浄化 60
「ジュラード、あんた帰ってくるなら帰ってくるで一言連絡を……」
「ユエ先生、そんなの無理だ。また突然帰ってきたことは謝るけど」
エリ同様に驚きでユエに迎えられたことに苦い顔をして、ジュラードは「ただいま」とユエや子供たちに小さく挨拶する。ユエは苦笑を漏らして「おかえり」と彼を優しく迎え、子どもたちも兄の帰還を喜んだ。
「ジュラード兄ちゃん、おかえり! 今回のおみやげは!?」
「お兄ちゃん、またちょっと日焼けしたね」
「服もボロボロ……おしごと、たいへんだったの?」
ギースたちにそれぞれ声をかけられ、ジュラードはひどく困った表情を浮かべる。彼はとりあえず「土産は無い、悪いな」と答えた。
「えー! 土産ないとか信じらんねぇ! お土産買ってくるのはジョーシキだろ?!」
「それじゃあ何してきたか話聞かせてよ、お兄ちゃん!」
「ねぇねぇ、それより私、うさこちゃんと遊びたい~」
三人が一遍にそれぞれ言葉を発するので、ジュラードは「頼むから一人ずつ喋ってくれ」と呆れ顔を返す。すると年長のエリがやってきて「お土産とか言ってる場合じゃなく、ご飯の準備が先でしょう」とギースたちに注意した。
「ほら、早く準備手伝いなさいっ」
「ちぇ、しょうがねぇなー」
「はーい、手伝いまーす」
「ごめんね、エリ姉ちゃん」
エリに注意されると、幼い三人の子どもたちはまた各々自由に返事をして台所へと騒がしく駆けて行った。そんな子どもたちの後姿をぼんやり眺めていると、ユーリが声をかける。
「なー、俺らも手伝った方がいいんじゃね?」
「あ、そうだな……」
ユーリの言葉に頷き、ジュラードも夕食の準備の手伝いをしようと考える。そして気づいてしまった。
「……エリ、飯は一体誰が作ったんだ?」
「……私とユエ先生だよ。主にユエ先生だけど」
傍にいたエリにジュラードが問うと、エリは目を合わさず彼にそう答える。イリスが居なかったのだから当然そうだろうとは思っていたジュラードだったが、その返事を聞いて少し憂鬱になった。
「そうか、ユエ先生の作った食事か……」
「お、メシか? 丁度腹減ってたんだよな」
後ろで何も知らないナインが嬉しそうに声を上げるのを聞き、ジュラードは彼に忠告すべきか一瞬迷う。そしてジュラードが迷っている間に、ユエが「もちろんあんたらも食べていきな」と笑顔で声をかけた。
「急に人数が増えたから、追加で作らないといけないからもう少し時間かかるけどね」
「あ、あぁ、ユエ先生、俺たちは後でも別に……」
自分たちの分の食事も準備する気満々のユエに、ジュラードは狼狽えながら声をかける。お腹は空いているが、ユエお手製のお世辞にも美味しいとは言えない食事を今すぐ食べるより、少しの空腹を我慢して後でイリスにおいしい食事を作ってもらった方がジュラード的にはありがたいのだ。
「なんだいジュラード、遠慮するなよ。大丈夫、直ぐ作るからさ!」
「いや、本当に後でイリス先生にでも作ってもらうし……」
イリスの名を出したところで、ユエが「あいつは大丈夫かい?」と表情を歪めてジュラードに問う。イリスは先ほどラプラが部屋に休ませに行ったはずなので、「大丈夫だと思いますけど」とジュラードは返事を返した。
「そうか……また倒れてるから心配したよ。本当にね」
先ほどイリスの様子を確認してきたらしいユエは、「起きたらあいつにも食事させないとね」と少し無理した笑顔で言う。きっとイリスのことが心底心配なのだろうが、そんな様子を自分が見せると他の子どもたちも余計に心配してしまうだろうという気遣いからの笑顔と態度なのだろう。ジュラードはそれに気づいているからこそ、「そうですね」と、肯定する返事だけを彼女へと返した。
「大体あいつは食が細すぎるんだよね。ジュラードもそう思わないか?」
「イリス先生のことですか? そ、そうですね……まぁ、そうかも……」
「いつも『私はいいから、子どもたちにいっぱい食べさせてあげて』とか言って自分は全然食べないからさぁ……そんなんだから体力もつかないし、すぐに倒れるんだと思うんだけどねぇ」
ユエは閃いたという顔で「そうだっ」と言い、ジュラードは彼女に疑問の表情を向ける。
「イリスが起きたら、今日はあいつに腹いっぱいご飯を食べさせようかな!」
「それってユエ先生の手料理……?」
ジュラードが不安げに聞くと、ユエは当然という顔で「そうだけど?」と返した。それを聞いたジュラードは、ユエの強烈な手料理をお腹いっぱいなんて食べさせられたら、それこそイリスは永遠に倒れて目覚めなくなってしまうんじゃないかと真面目に心配した。
◇◆◇◆◇◆
「さぁフェイリス、アーリィ、どうだっ! 時間内で出来る限りの甘いものを用意したぞ!」
テーブルの上に数々のでデザート類を披露しながら自信満々の表情を見せるローズに、声をかけられたフェイリスとアーリィはそれぞれに喜びの反応を返す。
「ローズさん、あの短時間でこんなにケーキやパイを用意していただいてて……本当にすごいですっ」
「すごく美味しそうっ! ローズ、お前菓子職人になったほうがいいんじゃないか?」
ついでにウネも「部屋中がとても甘い香りだわ」と、うっとりしながら言葉を漏らす。マヤだけは小さい体でローズを手伝う羽目になっていたので、やや疲れた表情で「あー疲れた」と疲労を呟いていた。
ローズが用意した食事はアーリィのリクエストが主だった為にショートケーキやアップルパイ、一口サイズのフルーツタルトやショコラなど甘いものが中心だ。それらがフェイリス宅の食卓テーブルに所狭しと置かれ、他にも食事用に豆のスープやディップとバケット、サンドウィッチなどの軽食も用意されている。そのバリエーションと量は二時間ほどの時間の間によくこれだけの食事を作れたなと、誰もが感心するレベルだった。
「ローズさん、アーリィさんの言う通りお菓子職人になられてもいいのでは?」
フェイリスが関心から本気でそう言うと、ローズは苦笑いを浮かべる。料理は自分の中で特技の一つとして活用し、身近な誰かに喜んでもらえればいいくらいのものなのでお菓子職人になるつもりはないが、しかしそれほど喜んでもらえるとやはりこちらも嬉しいとローズは胸を張った。
「ところでさぁ、ローズが張り切るままにアタシもツッコミ入れずに最後まで手伝っちゃったんだけど……この量、あなたたち全部食べれるの?」
テーブルの上を彩る凄まじい量のお菓子類を眺めながら、マヤが心配そうに問いを向ける。確かに全部食べきれるのか心配になる量だが、マヤの問いに対してアーリィが即「食べれる」と断言した。
「あ、そ、そう……食べれるならいいけど」
「全然いけるっ! ね?!」
「えぇ、ローズさんとマヤ様が心を込めて作ってくださったものを残すなんて出来ませんから」
「……私はほどほどにいただくことにするわ。でも、とてもおいしそうだから私もたくさん食べてしまう予感がするけれども」




