてね、ローズ!」
「わかったよ」
正直言って店をやるような自信は無いが、それがマヤの望みならば叶えてあげたいとはローズも思う。そんな気持ちでローズは静かに頷いた。
◇◆◇◆◇◆
ジュラードや子どもたちのための食事の準備を終え、ユエはイリスが休んでいる彼の部屋へとやってくる。イリスはまだベッドの上で深い眠りについているようだった。
「……イリス」
彼を起こさないようにとそっとその頭に触れ、色素の薄い水色の髪の毛に指を絡めるようにして撫でる。
「本当に、ジュラードもあんたも毎度心配ばっかりさせて……」
もっと自分が傍にいて気を使ってあげるべきだったのだろうかと、そんなことを思いながらユエは小さく文句を呟いた。
すると起こさないようにと注意していたにも関わらず、イリスの瞼が僅かに動く。ユエが思わず「あっ」と声を上げると、イリスはゆっくりと目を覚ました。
「うーん……悪いね、起こしちゃったかい」
「……」
ぼんやりとした眼差しでユエを見たイリスは、やがて「ユエ?」と彼女の名前を呼ぶ。自分がなぜ寝ていたのかなど、今までの状況が把握出来ていない様子のイリスに、ユエは優しく笑って説明のために口を開いた。
「まずはおかえり、イリス。詳しいことはあたしもよくわからないけど、あんた、何か無理しすぎて倒れたらしいよ。で、そのまま家に帰ってきたってわけ」
ユエの説明を聞いたイリスは、徐々に意識が覚醒して頭の整理が出来たのか、「そう」と呟いてから目をこする。そして小さく「ただいま」とユエに返事を返した。
「あぁ、おかえり」
「ジュラードたちは……?」
イリスが問うと、ユエは「心配しなくても一緒に帰ってきてるよ」と答える。
「さっき晩御飯食べたし。あんたも食べれそうなら食事しな。ここに持ってくるから」
「……ううん、ごめん……今は食欲無くて……」




